Maximum of the streets / page4
ロジャー・リーマン慌ててアンソニー・ウルフにプッシュをしかける。だがデモンズストームの異名は伊達ではなく、おいそれとは抜かしてくれない。
焦りが募る。まさか、スタート直後にちょっかいをだしてこかしたやつが追い上げているなど。
「パパ、ハヤトさんすごいわね」
クリスタルが驚きの声を上げる。周回数が進むにつれ上がってゆく隼人の順位に、彼女も「まさか」と驚きを禁じえない。
「ほんとにはじめてこのレースに出るの? 信じられない!」
アンディ・ローソンは、愛娘とはいえクルーが他チームのライダーを気にかけていることに苦笑いする思いで、「そうだな」と頷いた。
がやはり内心は「なんて日本人だ」と舌を巻いている。
レースは周回数を重ね、中盤にさしかかり終盤に向かおうとしていた。
アンソニー・ウルフとロジャー・リーマンのトップ争いのバトルいまだ決着はつかず、後ろでは隼人が猛烈に追い上げてきている。
アンソニー・ウルフとてこのレースに全力を傾けている。たとえ隼人と仲良くなったからとて、待ってあげるなんて野暮なまねはしないし、それは相手への侮辱にもなってしまうから、ペースを落さない。
さすが老練といおうか、アンソニー・ウルフのマシンコントロールはデモンズストームの烈しい走りにもかかわらず、一糸乱れることがない。
またGSX-R1000も訓練されたドーベルマンのように、乗り手に従順に走っている。
対するロジャー・リーマンは豪快といおうか、獣を腕力でねじ伏せる荒削りな走りであったが。センスや反射神経には恵まれているのだろう、暴れるマシンは地を蹴りながらも前を追撃することやまなかった。
(思った以上にしぶとい)
執拗に食らいつくロジャー・リーマンに、アンソニー・ウルフは内心舌を巻いているものの、そこはベテラン、だからこそ落ち着いての冷静さを心がける。が、それでもライダーとしてのDNAがさせるのか、その走りはやはり嵐のように烈しい。
アンソニー・ウルフは冷静と情熱、相反するふたつを持ち合わせたライダーであった。
最終コーナーを立ち上がり、フルスロットルオープン。風の抵抗を避けて目いっぱい伏せて、GSX-R1000は烈しく叫んでストレートを駆け抜け、六速トップエンドに達すると、右直角の第一コーナーが迫り上体を起こしブレーキング、シフトダウン。
今までのぶり返しと強い圧力を胸や腹に感じながら、素早くマシンをバンクさせてコーナーに突っ込み、コーナー一番奥のクリッピングポイント、電柱をかすめるように駆け抜け第二コーナー右高速、立ち上がりながらの加速に、マシンは叫んで暴れライダーを振り落とそうとするのをコントロールし、ドリフトしながら立ち上がり、続く第三コーナー左直角。それを抜けて、町の教会の脇を駆け抜ける第四コーナー、通称チャペル。
教会から子供たちがレーサーに声援を送っているのが見えた。
それを抜けて、カフェkiwiの前まで来れば、カースティがやや興奮気味にレースを見守っているのが見えた。
アンソニー・ウルフの後ろには、もちろんロジャー・リーマン。彼とて黙ってくっついているわけではない。虎視眈々と、トップを奪う機会をうかがっている。
そのころ隼人は、無我夢中で駆けた、突っ走っていた。
吹き飛ぶ景色の中、ようやく見つけられるかと思っていた道が遠ざかっていっているようで、ひたすたアクセルを開けた。
見開かれた目は前のみを凝視し、頭の中は空っぽ。ただ本能の走りだけがあった。それはまるで、トンネルの中を駆け抜けているかのような……。
そんな中で、ちらちらと脳裏に見えるもの。
「オレはよ、レーサーになりてえんだ。レーサーになってmotoGPに出るのが夢なんだ」
死んだ仲間が語っていた夢。
そいつは喧嘩こそ弱かったが、そんな夢を持っていただけに抜群に速く走れた。それが、あんなにあっけなく死んでしまった。
そしてそいつは、レーサーではなく、暴走族として、自業自得と死後も責め続けられていた。社会は厳しい、暴走族で死んでも、泣く人よりも責める人の方が多い。
そのころの隼人は、仲間想いではあったがレースには興味がなかった。好きなようにバイクで走れればそれでよかったし。男は喧嘩と、ツッパってもいた。抗争も、そんな武闘派が引き起こした他チームとのトラブルから発展したものだった。
(あいつが死んだのは、オレのせいなのか?)
