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第14話  ジュスト右近

「まあ、貴方の不安と恐れは分からんでもない。だが今それを考えても仕方がないだろう」

勝成はあえて陽気に言った。

「やって来ないかも知れない将来のことについてあれこれ悩むより、まずは目の前の問題を解決することに全力を尽くすべきではないか?」

故郷イタリアの陽光を思わせる爽やかさとサムライとしての厳格さが渾然一体となった勝成の態度に、オルガンティノは笑顔で応じた。

「貴方の言う通りですね。今は眼の前の問題に、デウスが与えたこの試練を乗り越えることに全てを尽くしましょう」

二人は改めて覚悟を決め、歩みを速めた。そして数日後高槻に到着した。

「あれが高槻城か……」

高槻城は水を満たした二重の濠に囲まれている為、城が水の中に築かれたように見える。

ジャッポーネとヨーロッパの城の違いは色々あるが、最大の違いは城壁の有無にあると言えるだろう。

ジャッポーネは城にのみ城壁が築かれ、ヨーロッパは城だけではなく町全体が高い城壁で囲い込まれた城砦都市となっている。

ジャッポーネは堀で、ヨーロッパは高い城壁で敵の侵入を防ぐという考え方だが、この違いはジャッポーネは地震が頻繁に起こる国だからだろう。

そしてその防衛思想の最大の違いは、ジャッポーネの城はあくまでサムライを守る為のものであって民を守る為の物ではないということにある。

高い城壁で城も兵士も民衆もまとめて守るヨーロッパの城が当然だと思っていた勝成は衝撃を受けたものであった。

(サムライには戦の際、民衆を守るという考えはないのか?何と酷薄な……)

しかしそれはすぐに間違いだと気づいた。ヨーロッパとジャッポーネではその戦争の歴史、戦って来た敵の種類がまるで違うのである。

ヨーロッパの戦は基本的に異民族の襲来を想定している。だから必ず民衆を守らねばならない。

何故なら異民族を相手に戦に敗れたら必ずと言って良い程凄まじい大虐殺が行われ、女子供は奴隷として売り飛ばされ、財産の全てを略奪されるという無惨な結果が待っているからである。

一方のジャッポーネは周囲を海に囲まれた島国故、異民族を恐れる必要は無い。かつて一度はユーラシア大陸のほとんどを征服した恐るべきモンゴルの襲来を受けたが、それはあくまで例外に過ぎなかった。

ジャッポーネは同民族同士の内戦の歴史なのである。

戦とはあくまで戦士階級であるサムライ同士が行うものであり、非武装の民衆が巻き込まれることはほとんどない。

勝者は新たな統治者として民衆の信望を得ねばならないから、度を過ぎた虐殺や略奪を行うことは当然出来ないのである。

そのことを民衆はよく分かっているから、時には城の外で行われているサムライ同士の戦を弁当を食べながら高みの見物を決め込む者すらいるという。

「何者だ!」

鋭い誰何の声が鳴り響いた。狭間(さま)と呼ばれる無数の穴から鉄砲と弓で狙いをつけられているのがはっきりと分かる。

殺気だったサムライの声と弓鉄砲の存在にオルガンティノは怖気を振るったようだが、意志を奮い起こして声を上げた。

「私は宣教師のオルガンティノと申します。そしてこちらは私の護衛、キリストの騎士であり蒲生家のサムライである山科勝成殿。ジュスト殿、高山右近殿との面会を要求いたします」

「これは、伴天連(パーデレ)のオルガンティノ様ですか。御無礼いたしました」

その武士はジュスト右近の影響でキリスト教を篤く信仰しているのだろう、その声には明らかに敬意と恐縮の念がこもっていた。

「弓鉄砲を下ろせ!伴天連(パーデレ)殿に非礼をいたすな!」

それまで緊張で張り詰めていた空気が一気に霧消した。

(成程。思っていた以上にカトリックの教え、ジュスト殿の信仰心はこの高槻城に浸透しているらしい)

織田軍の襲来に備えて極限まで緊張し、殺気立っていたはずの高槻のサムライ共が揃って武器を下ろし、突然の来訪者、キリストの教えを奉ずるヨーロッパ人二人に敬意を示すのを見て勝成はしみじみと思った。

