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第八話 ティータイムはお静かに

 王宮の廊下を、ローザと並んで歩く。

 さも仲の良い姉妹といった会話を、護衛の女性騎士たちに聞かせながら。


「すごく嬉しいわ。ルナと一緒にお茶なんていつぶりかしら」

「そういえば、お姉様が王宮に行ってから一度もお会いできておりませんでしたね」

「気軽に遊びに来てくれればいいのに。今までずっと一緒だったからあなたが居ないと寂しくて」

「さようでしたか。実は私、お姉様が王宮に行った後しばらく泣いてしまって……いつまで経っても姉離れできなくて恥ずかしいですわ」


 そうそう。ローザとしばらくお別れできるのが嬉しくて、あの日は嬉し涙をこぼしたのだ。いつまで経っても妹離れできないローザが恥ずかしい。


 そして到着した王太子妃宮の一室。


 先頭を歩いていた女性騎士が扉を開けると、そこは王太子妃がくつろぐにふさわしい豪奢(ごうしゃ)な部屋。ローザに使われてしまったのが不愉快ではあるけれど、私が住むことになった暁には念入りに掃除してもらおうと思う。


 私が部屋の中に入ると、ローザは騎士たちを入口で止めた。


「今日はここまでで結構よ。久しぶりに妹とふたりきりで話をしたいから」

御意(ぎょい)。扉の前で控えております」

「ええ、お願いね」


 テーブルをはさんでソファーにかけると、ほとんど待つことなく王宮侍女たちがティーセットとお茶菓子を運んできた。


「あら? やけに準備が早いのね」

「はい。こちらのお菓子は王妃陛下からでございます。ルナ公女の好物でお祝いをとのことで」


 テーブルに並べられたのはチョコレートとシュークリーム。そして苺のケーキ。確かにどれも、私の好物だ。ローザに扮して王妃陛下とお茶をする時も、よく準備してくださった。どうやら授与式の後、王妃陛下は私とお茶をするおつもりだったらしい。


「まあ……! 私の好きなお菓子をなぜご存じなのかしら。お礼を伝えておいてください」

「かしこまりました」

「さあ、あなたたちも退室してちょうだい。お茶のおかわりは自分で淹れるわ」

「はい。何かあればお呼びくださいませ」


 一杯目のお茶を淹れると、王宮侍女たちも出ていった。部屋の中がしんと静まり返る。


「……ようやくふたりきりになれたわね」

「はい。では早速、いただきます」

「その前に結界で防音してくれる? 家と違って、誰に聞かれるかわからないから」

「そうですわね。少々お待ちください」


 魔力の壁で自分の周囲を覆う、結界魔法。その中には外部に音を漏らさないことに特化したものがあるのだ。


 魔力の壁を分厚くするほど結界の外に音が漏れにくくなる。十分に魔力を練りこんで呪文を唱えると、私を中心に紫色の魔法陣がパッと広がり、床と壁に染みこむように消えていった。


「これで何を話しても安心ですわね。ではいただきま――」


 私がフォークに手を伸ばそうとした瞬間、ローザがテーブルに拳を叩きつけた。


 あまりの勢いに、食器が耳障りな音を立てる。

 そして私が耳を塞ぐ間もなく浴びせられる怒声。


「ルナ! あなた、どういうつもりなの!? 私に一言もなく勝手なことを!」

「お姉様? 一旦落ち着いてお茶を……」

「落ち着けるわけないでしょう!? 最年少で? 最高得点で難関に合格? そんなの、明日になったら新聞に載ってしまうじゃない!」

「きっと小さな記事ですわ。特に問題は」

「あるわよ! あなたは知らないでしょうけど、社交の場では新聞の内容を隅から隅まで把握しているのが殿方にとってのステータスなんだから!」


 怒鳴られても仕方ない。今ローザが言った通り、殿方は新聞の内容を話題にすることが多いのだ。知らないと恥をかいてしまうので、社交上手な紳士であるほど毎朝しっかりと新聞を読む。


