幼なじみからのお祝い
「ふあ〜、眠気が……」
昨晩、あまり眠れなかったことや、電車の揺れが相まって、眠気が襲ってくる。
この後何が待っているのかを考え、何とか意識を保ったまま電車を降りる。
「こないだのベンチで待つか」
駅を出て少しのところにあるベンチに腰掛け、欠伸を噛み殺しながら、香織がやってくるのを待つ。
数分後、香織が駆け足でこちらへむかってきた。
立ち上がり、香織の方へ歩く。
「ごめん、お待たせ」
「全然待ってないから大丈夫。わざわざ走って来て貰ってありがとな」
香織は少し肌寒くなってきているからか、学校へ行く時にはしてなかったマフラーをしている。服装自体は、カバンを持っていない代わりに、手提げを持っているところ以外は行きと同じだ。
そんなことを考えていると俺の視線に気づいたのか、香織が話し始めた。
「マフラー解禁だよ。似合ってるかな」
「もちろん。バッチリ似合ってる。暖かそうだし、柄もあってて可愛い」
「ありがと、嬉しい。着替えるのも考えたけど、優斗も制服だし、このままの方がいいかなって」
「これ以上待たせたらダメだって思ったし」と付け加えて、香織は手提げカバンの中身を取り出す。
「これ、誕生日プレゼント。おめでとうと、いつもありがとうの気持ちを込めて、選んでみました」
「えっ、あ、ありがとう。嬉しい。けど、ここで?」
俺は、香織が家で準備、と言っていたから、てっきり家で貰うものだと思っていたので、驚きが勝ってしまった。
「いいからいいから、開けてみて?」
「開けていいのか。わかった」
香織に促されるまま、綺麗にラッピングされた袋の口を開け、中を確認する。
「これ、マフラーか?」
取り出しながら、香織に確認する。
「そうだよ。正直ね、候補はいっぱいあったんだけど、これだ!っていうプレゼントが決められなくて。体育祭の観戦の時に、お義母さんに思い切って聞いてみたの。そうしたら、去年の冬に、ネックウォーマー無くしたって聞いたから、マフラーにしてみました」
「そういや無くしてた気がする。実用的なプレゼントってことか。助かるし、嬉しいよ」
手触りが心地よいし、暖かそうだ。デザインも俺好みの色で、香織が俺のことわかってくれてる感じがして嬉しい。
「ねぇ、優斗、ちょっと貸して。つけてあげる」
「いや、自分でつけれる……」
「せっかくだから、いいでしょ?」
香織に言われるままに、貰ったマフラーを香織に手渡し、つけてもらうことになった。
「じっとしててね」
「わ、わかった」
香織はくるりとマフラーを俺の首に回し、結び始める。
「苦しくない?大丈夫?」
「ああ、大丈夫。暖かい」
こまめに確認してくれる香織の様子を見ながら、なんだか、出かける前に身だしなみを整えてくれる奥さんと少し抜けてる旦那さんのような感じがして、ドキドキが止まらない。
「はい、できた!どうかな?」
香織はスマホのカメラを内側に設定して、見せてくれる。
「すげぇ、ただ結ぶんじゃなくて、オシャレな感じになってる」
「マフラーって色んな巻き方できるから面白いよね」
「ありがとう、大切にする。巻き方も色々教えてくれたら嬉しい」
「もちろん!いつでも教えたげる」
そういうと、香織はすっと横にきて、カメラが内側設定のままのスマホを掲げる。
「じゃあ、記念に一緒に写真撮ろ?いくよ〜」
「あっ、ちょっ、まっ」
慌てている間に、パシャリ、とシャッター音が響いた。
「心の準備させてくれよ……」
「でも、いい写真だよ?送ってあげる」
送られてきた写真は、確かによく撮れていて、見ていて自然と笑みがこぼれる出来だった。
「確かに、いい写真だな。さすが」
「でしょ?」
そう話しながら、写真を見ていると、気づくことがあった。
「このマフラー、柄が同じ?色は違うけど」
「そうなの。ペアマフラーって言うんだって」
「へぇ、なんだか、照れるな」
「うん。けど、私は嬉しいよ?」
「おう、俺も嬉しい」
そう話しながら、写真を保存しつつ、スマホをポケットにしまう。
そろそろ帰ろうかと、香織の方を見ると、何か考えているような、悩んでいるような感じで固まっている。
「香織、どうした?」
「優斗、もしかして、壁紙私の写真にしてるの?」
ギクリとしたが、まだ抗える。大丈夫だ。
「い、いや?大切に保存はしてるけど、壁紙にはしてないぞ。ほら」
俺はスマホのロック画面やホーム画面を香織に見せる。
「ごめん、さっきチラッと見えちゃった。LINEのトークの方」
終わった。ターンエンドだ。
「黙って背景に設定してました。ごめん」
前に香織から貰った浴衣の後ろ姿の写真を設定していた。LINEなら余程のことがないと見せないし、大丈夫だと思ったんだけどなぁ……。
「なんで謝るの?別にいいよ」
「えっ、いいの?嫌じゃないか?」
「ううん、私は嬉しいかな。それだけ私のこと思ってくれてるんでしょ?」
「そりゃ、もちろん」
何となく、嫌がられる気がしていたから、少し意外だった。
間違いなく俺は誰よりも香織のことを想ってる自信があるし、背景に設定してたのも、浴衣姿の香織が魅力的だったからだ。
「だったら、いいよ。その代わり、私も設定するからね?ほら、写真撮らせて」
その後は、香織に言われるまま、香織の希望の写真を撮り、自宅前まで帰ってきた。
「ごめんね、すっかり遅くなっちゃった」
「全然、嬉しかったし、楽しかったよ」
それに時間も、それほど遅いわけじゃない。部活や生徒会がある日に比べたら、まだ早い時間だ。
「もうちょっと時間大丈夫?まだお祝いが残ってるんだけど」
「ほんとか?全然大丈夫だよ」
「良かった。それじゃあ、来て?」
香織はそういうと、繋いだ手を引いて、香織の家へ向かっていく。
「ま、待った。これから、香織の家でなにかするのか?」
「うん。そのつもりだけど……。あっ、安心してね。まだ誰も居ないから。もちろん、許可も貰ってるよ?」
なるほど、ご両親は仕事か何かで夜まで帰ってこないと。それなら安心……いや、別の意味でまずい気がする。あと、許可って、家で過ごすこと、だよな?
