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第17話  古田左介

「そうか。ノブナガ殿は宣教師や信者たちへの迫害は取り止めたか。それのみならず、ジュスト殿の出家と領地返上を断り、むしろ加増を約束したと……」

蒲生家の陣中にいた勝成とオルガンティノは報告を聞き、ほっと胸をなでおろした。

そして有岡城の荒木村重の元に行ったダリオ友照は将兵達から歓迎されているようであり、人質である彼の娘と孫も今の所は無事であるらしい。

「ロルテス、いや山科勝成殿。全て貴方のおかげです。貴方の状況を打開するための見事な機知、そしてジュスト殿とダリオ殿にその策を受け入れされた弁舌と人間的魅力。素晴らしいというしかありません。やはり貴方はデウスの加護を受けた偉大なる戦士です」

オルガンティノは勝成の前で跪き、心からの感謝と敬意を捧げた。

勝成はオルガンティノの手を取って助け起こし、その潮焼けした端正な顔に太陽のように爽やかな笑みを浮かべた。

「なに、俺のしたこと等大したことは無いさ。全てはデウスの信仰を見事に貫くあの親子の清廉で己を顧みない精神にある」

そう言って勝成は笑顔を引き締めて真剣な表情になった。

「それにしても不思議な御方だな、ノブナガ殿は。刃向かえば宣教師や信者を皆殺しにする云々はただの脅しに過ぎなかったとジュスト殿に言ったそうだが、本当にそうなのか?俺は本当にやる気だったのではないかと言う気がするのだが」

「ええ。私もそう思います。もしジュスト殿がアラキ殿に従っていたら、ノブナガ殿は実際に宣教師と高槻の信者の皆殺しにして磔にしてさらし、教会もことごとく破壊していたでしょう」

オルガンティノが肉付きのよい顔を蒼白に染めながら微かに震える声で言った。

「だがジュスト殿の高潔にして無欲な態度に感動して弾圧はあっさりと撤回し、なおかつジュスト殿の領地を加増することさえ約束したと。うーむ」

極端なまでの苛烈さと寛容さを兼ね備えた非常に不可解な人物。それが織田信長であるらしい。

(だが、人間の行動には必ず癖と言うか、法則があるものだ。ノブナガ殿がどのような場合に苛烈さか寛容さのどちらが発揮されるのか。それを見極めねばな)

いずれにしても主君の義父であり、この国の戦乱を平らげて全てのサムライを支配せんとする覇王に直接見える日はそう遠くないはずである。

勝成の胸中は期待と緊張に満たされた。


一滴の血を流すこともなく高槻城を降伏させ、高山右近に忠誠を誓わせることに成功したノブナガは、村重の残る片翼である中川清秀も同様に降らせることが出来ないかと思案した。

己の直臣に清秀の妹を(めと)っている古田左介重然(しげなり)がいたことを思い出したノブナガはすぐに彼を呼び、調略は可能であるかと問うた。

「義兄上は合戦場では勇猛果敢で引くことを知らぬ類まれな猛者でござるが……。いささか物欲旺盛なところが玉に瑕でござる」

後に茶人として天下一を(うた)われることになる古田重然(ふるたしげなり)は苦笑を浮かべながらも遠慮なく義兄の人柄を評した。

吝嗇(りんしょく)な荒木摂津守の元でかなり不満を抱いていたようでござった。殿が気前の良い所をお見せになれば、こちらの側に付くことは充分あり得るでしょう」

左介のけしかけるような言葉を聞いたノブナガは少し思案した後、決然として言った。

「よかろう。清秀には摂津十二万石をくれてやる。さらに我が娘を奴の嫡男に嫁がせることを約束しよう。左介、この条件で清秀を説き伏せて参れ」

「承知しました。それ程の破格の好条件であれば、義兄上は必ず荒木を見限り殿に臣従いたしましょう」

古田左介は勇躍して茨木城にて織田軍を待ち構える義兄の元へ向かった。

殺気立った表情を浮かべ、義弟と言えど場合によっては容赦はせぬぞと言わんばかりの態度であった中川清秀であったが、左介からノブナガが提示した条件を聞いてその表情は一変した。

「何と、それがしに摂津十二万石を(たまわ)るというのか。それだけではなく、我が嫡男に姫君を嫁がせてくれると……。信長殿はそれがしをそこまで評価してくださっていたのか」

その骨ばった痩せた顔に感動を露わにする義兄を古田左介は射る様な眼光を放ちながら見つめている。

めっぽう勘が鋭く特に人の心理を読むことに長けた左介は義兄の心中が手に取るように分かった。

清秀は軍略家として高山右近が降伏した時点で最早荒木側に勝機が去っていることを理解していたに違いない。

だが猛将の名に懸けて、また村重とは血縁であり、なおかつ彼に謀反をけしかけた身としては易々と降伏するわけにはいくまいと悩んでいたのだろう。

人を人とも思わぬような粗暴な振る舞いも多いが、意外と世評や他人の眼を気にする男なのである。

だが信長が提示した破格の条件によって物欲が多いに刺激されたことはもちろんだが、それ以上に

「士は己を知る者の為に死すという。信長様は非才の身に過ぎないそれがし如きをここまで評価し、惜しんでくれたが故にこれ程までの条件を提示してくださったのだ。これに応えずして何が武士か。我が真に仕えるべきは村重にあらず。信長様である」

と世間の者共に対して降伏を正当化出来ることを大いに喜んでいるに違いないのだ。

清秀はいかにも苦悩の末、ようやく決心したというような表情を浮かべた。なかなか凝った演技をするではないか、と左介は皮肉ではなく率直に感心した。

「左介殿、承知した。潔く開城致そう。そしてこの中川清秀、これからは信長様の為に身命を賭して奉公(つかまつ)る所存にござる」

「良く仰られました。義兄上程の武人が謀反人如きに与するなどあってはならぬ事でござる。その類まれなる武勇は、真の英主の元でこそ振るっていただかねば」

そう言って左介は朗らかに笑った。

(確かに武人としては一級品であり、世渡りも上手のように思えるが……。意外と長生き出来ぬのではないかな、この御仁は)

左介は思った。清秀の傑出した武勇、兵を巧みに進退させる能力はこれから先どこへ行っても重宝されるに違いない。

だがこの人柄の軽薄さ、心術の暗さでは主君から真の信頼を得られるはずも無く、結局はいいように使い捨てにされ、見殺しにされるのではないか。

左介は確信に近い予感を抱いたが、別に悲しいとも惜しいとも思わなかった。





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