抗争さえなければ、あいつは死なずに夢を追いかけられたろうに。腕っぷしを誇示したいがためにわざわざ他チームとの抗争を引き起こして。
それで、何が得られた? むしろ失うものばかりじゃないか。それは時が経っても、隼人についてまわった。そればかりか、周囲の人たちにも悪い影響を与えていた。日本の監督やチームクルーは、隼人のためにどれほど悩んだことだろう。その人たちは、抗争とは何の関係もないというのに。
「あいつの夢。……夢ってなんだろう?」
夢など持たず刹那的に生きた隼人にとって、夢というものは煙のような漠然としたものだったが。仲間の語っていたことを思い起こすたび、夢というものを意識し、いつしかそれが自分の夢になっていた。またそれが、仲間への償いになると思ったからだった。
仲間の夢を笑って馬鹿にしたこともあったが、馬鹿にされるべきは実は自分の方だった。今ここに来てしみじみ、痛感していた。
「オレは、オレは走っているぜッ!」
レーサーとして。
その怒涛の走り、周回数を重ねて、気がつけばトップ10圏内に迫ろうかという勢いだった。
そのとき、トップ争いでも異変があった。ロジャー・リーマンの執拗な走り、ついにアンソニー・ウルフをパス。
チャペルを抜けて右直角の第五コーナー、隙のないその走りをこじあけるように、ロジャー・リーマンはブレーキングをギリギリまで遅らせて強引に横に並んだ。インではなく、アウト側に並んでアンソニー・ウルフにかぶせるように。
(なんて野郎だ)
アンソニー・ウルフは危機を回避するために、やむなく前を譲らざるを得なかった。その強引なレイトブレーキングからのコーナー突っ込み。転倒するかもしれない。しかし、ロジャー・リーマンは腕力に物を言わせマシンをねじ伏せ、ふくらみながらも強引にコーナーをまわってゆく。
そして次は左の直角第六コーナー、危機回避のため後れを取りながら譲らずと粘るも、ここでインになり、ついにその背中の、マシンガンをかかえた鮫のイラストを拝まされることとなった。ここは、カフェkiwiのところだ。
「OH SHIT!」
敬愛するデモンズストームが抜かれ、カースティは悔しく叫ぶ。
「ついにロジャー・リーマンがデモンズストームを抜き去った! さあこのまま逃げ切るのか」
というアナウンスが流れ、アンディとクリスタルのローソン親子は驚き顔を見合わせ。マシンガンジョーズの子分たちは、「Yeah!」と歓声をあげた。
それから二台のGSX-R100はメインストレートを駆け抜けてゆく。観客たちはトップ争いがますます面白くなったと、興奮うなぎのぼりにあがりまくる。
そのあとで、さらに歓声がひときわ高くなった。
ゼッケン10のYZF-R1。メインストレートで一台抜き去り、また順位をひとつあげた。
「転倒から復帰の、ゼッケン10ハヤト・ソゴウ。なんと六位にまで順位を上げてきたぞ! 凄いペースだ。ひょっとしたら、トップ争いにも追いつくのか!」
「うぉー!」
ジャクソン監督とクルーたち、野生にかえったかのような吼えっぷりだ。
「あっはははは! ハヤトの野郎、まさかここまでやるたあ思ってもいなかったぜ!」
「でも監督、もう十分に順位も上げてきてるからここでペースを落ち着けて、完走狙いにいかせないと、もし何かあったらおしまいですよ。タイヤだってもうボロボロでしょうし」
ジェフがそう言う。それも一理あることだが、ジャクソン監督は「NO」と言った。
「こうなりゃ、いけるところまでいかせてやれ! 責任はオレが取る」