いくつかツッコミたいことはあるけれど、手はがっちり繋がれているし、なにか準備をしてくれているようなので、大人しくついて行く。
「お邪魔します」
「ようこそ。そこに座って、ちょっと待ってて」
リビングに入り、香織に促されるまま椅子に座る。
香織はキッチンに向かい、何やら準備をし始める。
「お待たせ。気に入ってくれるといいんだけど」
そう言いながら、香織は手に、カップとケーキが乗ったトレーを持って来て、テーブルに置いて、俺の正面に座った。
「ケーキと、紅茶?」
いちごが2つ乗った三角形のショートケーキと、うっすら赤く、透き通った飲み物が俺の前に並べられた。
「正解。私もあんまり詳しくないんだけど、なるべく癖がなくて、飲みやすいやつにしたつもりだよ。ケーキはもう1ピース用意するつもりだったけど、時間も時間だし、晩御飯食べれなくなっちゃうから、2人で1ピースにしたんだ」
香織の言う通り、帰ってからは家族からお祝いってことで、ちょっと豪勢な晩御飯が待っているはずなので、ナイス判断と言わざる得ない。
「たくさん考えてくれてありがとな」
「どういたしまして。食べていいよ」
「いただきます」
ケーキを1口分とって、パクリと食べる。甘すぎない、程よい甘さと、ふわふわのスポンジが印象的で美味しい。紅茶の少しの渋みが、口の中をスッキリさせてくれて、無限ループに入りそうだ。
「美味しい。ケーキも紅茶も美味しいよ」
「ほんと?よかった。ケーキは2駅くらい行ったところのお店で、紅茶はスーパーにも売ってることあるやつだから、優斗のお家でも食べれるよ。今度紹介してあげるね」
俺がケーキと紅茶を気に入ったことを察したのか、香織がそう言ってくれる。また今度、お言葉に甘えるとして、今はケーキを楽しむことにする。
フォークは2つ用意されていて、香織の手元にも置いてあるものの、使う様子がないので、聞いてみることにした。
「香織は食べないのか?」
「今日の主役は優斗だからね。気に入ったなら、全部食べていいよ?」
せっかく用意してもらったわけだし、俺だけ食べるのも違う感じがするので、香織も食べるように促す。
「せっかくだし、一緒に食べようぜ。香織が紹介してくれたわけだしさ」
「ほんと?そ、それじゃあ……あーん」
香織は控えめに口を開き、その姿勢で固まる。
まじか、と思いつつ、周りに誰もいないし、俺たちは付き合ってるし、と理由をつけて、手を動かす。
震える手でフォークを操って、ケーキを1口分取り、香織の口に持っていく。
「あ、あーん」
パクっと差し出したケーキを食べ、幸せそうに微笑む香織。
「うん、美味しい。いつもより美味しいかも」
そう言葉にしながら、手元のフォークを持ち、ケーキを1口分取った。
俺はまさかな、と思いつつ、その様子を見ていると、考えていたことが現実となった。
「今度は優斗の番ね。はい、あーん」
「わ、わかったよ。あーん」
香織が差し出したケーキをパクリと食べる。
確実にさっきより甘い。紅茶で甘さをリセットしようと、口に含むが、甘さが消えない。
香織と照れ笑い合いながら、俺たちはその調子でケーキを食べて行った。正直、最後の方は味が分からなかった。
「「ご馳走様でした」」
ケーキと紅茶を食べ終わり、2人で声を合わせて挨拶をする。
ケーキを食べ終えたあとも、紅茶を飲みながら話していたこともあって、いい時間になった。
「そろそろお母さんたち帰ってくるし、お開きかな」
「そう、だな。そろそろ帰らなきゃだよな」
お互いに名残惜しさを感じているのはわかっているが、2人だけの場所じゃない以上、しょうがない。
2人で玄関まで移動し、お礼を言おうと、口を開く。
「今日はほんとありがとな。プレゼントは嬉しかったし、楽しかったし。思い出に残る誕生日になったよ」
「それなら良かった」
香織も満足そうな笑顔を見せてくれて、本当に幸せな時間だった。
「それじゃあ、また」
そう言って、玄関のドアを開けようと、手をかけた。
「……優斗、待って!」
「ん?どうし……」
香織の声に反応して、振り返った俺が見えたのは、こちらに飛び込んでくる香織の姿で。
次の瞬間には、腕の中に香織がいて、頬に、柔らかな感触があった。
俺の頬から、顔を離した香織は、弾けるような笑顔で、話し出す。
「大好きだよ、優斗。来年も、その先も、一緒にお祝いしようね」
その言葉と、香織の笑顔を見て、俺は香織のことを抱きしめて、答える。
「あぁ、もちろん。俺も、香織のことが大好きだよ」
その後、俺たちは香織のスマホに、両親からの連絡が来て通知音がなるまで、抱き合っていた。
スマホを見た香織の、「もう帰ってくるって」という言葉で、慌てて解散し、香織の家を出た。




