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*注意事項*
この自伝は無料で公開し、一切の利益を求めません。
当時の記憶を思い出しながら書いているので、多少の抜け漏れもあります。
そういった部分には多少の脚色もある事を踏まえてご一読ください。
登場する人物については全て仮名、プライバシーやご親族の方々を考慮し、特定不可能になるよう性別も変えて執筆している方もいます。
私 明智七星についても仮名です。
以上
-自分について-
明智七星 27歳 男
新人漫画家
1997年 6月生まれ
当時たしか原稿料が3話分まとめて年明けに入るとかなんとかで、結構お金がなかった。まとまった原稿料については高額ではあったけど、それまで貯金でしのぐにしても心配過ぎたのでなんかバイト始めようと思って。
でも漫画家って体力仕事だから、短期かつ急な休み(今月締め切りに間に合わないからとかね)にも対応出来そうな求人をずっとずっと探して、
見つけた。
SNSサイトのオープンチャットに雑に投げられた文章。どう考えても怪しいんだけど、なんか惹かれたんだよね。
確かこんな感じだったと思う。
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新着:求人サポート
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この度は当求人をご覧頂きまして、誠にありがとうございます。
『1日バイト/高収入、日払い、体力に自信ある方大歓迎!!!!』
都内のとあるお宅で一日清掃♪
お掃除のスキル・仕上がりによっては、1時間以内退勤可能!
重たい物の処分、解体もお手伝いいただきます。
ご応募は【コチラ】
※急募の為、応募期間は本日22時迄※
迷惑メールみたいな文体っていうか、絶対に怪しいんだけど。多分この時いい感じの求人が見つからなくてちょっと自暴自棄にもなってたし、あとはやっぱり作家脳なところもあったのか、変なことがあれば漫画のネタになるとは思った。
その時の時間は19時くらいで、そんなに時間も残ってなかったから応募フォームに軽い自己紹介と連絡先を添えて送って、一時間もしないうちに電話がかかってきた。
かけてきたのは【ランマル】さん
「こんばんはぁーーー、明智さんの番号で合ってます?バイトのご応募ありがとうございます。担当のランマルです。早速ですけど、明日すぐ行けそうでしょうか?」
酒焼けしたような男の声、飄々とした雰囲気だが態度は悪くは無い。
「あ、はい…いけると思います。」
「わっかりましたぁー、そうしたら新宿区のマンションの住所を送るのでそこに行ってください。朝10時くらい集合です。」
「承知しました、あれ、集合ってことは自分以外にも何人かいるんですか?」
「はいー、いますよ。同行でボクと、あと女性ひとりと男性ひとり。基本給与は皆さん同じ額ですが、ノルマ以上の成果をあげられた方がいれば多少色つけようかなとは思ってます!」
清掃にノルマってあるのか。知らんけど高いところの窓でも拭いたら給料が上がるのか、と呑気な思考を混じえつつ一番気になることがありますよね。
「応募要項にもなかったんですけど、給与っておいくらですか?」
「5000万円です!」
電話切ろうかと思った。
ゼロ何個か間違えてるかと思ったし、あとふざけてると思った。礼儀はある方なので文章だと分かりにくいですけど、かっっなり飄々とした声でしたからね。
だって、バイト内容掃除じゃん。
「え?でも、ただの清掃にそんな金額が「それじゃ明日10時にお待ちしております!」
こちらへの疑問は遮られるかのように張った声で一方的に電話を切られた。
うん、だいぶ怪しい。特殊清掃?前映画か何かで観たかな、死んだ人の部屋を清掃とか…あれってそんなに高額だったっけ。
正直バックれようか大分悩みはしたけど、無駄に責任感も強かったしシンプルに興味で明日はそのまま行くことにした。
-翌朝10時、新宿区某マンション前にて-
定刻5分前到着。
マンションは自分の3話分の原稿料合わせても到底手が届かなさそうなタワーマンションだった。
広々したエントランスに入室すると、中央に設置された二名がけのソファが向かいあわせで二つ。
そこに既に2名座っていた。男と、女。
名前は男の方は【ヨリ】さん、女性は【ニコ】さんとかそんな感じだったと思います。
ヨリさんはボクサーみたいな逞しい体格、かつ俳優みたいにすごく綺麗な顔をしていた。黒髪で少し伸びた前髪と襟足が何とも女好きしそうな雰囲気。ただパッと見の雰囲気で分かったし後々のコミュニケーションでもめっちゃ無愛想だった。
ニコさんは金髪ボブの女性。ヨリさんが若干怖かったせいか天使に見えた。ギャルっていうかサブカル系の雰囲気。
俺を見るなり一番に口を開いたのも彼女だった。
「あっれー、もしかしてバイト仲間くん!?」
ニコさんがソファから立ち上がって俺の顔を見に来る。
「あ、はい。明智七星と申します。今日はよろしくお願いします。」
「アケチンね。私は入間仁子、ニコって呼んで。よろしくね!」
いい人そうな雰囲気に少し安心していると、ヨリさんが静かに口を開いた。
「………米塚理々(よねづかりり)」
全くこっちに目を合わせず、腕を組んで名前だけ言う態度に殴りたくなったが勝てそうにないので黙った。ちなみに声も低くて腹立つくらい格好良かった。
「女の子みたいな名前っしょー、だからヨリって呼ぶことにしたの。」
