ハゲ上司にバイバイ
「もう無理。やってらんないよぉぉ」
笹川みどりは、今年で26歳にも関わらず、恋人も友人もゼロ。涙が出そうな現実に歯を食いしばって生きている今日この頃だ。しかもその上、みどりはブラック企業勤め。必死に勝ち取った内定を、現在すこぶる後悔している。
毎日終電帰り、5時出勤の地獄。辛うじて土日の労働時間は短い(?)が、流石に3ヶ月半の連勤は命の危機を感じる。なかなかクリーニングに出せていないスーツは、もう肌にすっかり馴染んでしまっている。しかし、この前みどりが体調を崩し会社へ泣く泣く連絡したところ、直属の上司が呆れ声で言った。
「そろそろ危ないと思ってたんだ。社会人は自分で体調管理くらいできないとダメだろ?さっさと治して早く仕事に戻って来いよな」
みどりは内心、(てめぇその見え見えなカツラ剥ぎとるぞ)と思ったが、ブラック勤めで培った作り声で乗り切った。こういうときに話を聞いてくれて慰めてくれる恋人が欲しい。今すぐ求む。
そんなこんなで苛立ちと疲れがマックスなみどりは、ふらふらで終電から降り真っ暗な道をマンションまで歩いている。家に帰ったとて何かがある訳では無いが、一刻も早く帰って寝たい。頭痛に耐え、みどりの気も知らず瞬く星を睨むように見上げ、みどりは最後の角を曲がった。ここを少し行けば部屋のあるマンションだ。
「え?」
確実にみどりの歩道側は青信号だった。絶対そう。私悪くないもん。みどりは目を見開いて、眼前に迫るトラックを見つめる。全てスローモーションに感じた。避けなければ、と本能が叫んだが、みどりはどうにも動けない。
(明日、会社行けないかも。クリーニング出しに行けないし、あのハゲ上司にまた怒られる……)
みどりは、自分を眩しく照らすライトに目が眩んで、上手く見えないトラックの運転席を眺めた。どんな人が座っているか分からないため、末代まで呪うことは不可能かもしれない。でも呪いの方法とか知らない。本当に目と鼻の先にある。
みどりは痛みに備えて目を瞑った。直後、全身を、信じられない衝撃が走った。酷く身体を打ち付けて、一瞬にしてみどりの意識は無くなってしまった。
ちなみにみどりの人生初の走馬灯には、両親の顔と懐かしの感動シーン、そして何故か糞上司のカツラを地面に叩きつけるという、事実無根の映像が流れていた。