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第四話 私のお友達候補

 ルナ・イーリスとしてのアカデミー生活は順調。私が欠席も遅刻もしないことに、同級生たちがいまだに動揺していることを除いては、だけれど。


 それから、ひとつ気づいたことがある。これまでアカデミーが静かで快適な場所だと感じていたのは、王太子殿下のおかげだったらしい。きっと皆、「殿下の勉学を邪魔しようものならどうなるか」と考えて、毎日お行儀(ぎょうぎ)よくできていたのだろう。


――殿下は今頃、執務室で忙しくしていらっしゃるかしら。


 私が最後に殿下とお話ししたのは、もう昨年のこと。卒業論文の発表会だ。


 卒業式はローザ本人が出たし(勉強が必要ないイベントだけは自分で出席する)、卒業パーティーも私は終わり間際に少し顔を出しただけ。首席だった殿下の卒業スピーチを聞けなかったのが今も心残りだが、仕方ない。


 今となってみると、殿下と毎日のようにお会いできていた日々が、なんだか遠い昔のように感じられる。


 ローザと入れ替わっていた時は、同じ講義をとって隣の席に座ってくださっていた。そしてアカデミーが休みの日は、朝から夕方まで王宮で妃教育。周囲を気にする暇もない四年間だった。


 で、殿下がご卒業なさった今はというと。


 せっかくルナ本人としてアカデミーに通えているというのに、講義中でも構わず話し声が聞こえてくる。静けさを求めて図書室に行っても、背後からひそひそと話し声が。そのすべてが、「なんで急に真面目になったんだろう」という私に対する疑問の声である。


――それもこれも、ローザが講義をさぼり倒していたせいね。


 ここ三年で積み上げられた怠惰(たいだ)なルナ公女のイメージは、そう簡単に払拭(ふっしょく)できるものではないらしい。


 そんなこともあってこの頃は、誰も来ていない講義室で本を読む朝の時間が、私にとって(つか)の間の(いや)しになっている。まあ本当に、束の間なのだけれど。


「……あら。おはようございます、副学長」

「おはようございます。こんなに朝早く、感心ですね」

「ええ。私、誰も居ない講義室で本を読むひと時が気に入っておりますの」

「そうですか。では、お邪魔しました」


 特に何をするでもなくカメリア副学長が講義室を出ていき、また辺りがしんと静かになった。怪しんでいた私の成績が本当に私自身のものであると発覚して以来、ずっとこの調子だ。


――確認したくてたまらないのね。


「ローザ公女の代わりにあなたがアカデミーに通っていたのですか?」と。けれど、尋ねたところで私が正直に答えない可能性の方が高いと思っていらっしゃる。それで聞こうかどうか迷っておられるのでしょう。


 実際、問い詰められてものらりくらりと(かわ)すつもりだ。厳格(げんかく)なカメリア副学長に真実を知られたら、その時点で退学に処される恐れがあるから。計画のためにも、アカデミーを追い出されるわけにはいかない。


 もし真実の魔法薬があれば私も正直に答えるしかなかったのだけれど、あれはもう使ってしまったし。きっと今頃、後悔(こうかい)しているのでしょうね。「なぜ効き目があるうちに質問しなかったのか」と。



 本を読み始めて二十分ほど経つと、講義室に小さな足音が近づいてきて、入口から栗色の三つ編みがちらりとのぞいた。男爵令嬢のデイジーだ。


「……お、おはようございます公女様」

「おはようデイジー。今日もあなたが二番乗り……いや、ついさっき副学長が何か取りに来たみたいだったから、正確には三番乗りねー♪」

「はわ! その歌は忘れてください……!」

「うふふ。素敵な歌だったけれど、あなたがそう言うなら忘れるわ」


 最初の頃は鼻歌まじりで入ってきていたデイジーも、この頃はどれだけ早く来ても私が居るので、今日のようにおそるおそる入ってくるようになってしまった。ご機嫌な朝を邪魔しているようで申し訳ないけれど、私もこの時間が気に入っているので大目に見てもらおう。


 視線を本に戻すと、めずらしいことに足音が近づいてきた。すぐそばまでやってきたデイジーを見上げると、まんまるな瞳が私の本に釘付けになっている。


「……どうかした?」

「は、はい。公女様のお姉様がとても優秀なご成績で卒業なさいましたが、公女様も同じくらい学力がおありなのかな、と。講義に出ておられなかったのは必要なかったから……なのでは?」