 魔法薬師の免許が難関とはいえ、一面に載ることはさすがにない。しかし小さな記事であっても、「王太子殿下の婚約者の妹」と書いてあれば彼らも興味を持つはず。そして頭の隅に記憶される。王太子殿下がお選びになった婚約者は、妹まで優秀なのだなと。


 大勢の人に、同時に植えつけられる印象。そしてこの先、ローザが役立たずだと露呈(ろてい)した時。彼らはきっと思い出してくれる。なぜあんな令嬢が王太子殿下の婚約者になったのか。そういえばローザ公女の妹がとても優秀だと新聞で読んだな、と。


 そんな場面をありありと想像できてしまったのか、ローザは公爵令嬢にあるまじき乱暴な言葉遣いで私を激しく非難する。



「とぼけても無駄よ! あなた、まだ王太子殿下のことが好きなんでしょう? 自分の方が頭が良いって、世間に見せびらかそうとしたんでしょう!?」

「そんなこと考えてません。ウィクトル王太子殿下の婚約者はお姉様で……」

「じゃあ王妃陛下との会話は何よ? ふたりして私のことを馬鹿にして!」

「何のことです? 私が話下手だと、お姉様もよくご存じですよね?」

「意味も分からず話を合わせてたの? 王妃陛下は私とあなたが入れ替わっていたことをお気づきだったのよ! そうじゃなきゃあなたの好物が準備してあるわけない。それくらい察しなさいよ馬鹿!」


――ああ。とてもいい音量だわ。


 防音結界が張られていると思っての大声。

 まあローザがテーブルを叩いた瞬間に、こっそり解除魔法を唱えたのだけれど。


 そんなことにも気づけないほど、私を怒鳴り散らしたい気持ちで一杯だったのでしょう。いやはや、こんなに元気よく怒鳴ってもらえて非常にありがたい。これだけの音量なら、扉の前で控えている騎士はもちろん、王宮侍女たちにも聞こえているはずだから。


 この機会に、ぜひとも王宮に広まってほしい。ローザ・イーリスは気に食わないことがあると妹に怒声を浴びせるヒステリックな姉。そして優秀だったローザ公女の中身が、実は妹のルナだったのだと。彼女たちが広めたくなるように、姉に虐げられて可哀そうな妹を演じましょうかね。


 とりあえず目に涙を(にじ)ませ、外まで聞こえるように私も声のボリュームをあげる。


「ごめんなさいお姉様! 私、そんなこととはまったく……」

「謝って済むことじゃないわ! 手紙は? まさか読んでないなんて言わないわよね!?」

「そ、それがアカデミーで忙しくしておりまして、手紙に目を通す暇がなかったんです」

「一通も!? 私からの手紙なのに?」

「本当にごめんなさい! ですが、他の手紙も開封しないまま、ずっと机に積んだままなんです……」


 そう。私はローザからの手紙をすべて無視していた。

 正確には、読んだ上で返事をしなかった。


 内容はもちろん、「私の代わりに妃教育を受けに来て」というSOS。「この手紙を誰かに読まれるとまずいから、読み次第破棄してね!」という文言と一緒に。入れ替わりを望んでいたのはローザの方だという動かぬ証拠になるので、すべて大事にしまってある。


「どうしてそんなに忙しいの!? あなた、去年まで私の代わりにアカデミーに通いながら、休みの日は妃教育をちゃんと受けてたじゃない。四回生の講義も二度目なんだから、去年より余裕があるはずよね!?」

「いいえ。今年は去年より忙しいのです。前期卒業を目指しているものですから」

「前期卒業ですって? やめてよ! そんなことしたら、四年で卒業した私と三年半で卒業したあなたで比べられてしまうじゃない!」


――落ち着いてローザ。あなたは卒業していないから。


 四年で卒業したのも、これから半年で卒業するのも私。比べられる以前の問題だと微塵(みじん)も思っていないあたり、とても残念な人である。


「お姉様のおっしゃる通り、比べられはすると思います。ですが、学生の私が休日の度にお姉様を訪ねては怪しまれてしまいますから」

「……まあそうね。王妃陛下に気づかれてしまったから余計とそうだわ」

「ええ。今後はおそらく、お姉様が私に宛てた手紙の中身を確認するようになるかと」

「連絡も取れないなんて……それもこれも、あなたが私に黙って勝手なことをしたせいよ! どうして私がこんな窮屈(きゅうくつ)な思いをしないといけないのよ! 私は未来の王太子妃なのよ!?」


