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第56話  異教徒の王に抗う者は?

「あれがこの戦乱に明け暮れるジャッポーネの半ばを平らげた王か。確かに尋常な人物ではないな」

ノブナガとの会談を終えたヴァリニャーノが額に浮き出た汗を手巾で拭いながら戦慄の表情を浮かべた。

ヴァリニャーノはこれまで多くの人物と会って来たが、あれ程凄まじい人間はこれまで見たことがなく、これからも無いであろうと確信した。

これまで覇道を突き進むために万を超える屍を積み上げ、これからもさらに屍を積み続けて天の頂に昇りつめようという迷いの無い覚悟を定めている人物。

「アレクサンドル大王やキュロス二世とはあのような人物だったのだろうか」

ヴァリニャーノは古代に強大な大帝国を築いた覇王にして恐るべき侵略者の姿を思い描いた。

そのような人物がこの島国を平定しただけで満足し、覇気を納めることなどありうるだろうか。

いずれは他のアジア、さらにはヨーロッパ諸国まで己が領土に加えんと野心を抱くのではないだろうか。

(そのようなことが許されるはずがない。異教徒の王如きが我がヨーロッパを征服しようなどと不逞な野心を抱くなど。この世界は唯一絶対の神が我らキリスト教徒、ヨーロッパ人の為に創造された物なのだ)

「本当あの王は我らイエズス会、カトリックの保護者になるような人物なのでしょうか」

ヴァリニャーノは率直に疑問を呈した。

「やはりヴァリニャーノ殿はそう思われますか」

フロイスは憂いに満ちた表情で答えた。

「確かにノブナガ殿は賢明で偉大な御方です。今の所は我らイエズス会に好意を持ち、布教を許してくれてはいますが……。あの御仁には真の宇宙の創造主であり唯一絶対の存在であるデウスの教えを理解し、信仰に身を捧げる資質は残念ながら欠いておられるように思います」

フロイスは深いため息をついた。その表情にはノブナガへの畏敬の念と不信の思いが深い陰影となって刻み込まれていた。

「天下布武という彼が掲げる言葉通り、彼は武力の信奉者です。武力こそが全てであり、全てにおいて優先されるという愚かな妄想に囚われています。信仰も政も武の下に置かれるべきものだという揺るぎない考えを持っている。だからこそ十年もの月日と膨大な犠牲を払ってでも本願寺という強大な力を持つボウズ共と戦い抜いたのです。そして我らイエズス会を保護しているのも利用価値があるという下心の為でしょう。利用価値が無いと判断すれば一切の容赦なく弾圧するのは疑いありません。現にオルガンティノ殿。ノブナガ殿はアラキとやらが謀反した際に……」

「ええ」

オルガンティノがあの時を思い出したように顔面を蒼白にしながら頷いた。

「アラキの配下であり、この国のカトリック教徒の模範となるべきジュスト右近殿を翻意させなければ全ての宣教師を高槻城の前で(はりつけ)に処し、高山領のキリシタンを皆殺しにし、教会もことごとく焼き払うと脅迫したとです」

「……」

「あの時は我らが同士、今は蒲生家に仕える類まれなる勇者ジョバンニ・ロルテス殿の見事な働きにて万事上手く行きましたが……。ノブナガ殿はいざとなれば本気で実行していたのは疑いありません」

「そうですか……」

「そういう御仁なのです。所詮は信仰も己の理念たる天下布武の為の道具でしかない。そのような人物が真の信仰に目覚め、この国をキリスト教の王国として統べるなどあり得ないことでしょう」

「……ノブナガ殿以外にこの国を統治する可能性がある王に心当たりは?」

「残念ながら……」

フロイスとオルガンティノは沈鬱な表情で首を横に振った。

「もはやノブナガ殿の軍団に勝てる勢力は存在しないでしょう。ノブナガ殿以上に戦が強いと恐れられた甲斐の王、武田信玄もその宿敵であった越後の王である上杉謙信も既に死にました。それに彼らはホトケに身を捧げる愚かな異教徒に過ぎませんでした。今頃は地獄にいることでしょう。関東における最大の勢力である北条も従属しましたし、中国の毛利も羽柴殿の軍勢相手に苦戦しているようです。ノブナガ殿が本州を制するのは時間の問題でしょう」

「九州に兵を出すのは時間の問題ですね……」

「やはり九州のカトリックに改宗した王たちではノブナガ殿に対抗するのは難しいでしょうか?」

オルガンティノが聞いた。

「まず無理でしょう」

ヴァリニャーノは苦い顔で即答した。

「鉄砲の数、それにそれを用いる戦術という点では彼らは優れています。しかし国力、兵の数という点では話にならない。それに彼の地で最も強大なのは忌々しい薩摩の者共です。奴らはキリスト教カトリックの教えを全く解さず、愚かな迷信に囚われている。しかしながら奴らは異常なまでに勇猛で戦が滅法強い。奴らによって賢明で偉大なドン・フランシスコ大友宗麟殿は敗れてしまった。九州にキリスト教の王国を建設するというドン・フランシスコの理想は崩れてしまった……。ああ、宗麟殿。偉大なる王よ。デウスの祝福があらんことを。そしてデウスよ、薩摩の者共に裁きの雷を下したまえ!」

ヴァリニャーノが十字架を手にしながら祈ると、フロイスとオルガンティノもそれに倣って遥か遠くの九州の大友宗麟への祝福と薩摩の者共への裁きを心から願った。






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