「そ、そんな無茶な」
「まあいいからいかせてやれ!」
ジェフの当惑をよそに、監督も観客たちも隼人の怒涛の走りにトップ争い以上に興奮していた。
「Gogo Hayato Sogo!」
という声もあちらこちらで聞かれた。そのゼッケン10のYZF-R1がチャペルに差し掛かれば、教会の子供たちも大声上げて、
「Go Hayato Sogo!」
とまくしたてるのだが。子供は鋭いというか、あらぬ閃きをおぼえるもので。
「ソゴウ、ソゴウ……」
「So go!(そうだ、行け!)だ。あのYZFの人は、そうだ、行け!(So go)だ!」
と気付くと、皆一斉に、
「So go!」
と歓声をあげて。十河という苗字が、「So go!」と、隼人のあだ名にかわっていた。それを聞きつけた人々は、トップ争いよりも隼人の追い上げが興奮させられて。いつしか、コース中、町中、
「So go!」
という歓声が、ゼッケン10のYZF-R1が駆け抜けるたびに叫ばれていた。
もちろんカースティも、同じように「So go!」と叫んでいた。
レースは終盤にさしかかり、ロジャー・リーマンは優勝目指してひた走る。だがアンソニー・ウルフも負けてはいない。再度トップに立つべく、ぴったりとくっついてまわるトップ争いの中で、町の雰囲気が変わっていることを悟り。先に通過したメインストレートで表示されるサインボード、「10 P4」を思い起こす。ゼッケン10、4位ということだ。
メインストレート特設ピットでは、マシンガンジョーズの子分たちが「まさかまさか」を連呼して、ややパ二くっているようだ。まさかスタート早々にこけたハヤト・ソゴウがそこまで追い上げようとは。しかもその勢いとどまるところを知らず、トップにも迫りそうな勢いである。
「ファ○ク! あいつ思ったよりやるぜ」
「まったく、カミカゼライダーたあやつのことだ」
「まったく。……でも、かっこいいじゃない!」
わいわい騒ぐ男の子分を横目に、女の子分が嬉しそうにキャぴキャピ騒いでいる。隼人大もてだ。
アグレッシヴに身体をインにねじ込むようなライディングフォーム。バンク中は、まるでバイクにぶら下がっているようだ。
それがリアをドリフト気味にコーナーを駆け抜けてゆく。二位アンソニー・ウルフとの間には、あと一台。それを視界に捉え、ぐんぐんと近づいては執拗なストーキング。
「なんだこいつ。そう簡単に譲ってたまるかよ」
三位のライダーはせっかくの表彰台の機会を奪われまいと必死こいて逃げる。が、逃げられない。三位と四位。順位ひとつ違いとはいえ、表彰台に立てるか立てないか、その差はでかい。
ついには、逃げようと焦るあまりコントロールをミスし、インを空けてしまった。丁度チャペルのところだ。
もらった! とすかさずインを突き、隼人三位に上がりコーナーを立ち上がれば。向こうのコーナーに突っ込んでゆくアンソニー・ウルフとロジャー・リーマンの背中が見えた。
「うわー、すごーい!」
子供たちは隼人の走りに大興奮。
So go! とやんややんやと囃し立てる。
それからコーナーをふたつ抜ければ、カースティも隼人のまさかの追い上げに興奮し、金網にかじりつくようにしてしがみつき、感極まって言葉もないか無言で口をつぐんで、ゼッケン10のYZF-R1を見送っていった。
そして最終コーナーを立ち上がり、メインストレート。