 おずおずとした様子ながらも、尋ねにくいことをぶつけてくる。デイジーの度胸に少し驚きつつ、今日も私はこつこつとローザへの復讐計画を進める。


 耳を澄まして、廊下から誰も歩いて来ないことを確認。そして声のボリュームを落とし、デイジーに耳打ちする。


「ここだけの話ね。私、講義に出てなかったわけではないのよ」

「えっ? それはどういう意味で……」

「今はまだ言えない。けれど、いつか本当のことを話すわ。私のせいであなたに迷惑をかけてしまったもの」

「いえいえ! 事情がおありだったなら全然! むしろお役に立てて光栄でしたので!」


 そうしていつも通り、私から離れたところに座るデイジー。しかし、選ぶ席が少しずつ私に近づいてきている。今日は私と同じ最前列。右に十個ほど離れた席に座って、時折こちらをちらりと見てくる。


――やっぱり。この本が気になるのね。


 彼女が毎朝皆より早く来て勉強している本は、魔法薬の初歩を学ぶもの。対して、私がこれ見よがしに読んでいるのは、魔法薬師になった者が使う専門書だから。


 私と目が合っては慌てて自分の本に目を落とす姿に、私はとうとう席を立たされた。筆記用具を机に置いたまま、読んでいた本を持ってデイジーの隣に座る。


「なっ、なにか御用でしょうか!」

「用があるのはあなたでしょう? そんなに気になるなら、見せてと言えばよかったじゃない」

「えぇ⁉ なぜお気づきに……⁉」

「気づくわよ。あなた、わかりやすいもの」


 専門書の最初のページを開いてデイジーの目の前に置くと、元々まんまるな瞳がさらに丸くなった。驚きと喜びが入り混じっている様が一目でわかる顔に、なんだか毒気を抜かれてしまいそうだ。


「あっ……ありがとうございます!」

「私、わかりやすい子って好きよ。ほら、王都の言葉には裏があるでしょう? 常に(かん)()っていると疲れるから、お茶会もパーティーもすぐ帰りたくなってしまうの」

「……?」 

「地方から出てきた子は特に大変だと聞くわ。王都で育った私でも疲れるのだから、あなたもさぞ気苦労が多いのでしょうね」

「……はっ! 今のはもしや、私が田舎者だという意味で?」

「うふふ。私に対して構える必要はなくてよ。これ、かわりに読んでもいいかしら?」

「は、はい! どうぞどうぞ!」


 デイジーが私の本を読んでいる間に、私はデイジーが読んでいた本を。(なつ)かしい、私が魔法植物の存在を知った頃に読んだことのある本だ。重要な箇所に書き込みがしてあり、ページの端がところどころ破れている。


「ボロボロね。どれだけしっかり読めばこうなるの?」

「いえいえ! 古本屋で一番安いものを買ったからです。無理をしてアカデミーに通わせてもらっているの身なので……」

「ああ。確か、先代が作った負債を無事に返し終わったのよね?」

「よくご存じで! ただ、一度事業に失敗した手前、新しい事業を始めようと思ってもなかなか……」

「まあ、信用って一度失ってしまうとね」

「はい……父も気長にやるしかないと」


 デイジーの実家については、すでに調べておいた。


 王都から南、小さな領地を持つホワイト男爵家。先代の男爵が事業に失敗した負債を、つい最近現当主が返し終わったのだと報告を受けた。負債を抱えたまま没落する貴族が多い中で、きっちり返済して家門を守ったなんて大した根性である。


「素晴らしいお父様ね。まだ苦しいでしょうに、あなたも王都に送り出してくれて」

「はい! 跡継ぎの弟がアカデミーに入るまであと二年で、その下に妹がふたりいるんです。なので私、王都で魔法薬師になってお金をたくさん稼ぎたいんです! あわよくば、弟だけじゃなくて妹たちもアカデミーに通わせてあげたくて!」


 気弱な印象だったデイジーが情熱的に喋る姿が、なんだか自分と重なってしまう。普段は誰かとおしゃべりするのが億劫で最低限の会話で済ませるのに、魔法植物のことになると一方的にぺらぺらと喋ってしまう自分の姿に。


