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第6話  捨て難きは騎士の魂

「どうだ、我が職人達が精魂込めて製造した日野鉄砲は。気に入ったか?」

「ええ、素晴らしい」

若き主君の問いに勝成は心からの賛辞で答えた。

「それにしても驚きました。私がかつてヨーロッパの戦で使っていた銃とはまるで造りが違うのですから。これは彼らが独自に改良したのですか?」

「さて、どうであろうな。造りそのものは堺や国友のものと違いはないはずだがな」

賦秀やすひでも勝成も、そして日野鉄砲鍛冶達も誤解しているが、日本に伝わった鉄砲はヨーロッパで使用された鉄砲そのものではない。

ポルトガルによって東南アジアに伝えられた火縄銃が現地によって改良されたマラッカ式と呼ばれる火縄銃なのである。

森林が多い現地で用いる為に狙撃に特化するよう改良された型が日本に持ち込まれ、さらに元は刀鍛冶であった彼らの世界最高と言って良い鍛鉄技術が応用されることでさらなる進化を遂げた。

それこそが今勝成が手にする日野鉄砲でなのである。

(それにしても驚くべき軽さだ。そして命中率と言う点でもヨーロッパの鉄砲より格段に上だ。この鉄砲が用いられるサムライ達の戦は、俺が知る戦とはまるで違うものだろう)

勝成は不躾ぶしつけなのは承知で、さらに主君に質問を続けた。

「どのくらいの数の鉄砲が戦で用いられているのでしょうか?」

「先の武田家との長篠での戦では、三千丁の種子島が使われたらしい。いや、それは凄まじい、天が落ちてくるのではないか思った程の轟音であったよ」

「三千丁……」

勝成は呆然として言葉も無かった。それだけの鉄砲を一度の戦に用いることが出来る国が果たしてヨーロッパに存在するだろうか。

鉄砲が伝わってから数十年しかたっていないというのに、その製造法を己のものとしただけではなく独自に進化させ、ヨーロッパを超える量を生産するとは。

「私には、全世界でこれ程の天賦(てんぷ)の才能を持つ国民はないと思われる」

勝成の脳裏にかつて聞いたオルガンティノの言葉が鳴り響いた。その時は失笑して聞き流していたが、紛れもない真実なのだと認めるしかなかった。

思えばこのオルガンティノのジャッポネーゼを評した言葉は単純な賛辞なのではなく、実は警戒と恐怖も含まれていたのではないか。

(もしトノの義父であるノブナガがジャッポーネを統一し、ヨーロッパに矛先を向けたら……)

現在エスパーニャ、プルトゥガルを中心にヨーロッパ諸国はその銃火器、軍事力でアジア、アフリカの国々を侵略し、植民地として収奪の限りを尽くしているが、今度は逆にジャッポーネのサムライ達の侵略を受けることになるのではないか。

そうなったら、内戦で疲弊している勝成の祖国イタリー、ローマ教皇領は世界一の刀剣であるカタナと狙撃に特化した大量のジャッポーネ式火縄銃で武装したサムライに勝ちうるのか。

勝成もまた、深甚な恐怖と不安を覚えた。

(そうだ、俺は鉄砲の、狙撃の腕を磨こう。もしノブナガが、もしくは他の者が俺がかつて命を懸けて守ったヨーロッパの地を狙うことがあれば、その時は……)

騎士を捨て、サムライに生まれ変わったはずの己だが、やはりヨーロッパの大地とキリストの信仰を守る使命を帯びた聖ヨハネ騎士団の騎士としての魂を燃やす聖なる炎は消ることはないらしい。いや、かつてオスマン帝国との戦いで最前線にいた時以上の昂りを覚えてしまった。

「トノ、しばし私に時間をいただきませんか。鉄砲の腕を磨くこと専念したいのです。そして必ず武勲を立てて見せます」

勝成は真摯な表情で請うた。賦秀やすひでの義父を狙撃するやも知れぬという不逞な考えを秘めてだが、一方でこの若き主君の為に役に立ちたいという思いもまた、紛れもない真実であった。

「よかろう。家中でもっとも腕の立つ者を付けてやろう。その者について、励むがよい」

こうして勝成は数日の間ジャッポーネ式火縄銃の狙撃の稽古に励んだ。

無論、砲術だけではない。戦国乱世におけるサムライの表芸とも言うべき槍、そして刀、さらに馬術に戦闘指揮法もである。

当初は体に馴染んだ聖ヨハネ騎士団の戦闘様式との違いに戸惑ったが、違いはあくまで表面的なものに過ぎない。

サムライと騎士、同じ封権時代が生んだ戦士として本質的な部分は同じと言って良い。

すぐに勝成はサムライの武術、戦闘指揮の方法を己の物にしていった。

そして改めて勝成は若き主君、蒲生忠三郎賦秀とその家臣団に狙撃の腕を披露することとなった。

勝成は驚く程迅速で的確な動きで日野鉄砲に弾丸と火薬を込め、火縄に火をつけて甲冑の一部分である鉄板を的にして撃った。

この日の勝成は十中の八まで命中するという驚くべき成果を見せ、大いに面目を施した。

勝成の存在などは所詮は見世物、主君の戯れに過ぎないと思っていた蒲生家家臣達であったが、その異能には驚いたことだろう。

そして火縄銃のその甲冑をもたやすく撃ち抜くであろう威力を改めて思い知らされ、武士の表道具である槍や弓矢ではなく鉄砲が戦の主役となる時代がやって来たのだと改めて認めざるを得なかった。





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