「さあ三十五周のレースもあと二周となって、トップはロジャー・リーマン、二番手アンソニー・ウルフ。で、なんと転倒でビリまで落ちたハヤト・ソゴウ怒涛の追い上げで、三位に浮上! 初参加のニューカマーがビリからこんなに追い上げるなんて、今までなかったことだ。さあ、この勢いでトップ争いに食い込んでくるか!」
アナウンスも大興奮。
いわんやジャクソン監督は顔も真っ赤に、目の前を駆け抜けるYZF-R1に興奮どころか仰天さえしている模様。そばでは、ストップウォッチを持ったクルーが、唖然と目を見開いている。と思ったら、興奮にまた興奮を重ねたように、
「ああーっと、コースレコード、コースレコード! 脅威の追い上げをかますハヤト・ソゴウがなんとコースレコードを叩き出したぞ! タイムは……」
とアナウンス絶叫。もはや悲鳴に近い。
マキシマム・オブ・ザ・ストリーツ史上、こんなことはまったくの初めてである。
人は、風を避けマシンに目いっぱい伏せる隼人の姿に、鬼気迫るものをおぼえたものだった。
それはチーム・ドラゴンのアンディとクリスタルのローソン親子も同じだった。
(思えば、アンソニーが神を信じるようになったのは、妻に先立たれたのを苦しんでのことだった。彼女が天に召されたとき、彼は我々とともにサーキットでレースをしていた)
アンソニー・ウルフの妻は、病に冒され病院に入院し静養していたのだが、レーサーの夫がレースをキャンセルしてまで見舞おうとするのを、
「あなたはレーサーでしょう! わたしはレーサーの夫と結婚したはずです」
と病を押して、気丈に言って、残るという夫をレースに送り出したのだ。それが、最後に顔を合わせたときだった。
デモンズストームの異名を得て、トップレーサーとしての日々を送っていたアンソニー・ウルフであったが、それも妻の支えがあったからこそだった。その支えとなる妻を失った悲しみは深く、しばらくは呆然と無気力な生活をしていた。そんな彼に喝を入れたのは、昔なじみの神父だった。
「試練を越えよ! 人は生きている限り、試練があり、その試練を乗り越えねばならん。君が腑抜けになったこと、天国で妻が悲しんでいるぞ」
その言葉、百雷に打たれたようだった。
そうだ、彼女はレーサーと結婚したのではないか。こんな姿の自分を見て、どう思うだろう。そう思ったとき、亡き妻を悲しませまいと一念発起し、信仰によって妻の冥福を祈ると共に、それを心の支えにレースに励んできた。
(ハヤト・ソゴウも、試練を乗り越えようとしているのか)
次元はもちろん違うが、アンディは隼人の背中から同じようなものを感じずにいられず。またそれが、この追い上げをさせているのだと直感した。
レースも残りわずか。
スタート時は新品であったタイヤもこの時になれば随分と酷使されて、グリップ力も低下している。おかげでマシンコントロールの難しいことはなはだしい。だがそれは場数を踏んだレーサーなれば心得ていること。無論タイムが落ちるのは無理もないことだが、その性能の落ちたタイヤでいかに攻めるか、それこそが腕の見せ所だった。
さて優勝を目前にしたロジャー・リーマンは、執拗なアンソニー・ウルフのストーキングにあせりを覚えては、痺れを切らせ、つい後ろを向いてしまった。そうすれば、
「ありえねえ!」
と叫ぶ。
第一コーナーから高速第二を抜け、第三コーナーにさしかかるところであった。あろうことか、隼人はアンソニー・ウルフの後ろにぴったりとついているではないか。スタート直後にちょっかいを出してこかしたというのに。これでは意味がないどころか、かえってヤツに見せ場を与えたようなものだ。
(ばかめ!)
