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第37話  今楊貴妃

七つ松の死刑より三日後の十二月十六日。京都へと送られた村重の側室である「たし」他、荒木一族三十六名の刑が執行されることとなった。

彼女らは京の妙顕寺に押し込められていたが、化粧をして華やかな小袖で身を飾るように命じられ、大八車に乗せられた。

そしてその状態で京の町々を引き回されたのである。

噂を聞きつけてかの謀反人荒木村重の一族の末路を見届けようと集まった京の人々は、大八車に乗せられたひときわ美しい女性を見て思わず息をのんだ。

「あれが今楊貴妃………」

楊貴妃とはかつて西のローマ帝国に匹敵する世界帝国であった唐帝国を滅亡寸前にまで追いやることになったという伝説を持つ美女である。

キリスト紀元八世紀のシーナを支配した唐朝の皇帝、玄宗は若き日は覇気と才気に満ち溢れ、唐帝国を絶頂期へと導いたが、老年を迎えて次第に政治に倦むようになった。

そんな老いた絶対権力者の前に現れたのが楊貴妃こと楊玉環であった。

無類の美貌と豊満な肉体、そして類まれな歌舞の才を持つ楊貴妃を溺愛し、政務を一切顧みなくなった玄宗皇帝は遂に安史の乱と呼ばれる反乱を招くことになってしまったが故、楊貴妃は「傾国の美女」と呼ばれることになったのである。

かのカエサルやアントニウスといった英雄を魅了し、プトレマイオス朝エジプトの最後の女王となったクレオパトラ七世に匹敵する存在と言っていいだろう。

だがこの日、京の人々が目にした「たし」の姿は権力の絶頂を味わい贅沢を欲しいままにした驕慢な美女である楊貴妃やクレオパトラとは全く異種の存在に違いない。

豊満な肉体の持ち主であったという楊貴妃とは違い、たしは非常に華奢な体つきであった。

その顔貌は憂鬱気であったが、微塵も取り乱した様子は無く、口元は微かに微笑んでいるようにも見えた。

その美しさはあまりに高貴でありながら儚げでもあり、見守る人々には人間を超越した存在にすら思えた。

「まるで天女だ……」

そのような呟きがあちこちから洩れ、彼女のこの世の者とは思えない神聖な美しさに打たれて、拝む者すらいた。

刑の執行が行われる六条河原にてたしは大八車から降りると、しっかりとした足取りで敷物に向かって座った。そして毅然とした態度で帯を締め直し、髪を高く結い直した。そして小袖の襟を後ろへ引くと、首を差し出した。

そのあまりに迷いなく堂々とした態度に首きり役人は明らかにたじろいだようである。

しかしすぐに気を取り直して刃を振り下ろした。

超越的な美と汚れ無き高貴な魂を持つ天女でありながら誤ってこの汚穢(おわい)に満ちた地上に生まれ落ちてしまった彼女を、ただちに天上へと送り返すことこそが己の果たすべき使命であると悟ったかのようであった。

たしは享年二十一歳。

彼女が読んだ辞世の句は


「消ゆる身は 惜しむべきにも なきものを 母の思ひぞ 障り(さわり)とはなる」


「残しおく そのみどり子の 心こそ 思ひやられて 悲しかりけり」


木末(こずえ)より あだに散りにし 桜花 さかりもなくて 嵐こそ吹け」


「磨くべき 心の月の 曇らねば 光とともに 西へこそ行け」


そして残り三十五名も次々と首を斬られていった。たしの毅然とした最後を習うよう覚悟を決めたのだろう、誰一人として取り乱すことはなく従容として見事な最期を遂げて行った。


配下の者から七つ松と六条河原での処刑の模様を聞いた荒木村重は幼児のように泣きじゃくった。

その手には処刑される前に村重に送られたたしの詠んだ歌が握られている。


「霜がれに 残りて我は 八重むぐら 難波の浦の 底のみくずに」


これを受けて村重が詠んだ返歌は


「思ひきや あまのかけ橋 ふみならし 難波の花も 夢ならんとは」


であった。

(たし……)

絶世の美貌とそれ以上に美しく清らかな魂を持つ最愛の女性を花の盛りの若さで無惨に死なせてしまった己の愚かさに対する怒りと無念で村重は狂わんばかりであった。

脳髄は沸騰し、腸もずたずたに裂けるのではないかと思われる程の激情のまま村重は泣き叫んでいたが、流れ落ちる涙と共に心の一部が冴え冴えと冷めて来るのがはっきりと分かった。

(これで完全に武人として生きることへの未練が断ち切れた。最早守るべき者は一人も無く、誰からも必要とされなくなった儂は何者にも縛られることなく茶人として美と芸に浸りながら生きていくことが出来る……)

己のあまりの浅ましさ、非人間までの心の卑しさに絶望しながらも、あらゆるしがらみから解放されて真の意味で自由になった喜びの感情が湧いてくるのをどうにも止めることが出来なかった。

その後間もなくして村重は嫡男の村次と共に花隈城に移動。そこで追撃して来た織田軍の武将、池田恒興が率いる軍勢と戦うがその戦いぶりは全く精彩を欠いていた。

当然であろう。既に村重は武人であることを完全に辞めていたし、父に劣らぬ勇猛さを持つはずの村次も一族の処刑で心折れていたのである。

村重、村次の親子は花隈城を脱出すると、毛利家を頼って西国へと落ち延びて行った。



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