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第19話  弓矢の道

勝成は緊張と高揚が完璧に調和した心地良い精神状態を味わっていた。

この戦闘に挑む為の最適の精神状態になれたのは十年以上前のマルタ島を包囲したオスマン帝国との戦い以来だろう。

その後は傭兵として様々な戦場を巡ったが、このような胸の高まりを覚えることはついぞ無かった。

(謀反人が率いる追い詰められ、既に半減した軍団。その数も勢いもあの時のオスマン帝国の軍団に比べれば遥かに劣るはずだが……。俺にははっきりと分かる。その兵の質、強さはオスマン帝国の兵を上回っていると)

荒木村重が籠る有岡城は総構えと称される構造で、周囲に堀と土塁を巡らし、さらに町屋敷や町屋を配置して重厚な防御陣を構えている。

さらに城の東側には猪名川(いながわ)という岩石が多く深い淵が幾所もある大きな河川が存在しており、この方面からの敵の侵攻を完全に阻んでいた。

さらに北、西、南の要所には砦が築かれているようである。

(その堅牢さはオスマン帝国の侵攻を防ぎ切ったマルタ島の聖ヨハネ騎士団が築いた防御陣にも引けを取らないだろう。そしてあの城を大改築したという荒木村重、やはりただ者ではあるまい。思っている以上に苦戦するやも知れんな)

「いよいよだな」

そう勝成に話しかけ、にやりと笑ったのは横内喜内であった。

紺糸縅(こんいとおどし)の四枚胴の甲冑を纏いその兜には印象的な勝ち虫、とんぼの前立てが飾られてある。

そして見た目も鮮やかで美しい大弓を手にしていた。

「鉄砲の威力は大いに認めるが、それがしが最も得意なのは弓なのだよ。まだまだ合戦では弓が役に立つことをお主にお見せしよう」

侍と騎士。共に封建制度が生んだ戦士階級だが、その最大の違いはまず弓矢という遠距離武器に対する考え方にあるだろう。

サムライは弓取り、弓矢の家などと称され、またその鍛錬を弓馬の道と呼ぶように、彼らの本来の表芸は騎射にこそある。

世界最高の刀剣であり、武士と言う身分の象徴である刀は戦場にあってはあくまで副次的な存在であるし、槍が主武器になったのは歴史的にはまだ浅い。

馬上での弓術こそがジャッポーネのサムライの象徴なのである。つまりサムライとは世界的には非常に稀少な重装弓騎兵と称すべき存在だと言って良いだろう。

現在でも特に上級武士で弓矢の稽古を怠る者はいない。それは己の領地である日野を鉄砲の一大生産地とし、鉄砲を主力に変えて行きたいと目論む蒲生賦秀も例外ではない。

「弓矢の鍛錬こそ武士の精神と肉体を造るものだ」

作法にのっとって巻藁を射ながら、勝成の主君はそう語ったものだった。

それに対し、西欧の騎士は弓矢という武器を非常に軽視し蔑み、戦場でこれを用いることを徹底的に忌避した。

騎士は馬上での白兵戦こそが戦場の華であり、弓矢あるいはクロスボウなどの飛び道具は脇役である身分卑しい農民が使う物だという考えが支配的であった。

それは何故か。西欧の騎士が好んで纏った全身金属鎧であるフルプレートアーマーではその構造上、弓矢が引きにくかったというのも大きいであろう。

だが最大の理由は、騎士同士の戦いでは相手を殺さないことが不文律だったからである。

騎士はサムライとは違って敵につかまって捕虜となることや降伏することを恥じだとは全く考えなかった。敵から逃げずに戦うことが騎士の最大の名誉であり、その結果捕虜になっても身代金を払って生還することこそが高貴で富を有する騎士の特権であると考えたのである。

その考えの背景には自殺を禁じるキリスト教の信仰があるのは明白だろう。戦う力を無くした状態で降伏しないのは自殺も同然だからである。

しかし弓矢やクロスボウなどの飛び道具では手加減というものが出来るはずも無く、命中すれば高貴な騎士も身代金を払う富を有さない貧しい農民も等しく死に追いやってしまう。

だから騎士同士の間では弓を使うことが禁忌とされ、人質にする価値が無い農民兵は飛び道具を使って勝手に死んでいけばよいという考えが支配的になったのだろう。

もっともその後異教徒イスラームとの戦いが激化して行ったため、敵を殺さず人質にするなどという悠長なことは言っておられなくなり、また銃火器が著しく発達していった。その為、ついに西洋の騎士は最後まで弓矢という武器とは無縁の存在となったのである。

「そんな大きな弓を引くのは大変だろう」

そう言いながら、勝成は喜内の体を見た。彼の両腕は左右で長さが違っている。

(成程、こんな己の身長を超えるような巨大な弓を引くためにはこのような左右非対称の体になるまで尋常ならざる鍛錬をしなくてはならないのだろうな)

「鉄砲ならそこまで鍛錬せずとも使えるし、威力だって遥かに上なのにな」

勝成はあえてはっきりと言った。横内喜内とは思ったことを遠慮することなく言えるだけの信頼関係を築けているという確信があったからである。

「弓矢などは非効率だし、もはや過去の遺物なのではないのか?」

「威力と言う点では鉄砲が上なのは認める。それに訓練をそれ程必要とせず、効率が良いのもな」

喜内は気を悪くした風は無い。だが傲然と応じた。

「しかし、鉄砲には欠点があるだろう。撃つまでに時間がかかりすぎるし、雨が降れば使い物にならなくなる。違うか?」

「それはまあ、そうだな」

「それに比べて、弓矢は天候に左右されることが無い。それに俺なら一呼吸で三人まで射倒すことが出来る」

そう言いながら喜内は立て続けに弓に矢をつがえず弦だけを引いた。ビュンという凄まじい音が勝成の鼓膜に鳴り響いた。

「それに結局のところ、鉄砲では誰が敵を倒したか、判然としないからな。だが弓矢なら、この矢柄に記した名によってこの敵を仕留めたのは他ならぬ横内喜内であるとはっきり証明できるだろう」

蒲生家の上級武士達が鉄砲の威力と有効性を認めながらも頑なまでに己自身では用いようとしないのは、こういう理由なのだろう。

鉄砲では己の武勇、武功を誇示できないからである。

(この喜内も他の蒲生家のサムライもよい男達であるが、この異常なまでの自己顕示欲の強さは困ったものだな)

勝成は思わず肩をすくめた。






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