 防音結界に安心しきってか、私を執拗に責めるローザ。ここ数年で自分がどんなズルをしたのか、扉の外に説明しているとも知らずに。愉快(ゆかい)である。


「落ち着いてください。私が研究に励んで半年で卒業すれば、秋口には王宮の薬師部に入れるかと。そうなれば私が王宮に居ても仕事だと思われるだけですから」


 私がそう説明すると、前のめりになっていたローザがソファーにきちんと座り直した。言いたいことを吐き出して、怒りが収まってきたらしい。


「ふーん。ようするに、魔法薬師の試験を受けておいたのは、王宮に来やすくする準備ってことね?」

「はい。私の魔力量だと王宮魔女になるのは難しいですし。魔法薬師であれば勉強が苦にならないので、確実に合格できると思ったのです」

「……うふふっ! なーんだ! てっきり私、『王太子妃に相応しいのは自分だ』ってアピールするために、わざわざ難関に挑んだものと思っていたわ」

「先程も申し上げましたが、考えたこともありませんわ。ウィクトル王太子殿下がお選びになったのはお姉様ですもの」


……と否定しつつ、実際はローザの考えも当たっている。


 アカデミーに通っているうちは、こうして王宮で直接対決できる機会なんて滅多にないから、王宮の外で出来ることをコツコツ進めるしかない。その中でも効果的なのは、私の評判を良くすること。今後も事あるごとに有能さをアピールするつもりだ。


 向かい側のソファーに座っていたローザが席を立ち、私の隣に座る。


「もう……私のためだったなら、なおさら正直に言ってくれればよかったじゃない? なぜ黙っていたの?」


 喋り方は落ち着いたけれど、ローザはまだ警戒を解いていない。その証拠に、私の顔をじっと覗きこんでくる。少しの嘘も見逃さないと言わんばかりに。


 ここが正念場。私は自分の膝に視線を落とし、制服のスカートをぎゅっと握りしめた。


「黙っていてごめんなさい。その時は私自身、どうしようか迷っていたんです」

「何を迷っていたの?」

「試験は毎年ありますけれど、お姉様の卒業式は一生に一度だけでしょう? 私もぜひお祝いしたかったのですが、本当にお姉様のことを考えるなら、絶対に今年の試験を受けないとと思って。結局試験を受けた後、急いで家に戻って支度することに決めたのですが、パーティーの終わり際でろくにお祝いできなくて……」