ニコさんがフォローするかのように明るく補足する。
そういえばバイトの人、あと男一人女一人、同行でランマルさんって言ってたっけ。
「てことはこれで…全員か。」
その一言が不思議な静寂の幕を上げる。
全員性格不一致、尚且つ真意の分からないバイトの内容。
明るく接しながらも腹のうちでは全員に探りを入れているのだろう、ニコさんも今は口を開いていない。
少しの間の静寂を打ち破るように、機械越しに聞いていたあの声がエントランスへと響いた。
「よぉーーこそ、ようこそお集まりくださいました!」
どこから現れたのか、はたまた最初からいたのかずっと俺たちを見ていたのか。
広々としたエントランスの陰から姿を表したのは、意外にも全く普通のスーツの男だった。胡散臭そうだけど。
「いやあ、まさか3名も応募者が集まるなんて。光栄ですよ、しかも皆さんちゃんと定刻通りにきてくれちゃって。あ、私ランマルです。皆さんお電話でお話しましたね?」
ランマルはにっこりと貼り付けたような笑みを浮かべた。
全員黙ってランマルの次の言葉を待ってる。
「それじゃあ、早速ですけど業務説「これ裏バイトだろ?」
ランマルの高音な声に被さって、低音のヨリさんの声が率直な言葉をぶつけていた。
「…………」
全員、沈黙3秒。
ランマルは変わらない笑顔を浮かべたままだった。
「業務説明に、入ります。」
ランマルの返答は肯定でも否定でもなかった。だが、決してスルーしたわけではないことは次の業務説明で分かる。
「皆さんにしていただく業務は【清掃】
この世に存在する無機物、生命。全て意味があってここにあります。
だがしかし、その意味が悪い影響を及ぼす事もある。
よりよい世界を築いていくために、悪いものは排除していかなければならない。
なので、皆さんには『ソレ』を掃除、抹消していただきたいのです。
使う道具はなんだって構わない!ご自身の手、あるいは刃物、鈍器!掃除をしていただいた後は、募集にもあったように解体作業がございます。ここまでよろしいですか?」
ここまでお読みの皆さんは忘れかけてる頃かもしれないですが俺は漫画家。想像力を働かせる仕事、そのスキルは他よりも優れてないといけない。
となると、ランマルの言った言葉で俺が思い浮かべたことは?
清掃するのは、恐らく生きている『何か』だ。
「なんとなーんと、ソレの清掃を遂行していただいた方にもれなく1名、5000万円さしあげちゃいまーーーす!」
「「「!!!」」」
「全員にじゃなかったの!?」
ニコさんが目と声を張る。
「……で、清掃する『ソレ』ってのは何のことだ?長ったらしい比喩はいいからさっさとそれを教えろ。」
ヨリさんと同じ疑問を抱いているのは3人とも同じだ。
「これです。」
スーツのジャケットの胸ポケットからランマルが写真を一枚取り出してソファの間にあるテーブルに裏返しで置いた。
…最も俺は生きているもの、までは想像できているがそれ以上は…害獣?害虫?あるいは、…いや、この時頭によぎった一番最悪なものが大正解だったんだけどね。
ランマルがその写真を捲り、表に返すと写っていたのは、美しい長い赤毛の女性だった。
「沖野 千啼さんです。」
「……人じゃないの。」
ニコさんが眉を顰めていた。当然だと思う、写真に写ってるのはどう見ても人間でしかない。
「この女性を殺してもらいまーーーす!先着順、必ずおひとりで殺すのがルールです!おひとりであれば、どんな方法でも構いません!」
ランマルはとても殺人の提案をしているとは思えないような声色だった。
「はぁ!?」
「……やっぱりそういうことか。」
帰ろう。帰らなきゃ。
裏バイトなのは薄らと分かっていたとはいえいくらなんでも殺人なんて。
真っ当にバイトしよう、少し苦労したってそれがいい。絶対にこんなのおかしい。
「すみません、俺は辞退します。」
それだけ言い残して背を向けマンションの出入口へと向かう、ヨリさんもニコさんも引き止めなかった。
「本当にそれでいいんですか?」
ランマルが俺の背に向かって言葉を投げかける。
「明智七星さん、貴方は漫画家でしたよね。お辛いでしょう、何度投稿しても引っかからずようやく担当がつきデビューが決まり、連載まで運びましたが3話まで売れなかったら打ち切り確定なんでしたっけ?」
「……!」
だめだ、振り返るな。
「デビュー決まってから勢いよく実家を飛び出して一人暮らし始めて、でも漫画の売れ行き次第では生活が困難になる。実家にも戻れそうにない。貴方は父子家庭で、お父さん……先月倒れましたもんねえ?もう長くない可能性もあるんでしたっけ?」
「なんでそれを…」
声を震わせた俺は反射的に振り返った。
その時のランマルの顔は今でも忘れられないと思う。
今これを打ってる時も、ずっと思い出す。
「貴方は逃げられない。ヨリさんも、ニコさんも…ね。」
「ヨリさん、貴方はプロのボクサーだった。だけど交際相手を寝とった同期を病院送りにし、慰謝料を請求されていますよね」
「ニコさん、ホストに貢いで消費者金融での借金が3000万円あるそうですね。この一回のバイトで全額返済できますよ。」
誰も開示しなかった、秘密。
ランマルはただの履歴書を読むかのような、一切の配慮もなく赤裸々に全てを話した。
最もそれをどこで知ったのか、いや、そんな事もうどうだっていい。
多分全て知られてるんだ。
ここから逃げても、逃げられるか分からないんだ。
やるしかないんだ。
「さて、犯人になれるのは、誰なんでしょうね?」
フィクションです