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第12話  オルガンティノから見たノブナガ 1

それから直ぐに勝成とオルガンティノは日野城を出立し、高山右近が籠る高槻城を目指した。

オルガンティノは馬に乗れないので徒歩である。

勝成もオルガンティノに合わせ、見事な鹿毛の愛馬を引きながら歩いた。その鞍に日野鉄砲と槍を掛けてある。

勝成は己同様、燃えるような赤毛の我が愛馬に「飛焔(ひえん)」と名付けた。その名の通り炎のように気性が荒かったため、勝成はこの馬を馴らすのに相当手こずったものである。

ちなみにジャポネーゼは馬に去勢を施さないおそらく世界唯一の民族だろう。

大陸の遊牧民と接触しなかった歴史の故だが、気性の荒い悍馬を乗りこなせてこそ一人前、というサムライ共の独特の美意識が確固として出来上がっていたのである。

聖ヨハネ騎士団時代、そしてその後の傭兵に身を落としていた時も去勢した大人しい馬に慣れていた為、勝成はこの飛焔を乗りこなすまで幾度も死の危険を感じる程であった。

しかし蒲生家のサムライ共に何としても認められる為に勝成は決死の覚悟で飛焔に挑み、遂に主従としての堅い絆を結ぶことに成功した。

「ウコン殿とはどのような人物であるか、もう少し詳しく教えてくれないか」

勝成はオルガンティノに問うた。

「勇猛果敢なサムライであり、極めて明晰な知性と天賦の才を持つ人物です。この国におけるカトリック教徒の柱となるべくデウスに選ばれたことは疑いありません」

右近が洗礼を受けたのは十歳の時であるらしい。父の友照が日本人のイエズス会士修道士であるロレンソ了斎が見事な論旨で仏僧達をことごとく論破したことに感銘を受け、即座に洗礼を受けた。そしてダリオの名を授かった友照は家族と家臣にも洗礼を勧めたのである。

「ジュスト殿と御父君であるダリオ殿は領土である高槻にキリストの教えに基づいた素晴らしい政を為されております。学校や孤児院を造り、貧しき人が亡くなられたおりには農村に巨大な十字架を築き、自らが棺を担いで集団洗礼を実行されました」

「ほう、それは素晴らしい」

「ええ、まことに。ホトケに仕える僧やカミに仕える神官たちにも改宗を迫らず、彼らの自由を認めています。そんな寛容なジュスト殿の姿勢に打たれたのか、既に領民の半分近くがカトリックの信者となりました。そして放置される形となった汚らわしい悪魔の住処である神社仏閣を破壊して次々と教会や十字架を築いておられる。まさにキリストの戦士の鑑と賞すべきでしょう」

「……」

「適合主義」を取るオルガンティノであるが、それでもやはりイエズス会士としてジャッポーネに息づく異教の神々の教えは根絶すべきであるという考えであるらしい。

(教会を築くことは素晴らしいに決まっているが、伝統ある神社や仏閣を破壊するのは勿体ない気がするな)

勝成はなんとなくそう思った。ジャッポーネに来たばかりの頃は邪悪で汚らわしいと感じた神社仏閣であるが、蒲生家のサムライ共と過ごす内に、彼らの心の拠り所であるそれらの場所に何とも言えない清浄さと神秘的な息吹を感じるようになっていたからである。

(そう考えるようになってしまった俺はキリストの戦士としては失格かな?)

「貴方も一年間蒲生家に仕えてお分かりになった事でしょう。サムライというのは病的なまで自尊心が高い戦士です」

「うむ。そうだな」

勝成は頷いた。ヨーロッパの騎士とジャッポーネのサムライは共に中世の封権制度が生んだ戦士階級であるが、その価値観、精神構造はあまりに違っている。

西洋の騎士の精神は結局のところキリストへの信仰と主君との契約を遵守することに集約されると言って良いだろう。

しかしこの麻の如く乱れた戦国乱世に生きるサムライは信仰や忠義と言ったものに縛られない。徹底した個人主義であるように勝成は思える。

サムライは己の武勇の誉を輝かすことこそが全てであり、その場が与えられないと見ると容赦なく主家を見限り、去って行く。カミやホトケへの信仰も所詮は戦場で臆することなく戦う為の心の支えにしか過ぎない。

