第六話 未来のお義母様?
今日は待ちに待った魔法薬師免許の授与式。
お父様とお母様が新しいドレスをとおっしゃったけれど、暇がないと言い訳してお断りした。
というわけで、今日は平日と同じく王立アカデミーの制服を着ている。白いブラウスに濃紺のスカート。首元には揃い色のフリルタイ。ふちに銀色の刺繍が入ったローブをチェーンで留めて支度は完了。
ちなみに、ドレスが面倒という理由で制服を着たのではない。私が学生でありながら合格したことを印象付けるためには、正装として制服を着用するほうがいいと判断したからである。もちろん、ドレスを着るのが億劫だったことは否定しないけれど。
授与式の会場は、王宮の謁見の間。
高座の中央に置かれた椅子に座っておられるのは国王陛下。その隣には王妃陛下が。王宮に魔法薬師部を作ったお方だ。
そしてその隣には、久々に見る王太子殿下。国王陛下から薬師部の現場管理を任されてもう随分と経つからか、すでに貫禄がおありだ。そのまた隣には、婚約者であるローザの姿も。あいかわらず、示し合わせていないのに私と同じ髪型なのが癪である。
高座の下。両脇には薬師部の制服に身を包んだ方々が十数名。そして試験に合格したノールズ医師とヘイゼル卿。お父様より少し年上の彼らと一緒に、私も陛下の御前に並んでいる。
年齢順にふたりが呼ばれ、最後は私の番だ。
「魔法薬師第六十七号、ルナ・イーリス公爵令嬢」
「はい」
国王陛下が合格証書を読み上げてくださり、それを受け取る。そしてもうひとつ。儀典官が開けた小箱から紫色の魔石があしらわれたバッジを取り出し、陛下が自らの手で制服の上着につけてくださった。
「最年少かつ、これまでで最も良い試験結果だと聞いた。今後の活躍に期待している」
「はい。魔法薬師の名に恥じぬよう、今後も精進いたします」
陛下のお言葉に頭を下げて、元の場所へ。自分の左胸に目をやると、魔法薬師のバッジがきらりと光っている。
――ここまでは一応、順調と言ってもいいかしらね。
ローザへの復讐計画も、私の人生も。
シンプルな復讐でよければ、「王太子殿下の婚約者になるために、ローザが嘘を吐きました」と、国王陛下に打ち明けるだけで事足りた。私の話を切り貼りすることでしか魔法植物について論じることができないローザと、実際にこの手で育てている私。どちらが真実を言っているか、陛下ならすぐにわかってくださっただろう。
しかし私の復讐は、単にローザを蹴落とすだけでは不十分。
かといって、復讐のために人生の輝かしい時期を棒に振ったり、ローザを道連れにして私も落ちぶれたりなんてことも御免だ。王太子殿下への初恋だけでなく、自分がそれまで歩んできた人生も、私は諦めない。
私がなりたかった、未来の姿。
魔法植物をこの手で育て、魔法薬を作ること。
ローザからは「庭師にでもなるのか」と馬鹿にされていた。
だから私はこうして免許を取り、魔法薬師がいかに人のためになる素晴らしい仕事であるか、ローザに教えてやることにしたのだ。
魔法植物と魔法薬研究の功績をもって、「王太子殿下の婚約者に相応しいのは、ローザ公女ではなくルナ公女だ」と周囲に気づかせる。そして最後には、ローザを婚約者の座から引きずり落とし、この私が、王太子殿下と結ばれる。ローザが欲しがっていた、私のもの。そのすべてを、私自身が手中に収めた姿を見せつけるのだ。
その瞬間、ローザは絶望するだろう。結局自分は、何も手にしていなかった。そしてこれから先、望むものが何ひとつ手に入らないのだ、と。そこまでしてやっと、私は満足できる。
私が元居た場所まで下がると、ノールズ医師とヘイゼル卿がお祝いの言葉をかけてくださった。
「ルナ公女。最年少での合格、おめでとうございます」
「ありがとうございます。魔法薬の普及に関われればと思っていたのでとても嬉しいです」
「お若いのに素晴らしいですね。姉君もさぞお喜びでしょう」
ヘイゼル卿にそう言われて、ローザのほうにちらりと目をやる。私と目が合った瞬間、口角をぐいと持ち上げたように見えた。
――うふふ。目が笑ってなくてよ、ローザ。
表情を上手く管理できないほど、ストレスが溜まっているのかしらね。こちらもあなたが講義をさぼり倒したおかげでなかなか大変だったのよ。まあ、あなたに復讐する計画が崩れるほどではないけれど。そんな気持ちを込めて、私も笑みで応える。
これで免許の授与式はおしまいだが、皆で失礼しようとする前に、王妃陛下が高座からおりていらっしゃった。
「王国の慈雨、王妃陛下にご挨拶申し上げます」
合格者を代表してノールズ医師が王妃陛下に挨拶し、ヘイゼル卿と私も合わせてお辞儀した。
国王陛下をお支えし、跡継ぎを授かる存在。王妃陛下にご挨拶する時に慈雨と称するのは、もうじき訪れる雨天が最も多い月に由来する。後に続く太陽の月に備えるかのように、大地を潤してくれる雨。そんな天の恵みになぞらえているのだ。
「ノールズ医師、合格おめでとう。ヘイゼル卿もついにやったわね。おめでとう」
王妃陛下からのお祝いに、ふたりがそれぞれ喜びの言葉を返す。
そして王妃陛下の視線が私のほうに向けられた。
「それにしてもルナ公女。あなたの試験結果には驚いたけれど、所作も美しいのね」
「お褒めに預かり恐縮でございます」
「お世辞ではなくてね。まるで妃教育を受けた令嬢のようだ、と思ったのよ」
王妃陛下はオルビス公爵家の出身で、元王宮魔女。即位なさった当時、まだ若く後ろ盾も十分でなかった国王陛下の伴侶に。魔法植物の重要性にいち早くお気づきになって、王宮での研究を主導したお方でもある。
――私の未来の上司であり、お義母様になるのかしらね?