走っている最中に後ろを向くということは、体勢を崩すということで、よほど余裕がなければしてはいけないのに、ロジャー・リーマンはそれをしてしまった。ストーキングの甲斐があった。
「Woooo!」
観客から歓声があがった。一瞬の隙を突き、アンソニー・ウルフがロジャー・リーマンを抜き去ったのだ。
第三コーナーを抜け、チャペルに差し掛かる。隼人はロジャー・リーマンの背中越しにアンソニー・ウルフの背中を見据えて、マシンを駆る。目は見開かれ、日本刀のような鋭い輝きを放っている。全身を流れる血が熱をもち高速で流れ。神経は研ぎ澄まされ、アドレナリンは全開に溢れているようだ。
「Go go Demons storm!」
「So go So go So go!」
教会の子供たちは、ヒーローのデモンズストームことアンソニー・ウルフ派と、脅威のニューカマー十河隼人派に分かれてそれぞれ心惹かれるライダーに精一杯の声援を送っていた。付き添いの保護者は教会でデモンズなどと叫ぶ子供たちにはらはらだ。場所をわきまえろ、と。そしてあとで神父さんに懺悔をせねばと思うのであった。
で、前をを追いたいロジャー・リーマンであったが後ろから隼人につかれ後ろも気にせねばならず。かといって、やはり終盤になって疲れも出たか、ただでさえ荒削りなライディングがさらに荒削りになり、チャペルを抜けてからの第五コーナーで、ブレーキを強くかけすぎ前輪は沈み後輪は浮き上がりぽんぽん跳ねて、体勢を崩してしまった。別にギリギリまで遅らせてのブレーキングではなく、基本にのっとっての定まったポイントでのブレーキングであったのに。
「もらった」
それを見逃す隼人ではなかった。 素早くゼッケン2000のGSX-R1000のイン側に飛び込み、横に並んだところでブレーキング。観客たちはこのパスに、歓声を上げた。
前はアンソニー・ウルフのみ。
「ハヤト、あんたすごすぎるわ……」
カフェkiwiのところで、観戦していたカースティはさっきまでGoとか叫んでいたのが、信じられない現実が目の前で展開されて開いた口がふさがらず、今度は黙って見送った。次ぎ見るときは、最終ラップ。どうなっていることやら。
最終コーナー立ち上がり、メインストレート。そして、最終ラップ突入! 泣いても笑っても、この一周で勝負が決まる。
「ななな、なんとー。ゼッケン10ハヤト・ソゴウ、ついにアンソニー・ウルフを捉えたぞー! こいつぁーどえらいこったぁー! まさに大番狂わせ、誰が彼のこの激走を予想していただろうか! さあ最終ラップ、勝負はどうなる!?」
唸りを上げて逃げるゼッケン13のGSX-R1000。絶叫するゼッケン10YZF-R1。その後ろに、ゼッケン2000のGSX-R1000。
スリップストリームに上手くつけた隼人はアンソニー・ウルフのGSX-R1000を抜き去るかに見えた。しかし、パワーが勝るか横に並んだまでで、抜くには至らない。
ゼッケン13のGSX-R1000はすべてを飲み込むような叫びを上げ、さらにオーバー200キロでの加速中でも前輪は浮き上がろうと、何度も軽くウィリーをする。それは、六速レッドに達してもなおやまなかった。300キロオーバーでも、前輪が浮くのだ。
「ライダーだけでなく、マシンもデモンズストームだな」
ジャクソン監督がぽつりとつぶやく。クラス・マキシマムのマシンはいずれもモンスター。その中にあって、あのゼッケン13のGSX-R1000は超弩級のモンスターのようだ。それを乗りこなすアンソニー・ウルフ。三国志の赤兎馬と呂布のような、というべきか。
最終ラップながら、隼人の追撃を受けいよいよその本性を顕すか。
メインストレートを駆け抜ける三台のマシン。チームクルーたちは拳を振り回し叫ぶ者、手を合わせて祈る者、さまざまな思いを胸にして第一コーナーに突っ込んでゆくマシンたちを、ライダーの背中を見送った。
