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第26話  援軍来たらず

荒木が城を 茶の子とおしゃる 赤飯茶の子で こわ茶の子


秋田城介が陣取る加茂砦への見事な手際の夜襲、絶倫なる荒木村重の武勇を讃え、京の都ではこのような今様が作られて京童の間で大流行しているという。

無論「荒木軍強し」の評判は京はおろか天下の隅々にまで鳴り響き、ノブナガが掲げる「天下布武」の独善、高慢に反感を抱いて織田家の支配に抗う各地の群雄達は大いに溜飲が下がり、改めて織田軍と戦い抜く覚悟を固めたことだろう。

武名を大いに上げ、得意満面であった有岡武士達であったが、そんな彼らの気勢は長くは続かず、やがて落ちるところまで落ちようとしていた。

期待していた毛利家と石山本願寺からの援軍が一向にやって来ないからである。

村重は今度こそ名ある将を討ち取って軍の士気を奮い立たせようと再び出撃したが、織田軍の警戒は厳重を極めていた為、最早付け入る隙は無かった。

「どうした、織田家の将兵はそろいもそろって腰抜けか」

「包囲するだけで攻めてこぬとは、何が天下布武か。笑わせるな」

「出てこい秋田城介。この間の雪辱を晴らそうとは思わぬのか。それでも織田家の嫡男か」

有岡武士達は声を()らしながらしきりに挑発を繰り返すが、織田軍の将兵は彫像と化したかのように不動であった。

そして有岡に伝わって来る風聞では、ノブナガはまるで荒木勢の謀反など最早忘れているかのように好きな鷹狩を楽しんでいるという。

「おのれ信長、小癪な真似を……」

村重は忌々しさで狂わんばかりの形相で罵った。無論、ノブナガの狙いは分かりすぎる程分かっている。

有岡の存在など歯牙にもかけぬ態でわざとらしく鷹狩を楽しむ姿を見せつけ、喧伝するのは荒木村重の謀反、夜襲の成功などでは最早織田家の覇業は微塵も揺るがぬのだと天下に思い知らせる為なのだろう。

それと同時に、

「お前たちの決死の謀反など、この信長はなんの痛痒も感じぬ。お前たちに勝機など万に一つもありはせぬのだ。最初から勝敗は決っしておる」

と有岡に籠城する者共に無言のうちに告げて絶望を与え、その心胆を押しつぶそうとしているのだろう。

そしてその効果は充分に表れてようとしていた。

再び逃亡者、行方不明者が続出するようになっていたのである。

忠誠心篤く、心胆も充分に練れているはずの重臣達も、

「毛利家の後詰はどうなっているのですか」

「毛利家などを当てにしたのは間違いでござった。お館様のとんだ見込み違いですぞ。どう責任を取るおつもりか」

と血相を変えて主君村重に詰め寄る始末であった。

(全く毛利家の援軍はどうなっているのか。問いただしたいのは儂の方じゃ。これでは話が違うではないか……)

籠城も半年を過ぎていよいよ食料不足が深刻化し、人並外れた大食漢でありながら食事を控えなければいけなくなってめっきりやつれた村重は今にも泣きそうな面持ちであった。

無論、毛利家にせよ本願寺にせよ、一丸となって織田家を討つという約束を違えるつもりも有岡を見捨てるつもりも毛頭無いはずである。

有岡城の支城である尼崎(あまがさき)城と花隈(はなくま)城は海に近接している為、海上からの兵糧補給は途切れがちではあるものの細々と続けられている。

毛利家も本願寺もそれぞれ織田軍団と対峙しながら可能な限り有岡を支援しているつもりなのだろう。

だが肝心の援兵が一向に姿を見せないのである。

「摂津守殿が織田家を見限って我らに御内応くだされば、必ず後詰致しまする。毛利家開祖元就(もとなり)の名に誓って固く約定致そう」

その言葉を信じて村重は謀反に踏み切ったのだ。

「毛利家は律儀にして信義を貫くが家風などとよくもぬけぬけとほざいたものじゃ。はなから儂らを弾除けの盾に、時間稼ぎの為の捨て駒にするつもりであったのだろう。恥知らずの犬共が」

実はこの時、毛利家傘下だったはずの宇喜多備前守直家うきたびぜんのかみなおいえが突如寝返り、中国方面軍司令官の羽柴筑前守に従うという変事が生じた。

宇喜多直家は暗殺と謀略によってのし上がった下剋上の梟雄にして凶猛極まりない危険人物として天下に悪名高い存在である。直家が毒や銃を用いて暗殺した多くの犠牲者の中には(しゅうと)や娘婿までもが含まれているというのだから、この乱世においても稀なる人倫を踏みにじる冷酷非道な男と言うしかない。                                  もしジョバンニ・ロルテスこと山科勝成が宇喜多直家の所業を知れば、「ジャッポーネにおけるヴァレンティーノ公チェーザレ・ボルジアの如き人物」と評したかも知れない。                                       毛利家にしてもこの男だけはいくら警戒しても足りない思いであっただろう。その上瀬戸内海にて毛利が誇る水軍が織田水軍に無残な大敗を喫っしてしまった。

そのような事情があるため毛利家も有岡に援兵を送りたくても送れない状況なのである。

そのような風聞は村重の耳にも入って来たが、それでもやはり

「毛利に裏切られた。我らは見捨てられたのじゃ」

という思いから逃れられなかった。そして遂には絶望という名の妖魔によって村重の、人並外れて巨大とノブナガからも賞されたはずの肝っ玉は残らずむさぼりつくされようとしていた。

村重は兵の逃亡を防ぐ為の努力、彼らへの叱咤激励を最早無意味と諦め、重臣たちとの事態を打開する為の軍議も怠るようになり、いつしか自室にひき籠るようになっていた。






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