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第57話  ドン・バルトロメオと肥前の熊

「いずれ九州の地は薩摩の者共が制するのは時間の問題でしょう。しかし奴らがいかに古代のスパルタの如き尚武の気性と武勇を持っていても所詮は小国でしかありません。ノブナガ殿の大軍相手ではどうにもならないでしょう。スパルタが結局はローマ帝国に併呑されたようにノブナガ殿に屈するのは間違いないと思われます」

「野蛮で救いようがない程迷信に囚われた薩摩の者共が敗北するのは喜ばしいことですが……」

「ええ。他の真の信仰に目覚めた素晴らしい王もノブナガ殿に屈することになるでしょう。ノブナガ殿は彼らをどのように扱うかが心配です。特に我らイエズス会に長崎と茂木の地を教会領として寄進してくださった篤信の王、肥前の大村純忠(おおむらすみただ)様」

大村純忠は肥前の国、三城城の城主である。イエズス会宣教師のコスメ・デ・トーレスから洗礼を受け、ドン・パルトロメオという洗礼名が授けられた。

洗礼を受けた後は甲冑の上に纏う陣羽織にイエスキリストを表す「JESUS」とユダヤ人の王、ナザレのイエスを意味する「INRI」という文字を刻み、出陣の際には十字架を描いた軍旗を堂々となびかせる程の熱烈なカトリック教徒となっていた。

「ちょ、ちょっとお待ちください」

オルガンティノが驚愕と動揺で顔と首の肉を震わせながら叫んだ。

「ドン・バルトロメオ殿、大村純忠殿が十年前に長崎を寄進されたのは知っていますが、さらに茂木の地までイエズス会に領土を寄進されたのですか……?」

「はい。異教徒の王にして憎むべき暴君であった龍造寺隆信(りゅうぞうじたかのぶ)の軍勢に苦しめられていたドン・バルトロメオ殿はプルトゥガル人の軍事支援を受けてこれを撃退することに成功しました。感激したドン・バルトロメオ殿は我らイエズス会に茂木の地を寄進してくれたのです。無論、そうすることで今後もプルトゥガルの支援を取りつけ、我が領土を守れるという計算もあるのでしょうが……」

「本来ならば、それは喜ばしいことなのでしょう。細心さと決断力を兼ね備え、かのカエサルをも上回るような知恵と迅速でもって軍備を整えることが出来た恐るべき「肥前の熊」を退けることによって我が祖国プルトゥガルの強大な力とデウスの加護の偉大さをこの国の人々に知らしめ、真の信仰に目覚めさせる礎となるでしょうから。しかし、今この状況では非常にまずいやも知れません」

プルトゥガル生まれのルイスフロイスが祖国を誇る思いと予想される最悪の事態を憂う気持ちが入り混じった複雑な表情を浮かべた。

「やはりそう思われますか」

「はい。ノブナガ殿は宗教勢力が戦と政治に関わることを殊の外忌み嫌われていることは間違いありません。強大な力を持つボウズ共の本拠地である比叡山を焼き討ちし、一向門徒二万人を焼き殺し、十年もの歳月をかけて本願寺の者共と戦い抜いたのもその為。イエズス会が戦に介入し、その見返りとして領土を得たと知れば、激高する可能性が非常に高い」

三人の宣教師達の間の空気が鉛のように重く、秋霜の如き冷え冷えとしたものと変わった。

「し、しかし我らがノブナガ殿に事情を説明し、長崎と茂木の地を返上すればノブナガ殿の怒りは収まるのでは?現に本願寺勢力はノブナガ殿と講和して武装を解き、本拠地であった石山御坊を退去したことによって許されました。信仰を弾圧されることもなく、教主や幹部も処刑されていません。抵抗されしなければ、きっとノブナガ殿は許してくれるかと」

「プルトゥガル人は教会領として寄進された土地を大人しく返上しますか?」

楽観論を口にしたオルガンティノに対し、ヴァリニャーノは冷徹な声で疑問を返した。

「……」

ヴァリニャーノは口をつぐんだオルガンティノをしばし見つめた後、青い眼のプルトゥガル人宣教師へと視線を向けた。

「貴方方プルトゥガル人はこのジャッポーネという国をデウスと教皇から賜った我が領土だと考えているのでしょう。ノブナガ殿の恐ろしさを良く知る貴方はともかく、遠い九州の地にいる他のプルトゥガル人宣教師や商人は何故異教徒の王如きに屈して我が領土を渡さねばならないのか。異教徒の軍勢などデウスの威光とプルトゥガルの力の前では恐れるに足らずと考え、改宗した諸侯達、大村純忠殿や大友宗麟殿にイエズス会の為にノブナガ殿の軍勢に立ち向かうよう説くのではありませんか?」

ヴァリニャーノの斬りつけるような言葉に対して、ルイスフロイスは口をつぐんだまま答えようとはしなかった。

「……トルデシリャス条約。エスパーニャとプルトゥガルの間で結ばれた世界領土分割体制ですね」

代わってオルガンティノが言葉を発した。

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