 いいじゃない。お金を稼ぐために魔法薬師になる道を選んだのだとしても。むしろ今、女性で高給取りを目指そうと思ったら、地位に関係なく実力で就ける一番いい職だと思う。


 しかも弟や妹の将来のために、自分がアカデミーで学んでお金を稼ごうだなんて。講義についていけないからって私に勉強を押しつけたローザとは大違いだわ。姉って本来、こういうものなのかしらね。


 溜息をつく私を見て、デイジーが気まずそうに三つ編みの先を指で遊ばせている。


「あはは……がっかりされましたよね。勉強のために来るべきところですのに、お金を稼ぎたいだなんて」

「いいえ、感動してしまったのよ。家計を助けるために頑張っているなんて素晴らしいじゃない。お茶会とパーティー以外何もしないローザお姉様とは大違いだわ」

「……えっ!?」


 デイジーを驚かせてしまったけれど、もちろんわざとである。口を滑らせたふりをして「優秀なローザ公女」のイメージを崩す。復讐作戦の一環だ。


 変な間を作った後、さも失言(しつげん)だったという顔でサッと口元を覆う。


「あらやだ、私ったら。今のは聞かなかったことにしてちょうだい」

「ええぇえー⁉」


 デイジーが勢いよく立ち上がると同時に、講義室の中に驚愕(きょうがく)の声が響いた。私が作った優秀なローザ公女のイメージもまた、そう簡単に(くつがえ)るものではないらしい。


 ローザのイメージダウン、そして自分のイメージアップ。どちらも根気強くやっていくしかないなと思っていると……


「こ、公女様とデイジー嬢? 何があったのです!?」


 講義室の入口に、息を切らした令嬢が。どこの家門の子かわからないけれど、どうやらデイジーの叫び声を聞いて、慌てて駆けつけたらしい。


「何もなくてよ。ねぇデイジー?」

「はい! おかしなことは何も! ありませんでしたよぉ!?」

「そうですか……悲鳴が聞こえてきたと思ったのですが」

「はわ! 断じて悲鳴ではないです! 騒がしくして申し訳ありませんでした!」

「……いえ。何もないならよいのです。こちらこそ、お騒がせしました」


 令嬢が講義室から出ていき、再びデイジーとふたりきりに。けれど、廊下の方からぽつぽつと足音が聞こえてくる。そろそろ生徒たちが来はじめる時間だ。自分の本を回収して、席を立つ。


「話がそれてしまったけれど、あなたの夢を応援するわ。また明日、よさそうな本を持ってくるわね。この本はまだ難しかったでしょう?」

「は、はい。でも……よろしいのですか?」

「もちろん。だって私も、魔法薬師になりたいんだもの。未来の同僚には優しくしないとね?」

「あっ、ありがとうございます! 公女様のご(こう)()が無駄にならないよう、頑張ります……!」


 席に戻りながらほくそ笑む。なんて素直でかわいい子なのかしら、と。


 ローザに目をつけられるのも納得だ。家門のために頑張る(けな)()な令嬢。一日も無駄にすることなく、可能な限りすべての講義を受けている。出席票の記入を任せるには最適な人選だと思ったのだろう。


 何より素晴らしかったのが、口の堅さ。


 デイジーが「出席票の記入をルナ公女に頼まれました」とアカデミー側に告げ口していれば、私に(ふん)したローザが罰を受けていたはず。しかしそんなことは一度もなかった。


 もし言いふらしたら後でどんな目に遭うか、ちゃんと想像できたのだろう。お茶会仲間を使って男爵家の悪評を流すなんて、ローザにとっては(ぞう)()もないことだもの。


 三年間、ローザの指示通りにし、沈黙を貫いた。どう振舞うのが安全か、よくよく考えて行動できる子だ。おまけに魔法薬師を目指しているときた。


――いいわね。私のお友達候補にしてあげても。


 ここは逃がさないように少しずつ距離を縮めて、末永くお付き合いしましょう。そしてあわよくば、妹ふたりも魔法薬師に。これで私も含めて四人増えるわね! やったわ!


 そこまで考えて、一旦自分を落ち着かせた。


 復讐計画からついつい脇道に。初めて友人ができそうではしゃいでしまったようだ。人も増えてきたし、真面目に勉強する様を見せつけてイメージアップを図りましょう。


 なお、デイジーの叫び声を誤解した令嬢によって「誰も居ない講義室でルナ公女がデイジー嬢を脅迫していた」という噂が広まったのは言うまでもない。

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