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Maximum of the streets / page3

 かくいう隼人も、最前列はアマチュア以来久しぶりのことだった。さえぎるもののない、まっさらな視界。

「そうだな」

 キャンギャルに囲まれて嬉しそうな監督に、応える声も低くとも、力がこもる。もうレースは出来ない。そう思っていたのに、今こうしてスターティンググリッドについている。

 左横では、アンディ・ローソンが調子をたずね。愛娘のクリスタルは、頑張ってと声援を送っている。かと思えば、隼人にも微笑みを見せた。

 少してれつつ、右手を上げて応える。クリスタルはキャンペーンガールが近くにいても、見劣りしないほど、輝いていた。ほんとうにレースが好きで、アンソニー・ウルフやレーサーたちを尊敬しているのだろう。

(カースティは……)

 ふと、カースティのことを考えて、そこから言葉が出なかった。荒くれ者として青春期を送った男だ。ドラマや純愛小説のような、きれいな言葉で自分の心をあらわすことができないでいた。 

「爽やかだねえ」

 キャンペーンガールに囲まれてご満悦の、三位のロジャー・リーマンはクルー、というか子分たちにも囲まれて、スタートを悠々と待っている。

 グリッドに並ぶは二十四台。みんなマキシマムなハイチューンドを施されたモンスターであり、それを駆るライダーたちもまたマキシマムであった。このレースで上位に着けば、いや、勝てば。

 ニュージーランドのトップライダーの仲間入りをし、名誉と尊敬を集められる。それにともない、金も集まる。

 そして、新たな道も開ける。

 ジャクソン監督は言う。

「最終的には、マン島に行きたいな。それがオレの夢だ」

 今までライダーに恵まれず、夢を叶えられなかった。前いたライダーは、センスはあったが不幸にも怪我をし。それを機にレースをやめてしまった。復帰できないわけではないのに。監督の再三な説得にもかかわらず。

 金は、どうにか自力で稼げて、貯めることはできるが、ライダーはそうはいかず。夢は金で簡単に買えるものではないことを、痛感することしきりであった。

 ともあれ、ジャクソン監督の隼人に期待するところは大きかった。

 時間となった。エンジンがかけられ、マシンサウンドのうなりの合唱が町にこだまし。クルーやキャンギャルはみんなコースからさがってゆく。

「頑張れよ」

 ジャクソン監督はそういってピットに戻ってゆく。横では同じようにチーム・ドラゴンのアンディとクリスタルのローソン親子がアンソニー・ウルフに声援を送って、コースをさがり。マシンガンジョーズのクルーたちもボスの勝利を確信して、さがってゆく。

 それにともない、町に、観客やエントラントの心に、張り詰められた糸のように緊張が駆け走った。

 グリッドの前に赤旗を持ったオフィシャルが立ち、旗を振って一列ずつ、行けと指示する。スタート前のサイティングラップで、まずコースを軽く一周するのだ。

 うなるマシンサウンドがコースをゆくにつれ、スタート前のテンションはいやが応でも盛り上がってくる。今年のクラス・マキシマムはどんなレースを見せてくれるのか、と。

 カースティも、金網にへばりついてコースをゆくマシンを見守っている。今度は、隼人は集中しているのか見向きもしなかった。

 メインストレートに戻ると、グリッド前に赤旗をかかげたオフィシャルが位置に着けとばかりに立ち。エントラントおのおのグリッドにつくとともに、早く行かせろ! とばかりに、マシンのうなりひときわ大きくなってくる。

 全車位置につき、その後ろに緑の旗を持ったオフィシャルが安全を確認すると、旗を振りながらコースからさがってゆき。それを見た前のオフィシャルも赤旗を振りながら、コースからさがってゆく。

 ライダーの視線が一斉に、レース時に特別に設置されるシグナルに集まる。縦三段式、てっぺんは赤。

 それから、赤いシグナルは真ん中二段目にうつる。マシンサウンドがさらに高まり、緊張もマックスに達し。

 観客やエントラントたちのテンションが蒼天突き抜けるほどに一気に上がる。

 そして、真ん中二段目の赤いシグナルは、下の三段目に吸い込まれてゆくようにして消えた。とともに、マシンたちは戒めを解かれた猛獣となって、一斉に雄叫びを上げてグリッドから飛び出す。

 レーススタートだ!

