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第59話  信仰を守護する者

「だがそれは間違いだった」

オルガンティノは己の期待が全くの見込み違いであったことを今はっきりと思い知った。

(そう、荒木村重が謀反した際、ジュスト右近殿を説得出来なければ全ての宣教師を高槻城の前で磔はりつけに処す。そして高山領のキリシタンを皆殺しにし、教会もことごとく焼き払うとノブナガ殿は言った。あの御仁は我らが信仰の敵だとはっきり理解せねばならなかったのだ。ドン・パルトロメオ殿のことを知れば必ず長崎と茂木、高槻だけではない。天下布武の名の元、このジャッポーネの各地で根付きつつあるカトリックの信仰を叩き潰すだろう。宣教師も信徒も悉く根切りにされ、全ての教会は焼き討ちされ灰燼に帰すだろう」

ノブナガはデウスがキリスト教カトリックの王国建設の為に遣わした英雄ではなかった。

(では誰なのだ?ドン・パルトロメオ大村純忠殿?いやあの方はかえってカトリック弾圧の元凶となる可能性が極めて高い。ドン・フランシスコ大友宗麟殿も耳川の戦いで薩摩の者共に敗れてからはその勢力は衰える一方だと聞いている。それに……)

オルガンティノはヴァリニャーノの端正な顔を窺いながらキリスト教カトリックの王国建設の理想に挫折した悲運な豊後の王のことを思った。

(正直、私はドン・フランシスコ殿はカトリックの教えを真に理解しているのかどうか、疑わしく思っている。彼はカトリックの清廉禁欲の教えには従わず度を過ぎた漁色を一向に改めることなく、身内や家臣の妻にも手を出す始末だと聞いている。あまつさえ気に入った女性を手に入れるために夫である家臣に罪をきせて殺してしまうというような非道を行ったとも。そえにカトリックに改宗し洗礼を受けながらも休庵宗麟という禅の号も捨てていない。私が思うに、彼はあまりに己の欲望に忠実すぎる。結局のところ、カトリックに改宗したことさえ、己の欲望を満たす為に行ったことなのではないかとすら思える。そう、我らイエズス会を利用し、プルトゥガルと交易して様々な品物、特に硝薬を手に知れて武力を増大して領土を切り取りたい。そしてさらに多くの富と女を我が物としたい。そう考えていたのではないか)

オルガンティノは遠い九州の地にあってノブナガに依頼し、薩摩島津氏との和睦を斡旋してもらおうと動いているらしい豊後の王に嘔吐したくなるほどの嫌悪感を覚えた。

(あの御仁のキリスト教カトリックの王国建設の理想が挫折したことは、かえってこの国が真の信仰に目覚める為には良かったのかも知れない。あの御仁が建設するキリスト教の王国など己の欲望の為に都合よく歪曲された出鱈目なカトリックの教えがはびこるおぞましい代物だろう。あの御仁には何も期待できない。期待するべきではない。となれば……)

オルガンティノの脳裏に己が最も親しくする武人の白くのっぺりした顔が鮮明に浮かんだ。

(ジュスト右近殿。そう、やはりあの御方こそがカトリック教徒となったジャポネーゼを統べるにふさわしい人物と言えるだろう。その清廉潔白な人柄、信仰を守るためならば我が領土も武人としての名誉も一切捨てて構わないという気概。まさにカトリック教徒の鑑というべきだ)

確かにジュスト右近はその人格といい信仰の確かさといい、およそ不足のない人物だろう。

(だが、その偉大な器量に比べれば、彼が持つ武力、領土はあまりに小さい。それに彼は謀反人アラキの腹心でありながら許され、さらに領土を加増されるという厚遇を得て大いにノブナガに恩義を感じている。彼の義理堅い人柄を考えれば、例え信仰を守る為とは言え、ノブナガと戦うことをよしとしないのではないだろうか)

そう、かつてのように信仰と忠義の板挟みになれば、彼はやはり全てを捨てる道を選ぶのではないか。

(いや、例えノブナガ殿に恩義を感じているとしても。ノブナガ殿が全てのカトリック教徒の敵となればジュスト殿は必ず立ちあがり、信徒と信仰を守る為に全てを賭けて戦ってくれるはずだ。私はそう信じる)

「オルガンティノ殿、どうかされたのか?」

オルガンティノが険しい表情で考えに打ち沈んでいるのを見て、ヴァリニャーノが怪訝そうな表情を浮かべた。

「いえ、別に……」

オルガンティノは慌ててごまかそうとしたが、すぐに考えを改めた。やはりフロイスとヴァリニャーノとは危機感を共有し、この後の対策を協議すべきだろう。

「成程。確かにあまり時間は無いでしょう。ノブナガ殿がカトリック弾圧という暴挙に出る前に、出来るだけ打てる手を打っておかねば。まず私は九州の宣教師や改宗した大名達にノブナガ殿の危険性を伝え、身を慎むようにさせましょう。それに……」

ヴァリニャーノの端正な顔貌が険しくなった。

「カブラル。彼をすぐにでもこの国から追いやらねばなりません。やはり彼はこの国の布教に悪影響しか与えないでしょうから」

「その通りですね」

ヴァリニャーノ以上にカブラルに嫌悪感を抱いているオルガンティノは強く賛同した。

「ジュスト右近殿だけではやはりいざという時にノブナガ殿には対抗できないでしょうね」

フロイスは深刻な表情で言った。

「もっと協力者を、我らの為に戦ってくれる大名を、サムライを増やさなければ……」

その人物とは誰なのか。オルガンティノの脳裏に瞬時に二人の人物が浮かび上がった。

己と同じイタリー出身でありながら今やサムライとなって戦う鮮やかな赤毛と緑色の瞳を持つ戦士。

そして彼が忠誠を誓う文武共に優れた若き戦国大名。

(そう、やはりジョバンニロルテス、山科勝成殿こそがデウスが遣わしたこの国のカトリック教徒を守護する使命を帯びた聖なる戦士に違いないのだ。そして蒲生賦秀殿。山科殿によれば、最近彼はカトリックの教えに興味を示されていると手紙を送って下された。それは喜ばしいと返事をしたが、それどころの話ではない。あの御方を何としても真の信仰に導かねばなるまい。あの御方がカトリック教徒になってくだされば、ジュスト右近殿と同様、いやそれ以上に力強いカトリック信仰の守護者となってくれるはずだ。そしてジュスト右近殿、山科勝成殿、蒲生賦秀殿の三人が心と信仰を一つにすれば、ノブナガ殿にも対抗できるのではないか)

オルガンティノの心にまばゆいばかりの希望の光が灯った。

「フロイス殿。まずそれは蒲生賦秀殿に間違いないでしょう」

「おお、その御仁は確か、聖ヨハネ騎士団の騎士で貴方の護衛だった人物が仕えているという……」

「その通りです。私と貴方と、それに山科殿で蒲生様にカトリックの素晴らしさを説き、真の信仰に目覚めさせましょう。まずはそれからです」




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