幼なじみと休み明けの約束
「どうしたの、お兄ちゃん。元気なくない?」
「ちょっとな」
結局、香織のことで悩んだまま、部屋で過ごしていると、美咲が帰ってきて、部屋に入ってきた。
「ふーん、わかった。香織お姉ちゃんとなんかあったんでしょ。お兄ちゃんが悪い。謝って」
「決めつけるの早くないか!?」
何故かご立腹な表情の美咲に、ほんとに心当たりがないことを伝える。
「お兄ちゃんが香織お姉ちゃんと仲悪くなると、私も会いにくくなるんだもん。早く仲直りしてよね」
「だから、まず喧嘩してないってば」
「でも、なんか悩んでるんでしょ?」
「それは、そうだけど」
美咲に問い詰められ、今日あったことを話すことになり、話し始めたあたりで、スマホが鳴った。
美咲に促され、見てみると、香織からの連絡だった。
少し鼓動が早まるのを感じながら、スマホを見る。
『今日も楽しかったね!また遊び行きたいな』
『ボーリングとかダーツの特訓、付き合うからね!』
……あれ?いつも、通りか?文字だけのやり取りということもあるだろうが、特に違和感を感じない。
隣から美咲が覗き込んでくる。
「なーんだ、なんにもなさそうじゃん。よかった〜」
「だ、だからそう言ってただろ」
「それにしては不安そうな感じだったけど?」
「う、うるさい」
俺に小言を言いつつも、安心したような表情で部屋を出ていく美咲。
俺も俺で、普段通りな感じの香織に安心しつつ、残り少ない夏休みの予定をどうするか、考えていった。
そしていよいよ来てしまった夏休み最後の週末。
この週末が終われば、9月に入り、学校が始まる。
そんな、最後の休息であり、夏休みの集大成、そして最後のお出かけチャンスの日に、俺は何をしているかというと……。
カキカキ……あれがこうして……
「って、なんで夏休みの最後も勉強なんだ!?」
俺が現実を受け入れられず、発作を起こすと、隣で勉強をしていた香織が呆れたように言う。
「もう、お互い、休み明けにテストがあるから、今日は勉強しよって話したでしょ?昨日まで、ゲームセンターとかボーリングとか、優斗の特訓って名目で遊んでたんだし。ちょっとくらい勉強しなきゃ」
「それは、そうだけどさ。まさか、夏休みの始めと終わりのどちらも勉強して過ごすことになるとは……」
香織の説得によって、俺と美咲は香織と一緒に勉強会をしているのである。解せぬ。
特訓の方は香織というお手本があったおかげで、ちょっとマシになった。ストライクも取れた。やったぜ。
そんなことを思い出しつつ、ちょっと抗議していると、香織が付け足した。
「夏休みの最初は宿題で、最後はテスト勉強だから、別物だよ」
「その考え方は、私も理解するのが難しいよ。香織お姉ちゃん」
確かに、休み明けにテストはあるけど、すぐにって訳じゃなく、1週間、通常通り授業があってから、主要五教科だけだから、夏休み開けてからの勉強でいいかと思ってたのにな。
けれど、香織に教えて貰ってる、というか、見張られてる以上、勉強するしかないのである。
美咲と俺は、諦めの気持ちで勉強に勤しんでいると、香織が追い打ちをかけるように話す。
「来年は私たちも、美咲ちゃんも、3年生で受験生なんだから、もっと勉強漬けの日々を過ごすんじゃないかな。だから慣れとこ。ね?」
「「それは今言わないで!(くれ!)」」
兄妹で口を揃えてそう言った姿を見た香織は、「しょうがないなぁ」と言ってから、続ける。
「ちゃんと休み明けテストまで、真面目に勉強して、きちんとテストを受けたら、その週の休みに、どっか遊びに行こっか」
「よし!俺たちにできないことはないよな!美咲!」
「うん!頑張るよ!お兄ちゃん!」
「単純だなぁ」
香織との約束を取り付けて、俄然やる気になる俺と美咲は、夕方になるまで、香織と一緒に勉強した。
「よく頑張ったね。今日はこれくらいにしよっか」
「香織先生からお許しが出たぞ」
「私、そこそこ勉強してる方だと思ってたけど、香織お姉ちゃんに比べたら全然だね……」
夕方になり、香織のお許しが出た。バンザイである。
「無理しすぎても良くないから、程々にね。繰り返しの習慣が大切だよ」
それじゃあ、今日の結構長い時間の勉強会とは。と思っていると、香織が見透かしたように言う。
「今日は、私が帰ったら、もう勉強しないつもりだったでしょ?お見通しだよ」
香織が得意げな表情でそう言ってきた。図星である。
「2人とも、学校がある普段の時は、そこそこ家でも勉強してるんでしょ?なんで夏休みはしないの?」
「そりゃあ、なぁ?」
「うん。お兄ちゃんよ」
不思議そうに首を傾げて、俺たちの話の続きを待っている香織。
「「休みなんだから、休むよ!(だろ!)」
「2人とも今日、その感じ好きだね」
普段は俺VS香織and美咲の構図が多いからな。今日の香織VS俺and美咲の構図は珍しいのではしゃいでいるのである。
「それじゃ、そろそろ私、帰るね」
「今日はありがとな」
「香織お姉ちゃん、またねー!」
そう話しつつ、俺は香織を見送るべく、一緒に玄関へ向かう。
両親と香織が出会ってしまうハプニングの日以降、うちに香織を呼んでなにかする時は、こうして見送るついでに一緒に外に出て、少し話すようになっていた。
少し悩む素振りをしてから、香織が話し始める。
「優斗ってさ、学校行く時、いつも何時くらいに家を出るの?」
「うーん、7時ぐらいかな。ちょっと余裕もって学校に着いときたいし」
「そっか。なるほど、なるほど」
そう言って、引き続き考えている様子の香織。どうかしたんだろうか、と香織の考えがまとまるのを待つことにする。
「よし……優斗」
「どした?」
「もう1個、約束しない?」
テストが終わってから、遊びに行くっていう約束があるから、もう1個ってことか。
「いいぞ。なにしたいんだ?」
「あのね?私、部活辞めたから、朝、登校する時間変わるんだよね」
その時点で、何となく察したものの、香織の方からお願いされるのがいいなと思い、言葉が続くのを待つ。
「だから、夏休み明けから、朝待ち合わせて、駅まで一緒に行きませんか?」
それを聞いて、俺は小さく笑ってから答える。
「な、なんで敬語?」
「だ、だって、なんか緊張しちゃったんだもん。それで、どう、かな」
何故か不安そうにしている香織に、安心して貰えるよう、明るく笑って答える。
「どうって、断るわけないだろ?来週から、一緒に登校だな」
そう答えると、香織はほっとしたような、それでいて花が咲いたような笑顔になる。
「うん!ありがと!」
「お礼を言われるようなことじゃないよ。楽しそうだし、俺も嬉しい」
「じゃあ、おそろいだね」
そう言って、柔らかく微笑む香織。
正直、すごくドキッとした。
俺が、香織に見とれて言葉を失っていると、香織が口を開く。
「それじゃ、またね!」
「あ、ああ、またな」
そう言って、家に入っていく香織を見送った。
この間、違和感を感じた日と、同じ言葉。
だけど、この間とはまるで違う、穏やかで、次に会う時への期待がこもっているような、印象だった。
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