 ホールショットを決めたのは、デモンズストーム、アンソニー・ウルフだ。続きロジャー・リーマン、十河隼人と続き。

 全車一斉に第一コーナーになだれ込む。

「よっしゃッ!」

 ジャクソン監督とジェフらクルーたちは幸先よいスタートに歓声を上げ、観客たちも第一コーナーになだれ込む猛獣、マシンたちに声援を送る。

「うおー、しゃーッ!」

 良いスタートダッシュが決められ、隼人も思わず叫ぶ。YZF-R1も叫ぶ。

 全車ダンゴ状態で第一コーナーから高速の第二コーナーに突入。

 高速区間でモンスターマシンたちはハイパワーに物を言わせ、前輪は浮き上がるわ後輪はスライドするわ、四輪のドリコン顔負けなくらいに並んでドリフトウィリーをかましている。がドリコンと違うのは、どんなに華麗なドリフトを決めようとも順位にはちっとも関係にことだ。

 これはレース。速く走りトップでチェッカーを受けたレーサーが、問答無用でえらいのだ。

 皆トップチェッカーを目指して、必死の思いでアクセルを開けモンスターマシンを駆る。

 隼人も後ろのプレッシャーを受けつつ、前のロジャー・リーマンを抜き去ろうと、しょっぱなからYZF-R1を鞭打ち走らせる。

 全身で風にぶつかり、打ち砕き。マシンサウンドは高らかに叫び、くうを揺るがす。その中にあって、ライダーは全身全霊を賭けてマシンを操り、無音の忘我の域に達しようとする。

 高速第二コーナーを抜け、左直角の第三コーナー。減速、シフトダウン。ここでしくじったか、ロジャー・リーマンのインが空いた。隼人すかさず、そのイン側に飛び込む。

 そのとき。

 ロジャー・リーマンの赤と白のGSX-R1000、アウト側から突然隼人をかぶせてきた。

「んな……ッ!」

 やばい、と慌ててブレーキをさらに強くかけた拍子に、前に進む推進力は一気に殺がれて、バンクしたマシンをこかそうとする引力が勝った。

「おおーっとなんてこった、第三コーナーでゼッケン10脅威のニューカマー、ハヤト・ソゴウが転倒してしまった!」

 というアナウンスが町中に響き。ジャクソン監督やカースティはひどく驚き、胸中を失望が駆け巡った。

「なにやってんだアイツは!」

 とジャクソン監督は怒鳴り。カースティは、怪我がないかはらはらしている。

 転倒した隼人を避け横目に見つつ、各車は第四コーナー、通称チャペルになだれ込む。教会では子供たちが神父さんや保護者の付き添いを受けながら、

「GOGOGO!」

 と、いっぱいに興奮して歓声を送っている。

 そして、第五コーナーを抜け第六コーナー。カフェkiwiの前。カースティは目の前を駆け抜けるマシンたちの中に、ゼッケン10のYZF-R1がいないのを見て、胸を痛めてそっぽを向こうとしたとき。

 遅れてゼッケン10のYZF-R1が、目の前を駆け抜けてゆく。

「ハヤト!」

 我を忘れて、カースティは叫んだ。今までになかったくらい、心から叫んだ。

 突然ロジャー・リーマンにかぶせられて、驚いた拍子に転倒してしまった隼人だったか。速度が落ちていたことが幸いしてか、マシンに大きなダメージはなく、ペダルもブレーキレバーも無事で急いでマシンを起こしてレースに復帰できた。しかし、最後尾。

 アンソニー・ウルフを先頭にして全車最終コーナーを抜けてメインストレートに突入。

 パワーを開放されたモンスターはすべてそこのけの勢いで長い直線路を駆け抜けてゆく。

「トップはデモンズストーム、アンソニー・ウルフ。二番手にロジャー・リーマン! 以下続々とメインストレートを駆け抜けていく!」

 アナウンスもテンション高くレース状況を伝えている。

 それを耳にしながら、チーム・ドラゴンのアンディとクリスタルのローソン親子は先頭のアンソニー・ウルフはもちろん、最後尾に目をやった。

 アンソニー・ウルフへのサインボードには、「10 OUT」とあった。出来れば隼人のことも伝えてくれと、アンソニー・ウルフは盟友とも言えるアンディ・ローソン監督と愛娘クリスタルに伝えていたのだが。まさかファーストラップで「10 OUT」などど伝えられようとは思いもよらず、とっさに後ろを振り向けば。

 なるほどすぐ後ろにはゼッケン2000のGSX-R1000、マシンガンジョーズのロジャー・リーマン。隼人のゼッケン10のYZF-R1の姿は、見られなかった。

「ジーザス」

 と一言つぶやいた。

 その一方で、

「第三コーナーで転倒したゼッケン10ハヤト・ソゴウ、どうにか戦線復帰し今最後尾でメインストレートを駆け抜けてゆく! さあここからどこまで追い上げられるか!」

 というアナウンスを耳にしながら、ジャクソン・モータースポーツの面々は、隼人が復帰したことに安堵するとともに、急いでサインボードに「GO!!!」と大仰に示して見せ付ける。