(同時にこのサムライ達は極限まで鍛えられて、士気も極めて高い。そして主君と信仰を守る為ならば死を恐れず戦い抜くだろう)

勝成はオスマン帝国と熾烈な戦いを繰り広げた聖ヨハネ騎士団の栄光と誉に満ちた日々を思い返さずにはいられなかった。

「どうぞ、お入りください」

「まずはウコン殿に許可を得なくてよろしいのですか?」

走り寄って来て出迎えたサムライにオルガンティノは尋ねた。

「許可を求めるまでもありません。我らが主君がオルガンティノ様との面会を拒むはずがありませんから」

その髭面のいかつい武士はうやうやしく答えた。

勝成とオルガンティノは天守と呼ばれる城の象徴的な建物にあるジュストの部屋に案内された。

「これはオルガンティノ様。この様な時に、何故ここに……」

甲冑を纏い、紅に金の縫い取りの入った陣羽織を着こんだジュスト右近が驚愕の表情を浮かべながら呆然と言った。

「おお、これは」

ジュスト右近の部屋を眺めながら勝成は思わず感嘆の声を漏らした。

右近の部屋の壁には聖十字が入った旗がうやうやしく掲げられていたのである。

さらに鎧かけに置かれた兜の前立ても十字架の形を成していた。

この日本古来のカミとインド伝来のホトケの教えが支配するジャッポーネの大地で心からキリストの教えを奉じて戦に臨む史上最初の聖なるサムライ。それこそがこのジュスト右近に相違なかった。

オルガンティノはデウスの名を唱え十字を切って祈りを捧げると、意を決してジュスト右近に自分たちがノブナガの依頼でここに来たことを告げた。

「ノブナガ殿はジュスト殿の清廉な気性と武将としての卓越した力量を絶賛しておられました。そして何としてもアラキ殿に与するのは思いとどまって欲しい。望むがままの領土と金子は与えようと」

「有難い仰せです。この非才の身にそれ程の評価を与えて下さるとは」

ジュストは感激の表情を浮かべてた。当代随一の覇者であり英雄である織田信長に敵とすることを恐れられ、わざわざ宣教師を派遣して説得させる程心を砕かせたのである。乱世に生きる武人としてこれ程誇らしいことは無いだろう。

だがジュスト右近は一片の迷いの無い表情で答えた。

「ですが私は既に荒木摂津守殿に御助力することを固く約束致しました。武士の名誉にかけて、またデウスに身を捧げる者として約束を違えることは断じて許されません」

ジュスト右近には望むがままの領土と金子というノブナガからの見返りに一瞬たりとも心を動かした様子は無い。むしろそのような物質的な欲得、利益などは心から汚らわしいとすら思っているようであった。

その清廉さ、覚悟には感動を禁じえない。特権を得て腐敗堕落した本場ヨーロッパの聖職者もこのジュスト右近を見習うがよいとすら思うが、それでもオルガンティノは彼を翻意させねばならなかった。

「ジュスト殿なら必ずそうおっしゃるだろうと思っていました。宣教師として貴方のその覚悟、精神を大いに賞賛し、祝福したいと思います。ですが、今この時だけはその心を曲げていただきたい。この高槻の全ての信者、そして宣教師の命がかかっているのです」

オルガンティノはノブナガが言い放った恐るべき報復のことをジュスト右近に語った。

「何と……」

それまで花崗岩の塔のように不動だったジュスト右近が顔面を蒼白にしながらよろめいた。

「宣教師の方々を(ことごと)(はりつけ)にし、我が領内の信徒を皆殺しにし、教会を焼き払う。信長殿はそうおっしゃられたのですか」

そう呟き、ジュスト右近は身をよじらせながら苦悶した。

「……」

勝成とオルガンティノは言葉も無く、ただ痛ましげに聖なるサムライを見守るしかなかった。

「……この国に真なる神の威光を輝かす為、宣教師様たちと信者の命は何としても守らねばなりませぬ」

ジュスト右近は苦悩の末、決然として言った。

「それに比べれば、我が矜持、武人としての誇りなど塵芥にも等しき物にございましょう」

「おお、それでは……」

オルガンティノが喜色を露わにしたその時、一人の老武士が猛々しい足取りで現れ、胴間声を上げた。

「いかん、それは断じて許さぬぞ右近。それでは我らが武士道が立たぬ」




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