さて三位に下がったロジャー・リーマン。このまま黙っているわけがない。第一コーナーを抜け、続く高速第二コーナー。じっくりと隼人の背中を睨みつけ、ここで勝負を仕掛ける。
第一コーナーを立ち上がりながらまたバンクさせて、体勢を整えて、加速。ラインを見極め、マシンは吼え、獲物に襲い掛かる獣のように路面を蹴って駆け出す。
タイヤは滑ってスライドも著しい。それでも腕力でねじ伏せ、前へ前へと走らせる。隼人も同じようだ。だがパワー重視のセッティング、みるみるうちに、YZF-R1のテールに迫る。ラインは隼人のアウト側、次の第三でイン側になるように。
このまま行けば確実に隼人を抜ける。
ロジャー・リーマン、隼人のアウト側に並び、次の左直角、第三コーナーでのイン側ラインにつく。二台並んで立ち上がり、第三コーナーに突っ込もうと短い直線区間でブレーキング。はたから見れば、二台きれいにひらりと木の葉が風に舞うように、右から左にマシンを傾けなおす。
そのときだった。
いきなり、ロジャー・リーマンの右足が隼人に蹴りをかまそうとする。
が、そこは隼人も修羅場を潜り抜けた猛者であった。足が迫るを察知すると、咄嗟にさらにマシンを傾けこちらの重量をロジャー・リーマンの足に押し付けようとする。
「なんだとッ!」
まさかの思わぬ反撃にロジャー・リーマンたじろぎ。自分の足に隼人の膝が当たった衝撃が走り、慌てて引っ込めようとしてバランスを崩し。
そのまま、ばたんところんでしまった。
地に打ち付けられて、地を転がりながら、まわる景色の中でYZF-R1のリアタイヤが遠ざかってゆくのが見えた。
「ロジャー・リーマンとハヤト・ソゴウが第三コーナーで接触。ロジャー・リーマン転倒! だがハヤト・ソゴウは無事に第三コーナーを通過!」
というアナウンスが町中を駆け巡り、どよめきが起こる。その間に第四コーナー、チャペルが迫る。
迫る隼人、逃げるアンソニー・ウルフ。
隼人暴れるマシンを抑えつけ決死のレイトブレーキングを敢行し、一旦開いた差を縮めながらコーナー一番奥、クリッピングポイントを駆け抜け。立ち上がりで食らいつこうとする。アンソニー・ウルフも負けずタイヤのスライドと格闘しながらもアクセルを開け、追撃をしのぐ。
歩道に詰める観客おおいに声を上げエキサイトする。
第五コーナー、隼人攻めるもアンソニー・ウルフの守り堅く、並ぶことすらかなわない。それを駆け抜け、カフェkiwiのところの第六コーナー。カースティは無言で、胸を早鐘のように打ち鳴らしながらバトルを見守る。
ヘルメットに隠れた顔は、どんな顔をしていることだろう。
目は、何を見ているのだろう。
全身全霊を賭けてレースに挑み、勝利を目指すふたり。カースティに見守られながら、第六コーナーを駆け抜け。次の右直角、第七コーナーに突入しようとする。
ここでも隼人仕掛ける。インを狙い、必死のレイトブレーキング。アンソニー・ウルフもさせじと粘る。
その精神、天にも昇らんがばかりに脳天からつま先までを駆け巡り、突き抜けた。
(神が見えた)
アンソニー・ウルフは閃いた。
隼人は、忘我の域。
コーナー突っ込み、ギリギリのレイトブレーキング。フロントサスは沈みきってフルボトム。後輪はロックし、右に左に飛び跳ねる。
隼人イン側。アンソニー・ウルフ、アウト側。
だがレイトブレーキングがたたり、隼人はうまく走行ラインに乗れない。コーナーに突っ込みながら膨らんでゆく。
ラインはクロスする。
アンソニー・ウルフのGSX-R1000は膨らむ隼人のYZF-R1を横目に、最終コーナーに突入しようとする。こちらは上手くブレーキングを切り抜けたようだ。