しかし眉間にうっすらと皺が寄っているところからして、どうやら私に対してお怒りのようだ。まあ仕方ない。王妃陛下はまさに今日、ローザと私が入れ替わっていたことに気づいてしまったのだ。
息子の結婚まであと一年。王太子妃、そしてゆくゆくは王妃になるローザに、妃教育の仕上げとして自分の業務を手伝わせるはずだった。しかしいざ王宮にやってきたと思ったら、ここ四年かけて教えた内容をてんで覚えていない。
悩んでおられたでしょう。「なぜ息子の嫁がこんなことに」と。
そんな折、妹のルナが最年少かつ過去最高得点で魔法薬師に。まさかと思って授与式で会ってみたら、見間違えるほどそっくり。そして自分が教えた作法が完璧に身についている。お気づきにならないほうがおかしいのだ。
なぜ王族を欺いたのか、私の息子に何をするつもりなのかと、追求したくて仕方ないのでしょう。けれどローザと私が入れ替わっていることを、王妃陛下は責められない。こんな場所では特に。
だからお怒りでも、今は遠回しに私を小突くしかないのだ。
「まるで妃教育を受けた令嬢のようだ」とおっしゃったのは、「私の教育を受けたのはあなたのほうね? もう気づいているわよ」という意味だろう。
微笑んでいても迫力のあるお方だから、普通の令嬢なら怯んでいる。けれど私は、四年間みっちり妃教育を受けていたので、この程度の追及はもう慣れっこである。
「まあ! そのように思っていただけたなんて。きっと姉の影響でございましょう」
「……そうね。ローザ公女がよく話してくれるのよ。妹と仲が良いのだと」
少し眉をひそめられてしまったが、ローザの影響で間違いない。私を代わりにアカデミーに通わせるだけでなく、妃教育まで押しつけたのはローザなんだから。「お願いよルナ。別に面倒だからってお願いしているわけじゃないの。王宮に行ったら今までのように遊べなくなってしまうでしょう?」と言って。
まあ、ゆくゆく王太子妃となる私に必要なことだったので、「わかりました。私が王妃陛下のお相手をしている間、お姉様は十分に羽を伸ばしてくださいね」と健気な妹を装ってちゃっかり学んでおいたわけだが。
この場でやりあうのは難しいと素早く判断なさったようで、王妃陛下の話題は再び免許の件に。
「皆、魔法薬師の免許をどのように活用する予定かしら。ノールズ医師は病院で魔法薬を?」
「ええ。医療行為に魔法薬を取り入れたいと思っております。重篤な患者には特に有効だと思いますので」
「よい取り組みだわ。もしもの時に神殿に頼ってばかりではいられないものね。ヘイゼル卿は?」
「はっ。私は西部に戻り、ギルドで回復薬を処方しようと思っております」
「ぜひ頑張ってちょうだい。王都でも手に入りづらい状況だから」
王妃陛下とふたりの会話に、私も笑顔で耳を傾ける。
授与式の前に控室でお話ししたけれど、ノールズ医師曰く、魔法薬が有用であろうことはわかっていても、医療の現場は普段の診察と治療だけで手一杯な状況だそう。なのでまずは、自分が魔法薬を活用して患者を治療する。その姿を見て後に続く者が出てくれれば、とおっしゃっていた。
ヘイゼル卿は西部ギルドの運営者。ダンジョンで負傷者が出た際に、医師の手に負えない者は王都の神殿に送るか、神官を派遣してもらって対応しているのだけれど、それでは間に合わない時もあって心を痛めていたそう。魔法薬で傷を治癒できると知ってこつこつと勉強し、三度目の受験で見事合格。
ふたりとも、それぞれに素晴らしい考えをお持ちだ。魔法薬師の同期としてぜひ仲良くしていただきたい。そんなことを考えているうちに、王妃陛下の質問が私にまわってきた。
「ルナ公女はまだアカデミー生ね。卒業後はどうするの?」
「はい。私は――」
実際のところ、イーリス公爵家の新しい事業として魔法薬店を経営するほうが自分に裁量があるし、人々の元へ直接魔法薬を届けられる。王宮魔法薬師のお給料よりもっと儲けられるとも思う。けれど、私がやるべきことは……
「――王宮に出仕し、魔法植物と魔法薬の研究に従事したいと思っております」
なぜなら、私が居るべき場所は王宮だから。
心配せずとも、時が来れば王宮に戻ってくる。
そんな私の回答に満足いただけたようで、王妃陛下の目が弧を描いた。
「それはいいわね。あなたの成績なら皆も歓迎するでしょう」
「そのようにおっしゃっていただけるなんて心強いですわ。アカデミーの卒業が決まり次第、薬師部に申し込んでみます」
「ええ。待っているわね」
そうやって駆け引きする間、視界の端ではローザが王太子殿下に何やら伝えて、こちらに向かう姿が。
王妃陛下とのお話に区切りがついてそちらのほうに目をやると、満面の笑みをたたえ、しかし私と同じ赤い瞳をギラギラと光らせながら、ローザが歩いてくる。
向こうから来てくれるなんて手間が省けた。
直接攻撃できる機会、有効に活用しないとね?