 ここから追い上げろ! という指示。言われるまでもなかった。

「野郎……」

 メインストレートを駆け抜けながら、隼人はぶち切れていた。もうペース配分もあったものではなく、ただ必死の走りだけがあった。

 レースは三十五周。距離にしておよそ100キロの長丁場。しかも操るマシンはモンスター。条件は悪いと言える。だが、泣き言は許されない。勝つために、ここに来ているのだから。これくらいの試練を乗り越えられないで、どうしてレースが出来よう。とアンソニー・ウルフなら言うかもしれなかった。

「ぶち抜いてやろうじゃねえか! 試練ってやつをな!!」

 日本にいるとき、試練だなんて言葉は馴染みがなかったし、試練を越えるという事に対し「なにを大仰な」と斜に構えていたこともあったが、今こうして問答無用で試練というものを突きつけられて、いやでもそれを乗り越えざるを得ないことを痛感して。

 それが、隼人の心に、命に火をつけた。

 ハンドルを握る手に、おのずと力がこもる。

 一方トップはアンソニー・ウルフとロジャー・リーマンが争い、徐々に三位以下を引き離してゆく。

「デモンズストーム後ろを引き離しにかかるが、食い下がるロジャー・リーマン。さあ、デモンズストームは昨年に続き連覇を達成するか、それともロジャー・リーマンがリベンジを果たすのか!」

 爆音にまじってアナウンスが叫ぶ。

 その通り、アンソニー・ウルフとロジャー・リーマンはテールトゥノーズの烈しいバトルを繰り広げていた。その隙のなく、地に足つけた堅実さと、嵐のような烈しさ。

 だがロジャー・リーマンも負けてはいない。隙がないのなら、隙を作らせるまでと、しきりにプッシュをかけミスを誘発させようとする。

 順位の入れ替えこそなかったが、どちらもゆずらない。プッシュされて潰されるか、それともプッシュすることにに疲れるか、トップ争いはタフさを競う神経戦となってきた。

 そんな烈しいトップ争いもさることながら、それ以下での順位争いもところどころで繰り広げられ、抜きつ抜かれつのドッグファイトが展開され。またその一方で、烈しい音を立ててマシンとライダーが路面に叩きつけられるクラッシュもあり。また、突然のメカニカルトラブルで、失速をしたマシンも見受けられた。

 レースはただ順位を競うだけでなく、サバイバルの様相も呈してきた。

 そんな中で、カースティはひたすら、

「GOGOGO!」

 と叫び。ジャクソン・モータースポーツの面々は、ピットボードを出すたびに手を挙げて声を荒げ、こちらももまた、

「GOGOGO!」

 と叫びまくっている。

「いけー! やれー! どんどんいけー!!」

 わめくジャクソン監督。

 観客たちも、「うおおーすげー!」を連呼しまくっている。気がつけば、みんなトップ争いよりも、ゼッケン10のYZF-R1に注目していた。

 隼人は走る。YZF-R1を走らせる。そのモンスター、アクセルを開けるたびに猛獣の本性をむき出しにしようとし、あるいは隼人を振り落とそうと暴れることもあった。

 だが、隼人も負けてはいない。全身全霊を賭けてYZF-R1を操り、リンクして、自身そのものを烈風かはたまた猛獣と化して前に追いつき、前をどんどんと追い越してゆく。

 吹き飛ばされる町の景色の中で獲物を確実に捉えるその目は見開かれて、らんらんと輝いて。

 阻む者これことごとく抜き去られてゆく。

 気がつけば、最後尾から中盤グループを追い掛け回しているところまで来ているではないか。

「おおおー、こりゃすげえ! ゼッケン10のハヤト・ソゴウ、転倒から復帰して怒涛の追い上げだあぁー!」

 アナウンス絶叫。誰もが、まさか隼人が転倒から復帰しそんな追い上げをかますなど思いもしなかったので驚きも大きく、それだけに興奮も大きかった。

 メインストレートを駆け抜ける二台のGSX-R1000。サインボードを見てアンソニー・ウルフは驚きと歓喜を覚え、ロジャー・リーマンは驚き「まさか」とうなる。

 それぞれに出されたボードには、「10 ↑」つまりゼッケン10が追い上げてきている、と示されていた。

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