幼なじみ彼女の誕生日 その3
「ご馳走様でした」
「お粗末さまでした」
「おなかいっぱい食べちゃった」
香織と一緒にビーフシチューを楽しんだのは良かったものの、少し作りすぎた感があったな。ちょっと反省。
「ケーキはまた後でだな。先にお風呂とか済ませて、ちょっと時間あけるか」
「うーん、あんまり遅い時間に食べたら……、ううん、誕生日くらい、いいよね」
香織の洗練されたスタイルは、日々の努力で保たれているってことはわかっているし、その努力を否定するつもりもないけれど。
「あぁ、誕生日くらい、少し甘えてもいいと思うぞ」
「もー、あんまり甘やかすと、ほんとに太っちゃうよ?」
「細すぎて心配になるよりいいかな」
香織はぷくっと頬を膨らませて、テーブルの上に並んだお皿を片付け始める。
「いいよ、俺がやるから。主役はゆっくりしてて」
「だーめ。食べた分ちゃんと働きます!」
食器を集め、シンクで水につけに行く香織。そこまで言うなら、と見守ることにしつつ、事前に聞いておいたお風呂の準備をする。
お風呂を沸かす旨の機械音声がなり、お湯張りが始まる。
「優斗、いつの間に家に詳しくなったの?」
機械音声を聞いて、お風呂の用意が始まったのを知った香織が聞いてくる。
「ほぼ同じ年代にできた家に住んでるわけで、操作は変わらないからな。場所だけ分かれば何とかなるもんだよ」
「それもそっか」
食器はしばらく水につけてから洗った方が楽なので、お風呂が沸くまでリビングでゆっくりすることに。
「お風呂、優斗が先に入ってね」
「いいのか?」
「うん。ちょっとやりたいことがあるの。お願いしてもいい?」
横に座る香織がそう聞いてくる。
「もちろん。少なくとも、誕生日が終わるまでは香織が主役だからな。俺のできることなら、なんでも言ってくれ」
「じゃあ、お風呂終わったら、髪を乾かさずに出てきてね。ドライヤー用意して待ってるから」
「わかった。軽く水気取るくらいにする」
やりたいことって、俺の髪乾かすだけなのか。欲がないというか、そんなことでいいんだな。俺が香織にお願いするならわかるけど。
しばらくして、お風呂が沸いたようだ。
「ほら、行ってらっしゃい」
香織に促されて、お風呂に入る。普段とは違うところのお風呂って、新鮮で、ちょっとワクワクする。
ないとは思っているし、心にも決めているが、万が一に備えて、いつもよりしっかりめに体を綺麗に洗って、お風呂から出る。
寝巻きに着替え、スキンケアだけ済ませて、リビングに戻る。
「あっ、おかえり!ここ座って!」
「わざわざありがとうな」
香織はドライヤーを用意して待ってくれていた。座る場所まで用意してくれている。
大人しく用意してもらった場所に座ると、香織がその後ろに、少し背の高い椅子を持ってきて、座った。
ドライヤーの電源を入れつつ、香織は話す。
「えへへ、前に優斗のおばあちゃん家で乾かしてあげてから、ちょっと恋しかったんだ〜」
「香織って、髪フェチ?」
「うーん、どうなんだろ。触りたいなって思うのは優斗だけだし」
優しく髪に触れ、乾かしながらそう話す香織。
「これからも、こうやってお泊まりする時は、私が乾かしてもいい?」
「そりゃ、俺は助かるし、嬉しいからいいけど」
心地いいし、癖になりそうで怖くはある。
「うんうん。ちゃんと手入れしてるね。前よりサラサラな気がするよ」
「言われた通り、トリートメントとか使うようにしたからな」
「えらいえらい。この調子で続けていってね」
髪を乾かし終わり、最後に俺の頭を撫でる香織。嬉しさと恥ずかしさの板挟みだ。
「ありがとな」
「どういたしまして。あと、こちらこそ」
「じゃ、お礼に今度は俺が香織の髪を乾かす番だな。もちろん、香織が嫌じゃなければ、だけど」
「お願いしちゃおっかな。私もお風呂行ってくるね」
香織はそう答えて、お風呂に向かっていくのを見送ってから、リビングの椅子に座り直す。
「さてと、何しとこうかな……」
1人になると、香織の家に、香織と二人、さらに今香織はお風呂、と否応なく今の状況を意識してしまう。
「いやいや、だめだ。とりあえず、お皿洗おう」
頭に浮かぶ雑念やら妄想を、頭をブンブン振って追い出しつつ、台所へ向かう。
そこには、すっかり綺麗になった食器が、乾かされていた。
「香織、やってくれたんだな。お礼言っとかないと」