一見不安定のようで、ギリギリの限界点でマシンをコントロールしていたその技量。さすがデモンズストームといおうか。
膨らんだ隼人のYZF-R1だが、すぐに体勢を立て直し走行ラインに乗って最終コーナーに突入。アンソニー・ウルフの背後にはつけたが、さてそこから挽回できるかどうか。
もう、最終コーナーの一番奥、クリッピングポイントをかすめ、立ち上がろうとしていたときだった。
ゼッケン13のGSX-R1000は地を蹴り、飛ぶが如くの勢いで最終コーナーを立ち上がりメインストレートに入ろうとしていた。つづくゼッケン10のYZF-R1が、背後に着く。
隼人マシンの体勢を整え引き千切れんばかりにアクセルを強く握りひねった。YZF-R1は吼えた。これでもかと吼えた。
目の前のGSX-R1000、加速しチェッカーを目指す。
観衆の目は二台の釘付けとなった。
チェッカーがかかげられている。
烈風を砕くGSX-R1000。YZF-R1、スリップストリームにつく。
ジャクソン・モータースポーツとチーム・ドラゴン及びその他参加チームのクルーたち、固唾を飲んで勝負を見守り、アナウンスはどっちが勝つのかと絶叫する。
高く掲げられたチェッカーが、揺れた。
とともに、YZF-R1、GSX-R1000に迫り、並んだ。
「おおおぉー!」
と観衆声をあげた。
「デモンズストーム!」
チェッカーが振られ。勝敗は決し。勝者の異名が叫ばれた。
アンソニー・ウルフ、拳を振り上げ勝利の喜びを爆発させて。隼人はがっくりと肩を落とす。
その差はコンマ一秒であった。
チーム・ドラゴンのアンディとクリスタル親子とクルーたちも手を振りあげ勝利を喜び。ジャクソン・モータースポーツのクルーたちは、悔しそうに歯噛みをするも、チーム結成以来初となる表彰台に喜びは隠し切れず、いつしか笑顔になって、クルーは高らかに笑いあっていた。
「デモンズストーム、デモンズストーム、アンソニー・ウルフが勝った! 脅威のニューカマー、ハヤト・ソゴウは惜しくも二位。奇跡は起きなかった、残念! いやしかし、外国からの初参加者がここまでやれば、もう十分でしょう!」
チェッカーが振られ、次々とマシンたちがチェッカーフラッグを受け。観衆たちは戦いきったマシンとライダーたちに、惜しみない拍手と声援を送った。
転倒したロジャー・リーマンはあれからどうにか復帰したものの、表彰台すら逃し最初の意気のよさはどこへいったか、黙ってピットに帰ろうとするのみ。
そのはるか前で、アンソニー・ウルフと隼人が互いの健闘を讃えあい、握手していた。
(オレは、オレは……、戦いきれたか)
そればかりが胸に去来する。順位は不思議と気にならなかった。いや、悔しくないといえばうそになる。だが、その悔しさは知らないうちに次への闘志へと変換されていた。
ヘルメットのバイザーを開けた。
風が涼しい。
アンソニー・ウルフはチャペルのところで、十字を切った。亡き妻が胸の中、微笑んでいた。
教会の子供たちは、笑顔で勝者を、戦いきったライダーを讃えること尽きなかった。
隼人も照れを覚えつつ、手を振ってこれに応えた。
そして、第五コーナーをまわり第六コーナー。カフェkiwiのところ。カースティは、金網越しにゼッケン10のYZF-R1を、隼人を見つめていた。
隼人もカースティを見つめた。
今晩、二人でシャンパンを飲もうと思った。が、あることが気になった。
(カフェは、持ち込みしていいのかな?)
そう考えているうちに、気がつけばメインストレート。役場前。クルーたちの熱烈な出迎えに、隼人は、はっと我に帰ったかと思うと。てっぺんにアンソニー・ウルフが待ち受けている表彰台に担がれてゆく。
担がれて、仰ぎ見るニュージーランドの空は、蒼天は、果てしなく広がっていた。
Maximum of the streets 完