(己の美意識に殉じる。それこそがサムライの精神なのだ)

勝成はそう解釈している。何とも荒々しく、野蛮で利己的ですらある。しかしそこには偽善や虚飾は微塵も無い。

戦士としての始源の荒ぶる精神が煌々と輝いている。それを思えば、勝成は血が滾ることを抑えることができない。

「ジュスト殿はキリスト教徒としての高潔さとサムライとしての病的な自尊心を併せ持つ方なのです。蒲生殿がおっしゃられたように、領土や金に目がくらんだ、人質の命を惜しんだと他のサムライ達に非難されることを何よりも恐れるでしょう」

「どうやって説得するのだ?」

「ともかく、誠心誠意訴えるしかないでしょうね」

そう言ってオルガンティノは深々とため息をついた。

「問題は説得に失敗した際のノブナガ殿のお怒りです」

オルガンティノの顔が再び蒼白に染まり、汗が噴き出した。

「ノブナガ殿は恐ろしい顔で仰られました。ジュスト殿が直ちに開城せねば、全ての宣教師を高槻城の前で(はりつけ)に処す。そして高山領のキリシタンを皆殺しにし、教会もことごとく焼き払うと」

「何と……!」

勝成は言葉を失った。

「ノブナガ殿は貴方達宣教師にすこぶる好意的で、カトリックを保護してくれているのではなかったのか?」

「ええ、確かに。ノブナガ殿はこれまで我ら宣教師にただならぬ好意と友愛を示してくれました。私共が彼の宮廷に招かれた時、何と自ら茶菓を運んで下さり、非常に心のこもったもてなしをしてくださりました。そして仰ってくださったのです。「危険を顧みず伝道の為に万里波濤を超えてこの国にやって来て、教えに忠実に従って清貧の生活を貫く貴殿らを心から尊敬している」と。それは社交辞令などではなく、真実ノブナガ殿の本音だったと私は信じています」

「……」

「ですがそれはあくまで私人としての感情。君主として、司令官としては別だと厳しく峻別なさっているのでしょう。ノブナガ殿とはそういう御方です」

「ふむ……」

「特に戦となるとあの御方はどこまでも厳格で、容赦がありません。勝成殿も聞いているでしょう。ノブナガ殿がこの国におけるホトケの教えの総本山とも言うべき比叡山の延暦寺に徹底的な報復を行ったと」

比叡山を境内とする延暦寺はホトケの一派、天台宗を信仰する者達にとっての最大の聖地である。

彼らはジャッポネーゼ達の信仰を元に絶大な権威を得たが、さらに強大な武力をも保持するようになった。

僧兵と呼ばれる武装した僧侶が現れたのである。

彼らの力は年月を経るごとに強大となり、当時は圧倒的な権力と権威を誇ってジャッポーネに君臨していた天皇、すなわちインぺラートルですら制御出来ない程の存在へとなっていた。

比叡山は独立国同然の存在と化し、力を失ったインペラートルに代わって勃興したサムライの棟梁、ショーグンの武威をも脅かし続けた。

そのような存在をノブナガが容認するはずが無い。ノブナガが旗印として掲げるのは「天下布武」の理念である。

つまり武の徳によって乱世を鎮め、この国に泰平をもたらすというのがノブナガの理想であった。

そのノブナガからすれば、殺生を最大の禁忌とするはずの僧が武力を持ち、武家や天皇すらも威圧するなど言語道断の仕儀と言うしかない。

武を振るうのはサムライにのみ許されることであり、僧はただ学問に励み、この国の泰平を祈ることに専念すべきである。

ノブナガは彼らにそう勧告し武装を解除しようと試みるが、延暦寺の僧たちはそんな彼を嘲笑うかのように、当時のノブナガの敵であった浅井家、朝倉家を匿うなどして明確に敵対行為を取ったのである。

延暦寺の増長ぶりに遂にノブナガは怒りを爆発させて延暦寺を取り囲んで火を放ち、刃向かう僧兵達をことごとく斬り捨てさせたのだった。









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