えーっと、どうするかな……よし、ゲームして気を紛らわそう。そうしよう。
リビングに戻って、ゲームを起動したものの、気が気出なかったのは言うまでもない。
しばらくして、香織がお風呂から出てきた。
「お待たせ〜」
「おかえり」
バスタオルを手に、髪の水気を取りながら戻ってきた香織。モコモコふわふわしていそうなパジャマが、似合っていて可愛い。
「それじゃあ、優斗、お願い」
「あぁ、乾かすよ」
ドライヤーの電源を入れ、熱じゃなく、あくまでも風で乾かすイメージで、優しく丁寧に乾かしていく。
「優斗、上手になったね」
「あれから今日までちゃんとやってきたから」
香織が気持ちよさそうに目を細めているのを見て、こっちまで嬉しくなりつつ、最後まで丁寧に乾かした。
「終わったよ」
「あっ、ありがと」
香織はさらりと髪に指を通して、満足そうに頷く。
「ねぇ、優斗?」
「どした?」
そろそろケーキの用意をするかと立ち上がろうとすると、香織が控えめに話しかけてきた。
「今日は、なんでもしてくれるんだったよね」
「俺に出来ることなら」
「じゃあ、そこ、座って?」
さっきまで座っていた場所とは違う、テレビの前に置いてあるソファーを指さしてそう話す香織。
「いいけど、どうした?」
「いいからいいから」
俺の背を押して、急かされるように移動する。
「座ったけど……」
「えーっとね。もうちょっとだけ、足開ける?」
「ん?ほい」
少しだらしない感じで、足を開いてソファーに座ると、香織はその足の間にすとんと座ってきた。
「よいしょっと」
「わっ!?」
身長的に、香織の頭が俺の鼻辺りに来て、いい匂いがするし、髪でくすぐったいし、何より驚いた。
「えっと、香織さん?」
俺は顔を動かして、斜め後ろから香織に話しかける。
「1回こういうのやってみたかったんだ。ごめんね?」
「いや、全然いいんだけどさ。これ、もうちょい身長差がないと、成り立たないんだなって」
せいぜい5cmくらいしか変わらないので、顔の位置が被ってしまう。身長差があれば、もっとフィットするんだろうけど。
「私は優斗にしてもらいたかったの。でも、大変そうだし、もう離れるよ」
そう言われると、期待に応えてこその彼氏だと思うので、立ち上がろうとする香織を、後ろから優しく抱きしめる。
「わわっ、優斗?」
「別に嫌じゃないよ。俺もこうしてたいから、じっとしてて」
「わ、わかった……」
どうしたらいいか分からない中で、脊髄反射的に言葉を出してしまったので、キャラが違う感があるけど、もう引くに引けないので、このまま頑張ることに。
「香織、もうちょっと楽にしてもいいよ?力入ってるよな」
「う、うん。じゃあ、少しだけ」
そういうと、香織はそれまでより少しだけ、俺に縋るように、体を預けてきた。
「よしよし、香織はいつも偉いな」
「わわっ、ゆ、優斗……」
いい位置に香織の頭があるので、褒めながら、撫でてみた。
俺もだいぶ恥ずかしいけど、後ろからちらりと見える香織の耳が、真っ赤になっていて、俺以上に恥ずかしい思いをしているのが伝わってくる。
その恥じらう様子が可愛くて、イタズラしたくなってしまった。
「……ふ〜」
「わひゃっ!」
「あはは、ごめんごめん」
「も、もう!」
耳に息を吹きかけたり、なでなでを続けたりする。
香織が体を少し動かそうとするけれど、嫌な訳じゃないのがわかっているので、ぎゅっと抱きしめる力を少し強めて、捕まえる。
「うぅ……」
「えらいえらい。香織は自慢の彼女だよ」
耳だけじゃなく、おそらく顔も真っ赤になっているであろう香織。ちょっと調子に乗りすぎたかな……。
とはいえ、辞めるタイミングを失ってしまった。どうしようかと思いながらも、抱きしめたまま、撫でていると、香織が動き出した。
「……も、もう無理!!」
香織は俺の腕を振りほどいて、立ち上がった。
真っ赤になった香織の顔を見て、俺は慌てて謝る。
「ご、ごめん!ちょっとやりすぎた」
「ほ、ほんとだよ……もう、おかしくなっちゃうかと思ったよ」
「……嫌だった?」
「……嫌じゃないけど!嬉しいし幸せだった!言わせないでよ、いじわる!」
やばい……可愛すぎる。これから、やりすぎには注意しないとだな……。
パタパタと手で顔を仰いで、赤く、熱くなった顔を冷まそうとする香織も愛おしく思いながら、反省する俺なのだった。
えっ?後悔してるかって?もちろんしてない。




