幼なじみとご挨拶
「ようこそ、どうぞ、入ってくださいな」
「お、お邪魔します」
「こちら、心ばかりのものですが……」
「これはこれはご丁寧に。ありがとうございます」
ようやく体育祭も無事に終わり、休めると思った矢先の祝日、ちょうど両家の両親の予定があったということで、俺は両親とともに、香織の家へとやってきた。
緊張がすさまじい。この間、先輩とのことを報告に来た際に感じた緊張とはまた違うベクトルの緊張なのは、香織との関係が進んだことの表れだろう。
「いやはや、香織から聞いてはいましたが、まさか、子どもが大きくなってからまた、このようにお会いすることになるとは……。わからないものです」
「その節はご迷惑をおかけしました……」
「いえいえ、優斗君も立派に成長されて。子どもの成長は早いですな」
「香織さんにはお世話になりっぱなしのようで……」
一応俺と香織も同席しているものの、気まずすぎて一言も発せない。
アイコンタクトや表情でお互い気まずさを伝え合う。
「最近よく香織がお邪魔しているようで、ご迷惑かけておりませんか?」
「一切そんなことはありませんよ。家族みんな香織ちゃんが家に遊びに来ると喜んでいますから」
「母さんは特にな……」
「優斗、いらないこと言わない」
「優斗君もうちに遊びに来ていいからね。香織もその方がうれしいでしょう?いつも家で……」
「ちょっとお母さん!?」
父親同士、母親同士で話してて、気が気でないものの、にぎやかで楽しい雰囲気なので、安心する。
しばらくそのような状態が続き、いよいよその時が来る。
「それで、優斗君。香織と付き合い始めたと聞いたが、間違いないね?」
「……はい。お付き合いさせてもらっています」
俺はできる限りの誠意をもって、そう答えると、香織が俺の隣に来て口を開く。
「優斗は、いつも私のことを大切に思ってくれて、助けてくれて、気遣ってくれるの。私も、優斗に対してそうありたいと思える人なんだ」
その言葉を聞いた香織のお父さんと、いつの間にかその横に並んでいた香織のお母さんは、うんうんとうなずくと話し始める。
「うん。その点は心配していないよ。以前、香織の先輩とのことや、ご両親の実家へ旅行に行った香織が、笑顔で帰ってきたことから、わかっていたからね」
「そうね。だから、私たちからは、一つだけ、お願いしたいことがあるの」
一体何を言われるのだろうと、俺は少しだけ身構える。
香織のお母さんは、少し間を開けて、香織のお父さんだけでなく、俺の両親とも目を合わせてから、口を開く。
「……今の2人だけで、責任を取れないことはしないこと。これだけは、守って頂戴ね」
「「……はい?」」
「まあ、2人のことだから、心配いらないだろうがね」
遅れて、その言葉が意味することを理解し、俺は慌てて答える。
「も、も、もちろんです!誓って、軽率なことは……!」
「ゆ、優斗、なんでそんなに慌ててるの?それに、お母さんたちが言ってることが関係してるの?」
わかっていない様子の香織を見て、俺はご両親に目線を送ると、静かに首を縦に振るのが見えた。たすけを求めるように、俺の両親を見ると、いい笑顔のサムズアップが返ってきた。
頭を抱えたくなるが、このままにしておくわけにもいかず、香織に俺が伝えることを決意する。
「優斗?」
「香織、ちょっと耳貸してくれ。いいか?香織の、というか俺たちの両親が言ってるのは……ごにょごにょ……」
「…………!?」
直接的な表現を避けて伝えたものの、きちんと香織に伝わったようで、ボンッと音がしそうなほどの勢いで、顔を真っ赤にして、下を向く香織。
両家の両親の前で、何してんだろうと感じ、顔が熱くなる俺と、その様子をみて笑いあう両親たち。
そんなに心配はしていなかったけれど、うまくやっていけそうで安心しつつ、香織の背中を撫でる。
香織の横で背中をぽんぽんすること数分、落ち着きを取り戻してきたころ、香織のお母さんが口を開く。
「そういえば、今日、美咲ちゃんはどうしてるんです?」
「美咲なら、部活に行っていますよ。そろそろ帰ってくるころだと思います」
「あら、そうなると誰もいない家に帰ってくることになるのね」
それを聞いて、母さんはこちらを見て話す。
「私たちはもう少し話したいことがあるし、優斗、留守番頼めるかしら」
「えっと、俺はいいけど」
一応挨拶終わったとはいえ、俺だけ帰っていいもんなのか?こういうのって。
俺が戸惑っていると、香織のお母さんが付け足す。
「そういうことなら、香織も一緒にお留守番してきたら?まだ一緒に過ごし足りないんじゃない?」
「……優斗のお母さんたちに許可を頂けるなら」
「もちろんいいわよ。それじゃ、よろしくね」
両家の母親に背中を押されて、香織の家を2人で出て、俺の家に入る。
「お邪魔します」
「どうぞ。って言っても、しばらく2人だけどな」
2人でリビングに入り、ソファに並んで座る。
「とりあえず、挨拶できたな」
「そうだね。ちゃんと受け入れてもらえてよかった」
香織はそう答えると、俺の肩に頭を置いて、体を預けてくる。いつもより近い距離感と、ほのかに感じる香織の体温を心地よく思いながら、美咲が帰ってくるまで、そうしていた。
「ただいま~。ってあれ?誰かいるの?」
美咲が帰ってきた声が聞こえ、俺と香織は少し距離を取り、美咲を迎える準備をする。
「ただいま。あー、私、お邪魔だった?」
「待て待て、戻るな戻るな!」
変に気を利かせようとする美咲を引き留めて、事情を説明した。
「なーんだ。それじゃ、一緒に遊べるってことだよね。お兄ちゃん、ゲーム機取ってきて!」
「わかった、ちょっと待ってな」
「私、台所借りるね」
俺は自分の部屋に戻り、ゲーム機やコード類を用意する。
リビングに戻ると、台所で香織が三人分の飲み物を用意していて、自然と笑みがこぼれる。
「なんか、いいな」
「一緒に住んでる感あるもんね~」
「びっくりするから音もなく近づくのやめてくれ」
テレビのほうにいると思っていた美咲がいつの間にか後ろにいてびびった。俺のつぶやき聞かれたし。
「ほら、早く準備準備!」
「わかったわかった!」
慣れた手つきで準備を済ませ、3人でゲームを楽しむ。何度か遊んだことのあるゲームを選んだことで、香織が上手くなってきていて、危うく負けるところだった。これはまた特訓しなければ。
そんなことを考えながら、楽しむこと1時間ほど。一体両親は何を話しているのか気になってきたころに、玄関で音がした。
「あっ、帰ってきたね」
「それじゃ、片付けするか」
「ただいま」
「帰ったわよ~」
「お帰りなさい。お義父さん、お義母さん」
もはや義理の両親の呼び方が定着してしまいそうな香織を意識しないようにしながら、片付けをしつつ、両親に声をかける。
「結構時間たった気がするけど、何話してたんだ?」
「大したことじゃないよ。これまでのことと、これからのことさ」
そう言われると、大したことのような気がするが、父さんがそういうのなら、そうなのだろう。
「あとは、来週の週末、私たちと、香織ちゃんご家族で、お出かけすることになったくらいね」
「…………は!?」