「……いいのよ。あなたなりに、色々と考えてくれていたのよね? どうするのが一番私のためになるのか」


 まるで私の忠誠心を確認するような言葉。私はローザのほうに顔を向け、嘘偽りない、素直な気持ちを伝えた。


「もちろんですわ! 私は毎日、ローザお姉様のことを考えておりますもの」

「ルナ……こんなにかわいい妹がいて、私は幸せ者ね!」


 抱きついてきたローザを優しく抱き返す。感激するのも無理はない。演技ではなく自分の気持ちを正直に伝えたから、私への疑いが一気に晴れたのだと思う。


 本当に、嘘は言っていないのだ。

 だって私は毎日、ローザのことを考えている。


 何をどうしたらローザをより苦しめられるだろうかって。

 それはもう毎日、何年も考えているのだ。


 その後、警戒を解いたローザにお茶菓子をすすめられ、王宮の厨房で作られたお菓子を久々に堪能した。お茶が冷めてしまったけれど、猫舌の私には正直この方が飲みやすい。


 お茶とお菓子を楽しんでいる間、ローザは王宮に来てからの生活をぺらぺらと話してくれた。王妃陛下に毎日こってり絞られていたそうだ。


「はぁ……ほんっとーに嫌だわ。秋までひとりで耐えないといけないなんて」

「お力になれず申し訳ありません……あっ。こういう時こそ、私が作った妃教育の資料を読んでいただければ」

「あー! あれね。屋敷に置いたままだわ。机の引き出しの中に」

「では帰ったら探してお送りしますね」


 そう。私は一応、ローザに配慮していたのだ。妃教育で学んだ内容をその都度紙にまとめて、「お姉様の未来に必要な内容ですから」と渡していたのである。しかし今日の話を聞く限りでは、受け取るだけ受け取って一度も目を通していなかったのだろう。


 だが、それでいい。あの資料はあくまでも、私の心証をよくするための物。「妃教育を代わりに受けろ」と強要された私が、ローザへの教育を怠らなかったという証拠として残しておいただけだから。


「とにかく、できるだけ早く王宮に来てね」

「はい。明日からも頑張ります」

「私の卒論を書いたことがあるんだから楽勝よね。言っておくけれど、私の卒論よりすごいテーマにするのはやめてちょうだいね? 妹の方が優秀だって殿下に思われて、婚約破棄されたら困るもの」

「その心配はありませんわ。お姉様の卒業論文に一番いい研究を使ったんですもの。それに、何年も前に決まっていた婚約を結婚目前で破棄などしないでしょう」

「そうよね? もう結婚式の準備が始まっているものね?」

「ええ。一年もかけて準備するのですから、今さら結婚しませんなんてことはあり得ませんわ。こう言ってはなんですが、王妃陛下のケースは稀でしょう?」

「そうよね!? ああ……安心したわ」


 これでローザはまたしばらくの間、油断しきった状態で過ごしてくれることだろう。その間に私は、とにかく自分の評判を良くする。そして早く卒論を書いて前期卒業する。少なくとも、ローザの卒論を超える内容で。


「お姉様、そろそろ失礼しますね。防音結界はどうしましょう? このままにしておいてもいいですけれど」

「ううん。侍女を呼ぶのに不便だから。解いておいて」

「かしこまりました」


 解除の呪文を唱えて、さも今まで結界があったように見せかけるのも忘れない。最後はローザが扉の外まで見送ってくれた。


「お祝いしていただき本当にありがとうございました」

「いいのよ。私も久々に楽しかったわ。気をつけて帰ってね」

「はい。失礼します」


 ローザが部屋の中に戻り、扉がしっかり閉じられた瞬間。私はこれ見よがしに息を吐き出した。


「……ふぅ」

「ルナ公女。よろしければ馬車までお送りしましょうか?」

「ええ。ありがとうございます、ジェシカ卿」


 声をかけてくれた女性騎士は、ジェシカ・スコール卿。妃教育を受けていた頃はジェシカ卿が私の護衛を担当していて、こうしてよく送ってもらっていた。


 馬車まで歩く間。私は普段より歩くペースを落とし、時折溜息をついてみせた。


「お疲れのご様子ですね」

「ええ。久々にお姉様とお話しできて、はしゃいでしまったんです……うるさくありませんでした?」


 私がそう尋ねると、ジェシカ卿の眉がピクリと動いた。


「……いいえ。扉の前で待機しておりましたが、外からは何も」

「よかったですわ。聞こえていたら恥ずかしいもの」


 本当によかった。ちゃんと聞こえていたようで。


 姉に怒声を浴びせられたことを、健気に隠す妹。可哀そうだと思わせればジェシカ卿はきっと、私のお兄様に報告してくれる。私が直接明かすより、同僚からこっそり伝えられる方が真実味が増していいわよね。


 こうしてコツコツと、ローザから私のものを奪い返す。

 私に仕えるはずだった騎士も、王宮侍女も。そしてお兄様からの信頼も。


 安心しきっているうちに、いつの間にか自分の味方が減っている。

 それに気づいた時、ローザはどんな顔を見せてくれるかしらね。

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