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第二話 復讐を誓った日

 始まりはいつだったか。

 もう覚えていないけれど、ローザは幼い頃から、とかく私の物を欲しがる人だった。


 私がまだ、ローザを「お姉様」として尊重していた頃。よく欲しがられたのはたとえば、お母様からのお土産。髪留(かみど)めやブローチなど、普段から身につけられる物をお土産にいただくことが多かったように思う。


 いつぞやいただいたのは、水色の魔石をあしらった大きなリボンの髪留め。ローザお姉様のはリボンがピンク色で、私のは紫色だった。


「ルナ。それちょうだい?」


 私が受け取った髪留めを見るなり、ローザお姉様はそう言った。


「お姉様のもあるでしょう?」

「うん。でもリボンの色が違うもの」

「あら……ローザも紫色が良かっのね」

「いいですよお母様。お姉様が紫で私がピンクでも」

「なんで? ピンク色のは私のでしょう?」

「……ふたつとも欲しいと?」

「ダメ?」


 こてんと首を傾げてみせるお姉様を見て、私は幼いながらに思った。どう考えても駄目だろう、と。


 お母様がお土産にひとつずつ買ってきてくださったのだから、ローザお姉様がふたつとも貰ったら、私にはお土産がないことになる。当然、お母様も私とまったく同じお考えで。


「ローザ。それだとルナの分がなくなってしまうでしょう? お姉さんなんだから――」

「またそれ? お姉さんだからって言えば、私が何でも我慢(がまん)すると思ってるんでしょ⁉」


 私はやはり、幼いながらに思った。ローザお姉様が何かを我慢しているところを見たことがない。あなたは生まれてこのかた、物欲(ぶつよく)のおもむくままに生きておられますよ、と。


 お母様も困惑しておられた。ローザお姉様は聞き()きたかのように「またそれ?」と言ったけれど、私が知る限り、お母様はそれまで「お姉さんだから」という理由で我慢を強いたことが一度もなかったのだ。


 そして私もお母様も、この頃にはよくわかっていった。ローザお姉様が駄々(だだ)をこね始めると、欲しい物が手に入るまであきらめないということを。


 申し訳なさそうなお母様と目が合い、気にしないでという意味で首を横に振る。そしてローザお姉様に、髪留めを差し出す。


「……わかりました。お姉様に差し上げますわ」

「いいの⁉ ありがとうルナ! 大好きよ!」


 これが私、ルナ・イーリスの日常。

 満足したお姉様が居なくなった後に、お母様から謝られるのにも飽きてしまうほどだった。


「ごめんなさいね、あなたにばかり我慢させて。今度は予備(よび)を買ってきて、それをこっそりあなたに……」

「お金の無駄ですわ。見つかったら『それも欲しい』と言われるだけですもの」

「……そうよね」

「お気になさらずに。アクセサリーには困っておりませんもの」

「そう……欲しいものがあったら何でも言うのよ?」

「ええ。そういたします」


 別にローザお姉様は、私の髪留めが紫色だから欲しがったわけじゃない。もしお母様が色もデザインもまったく同じ品をふたつ買ってきたとしても、あの人はふたつとも欲しがったと思う。「とても気に入ったから予備に欲しいわ」なんて言って。


 お母様が私に対して申し訳ない気持ちになるのは気の毒だけれど、欲しがられたのが髪留めだったので、私は別に(ゆず)っても構わなかった。ただ今後、私が本当に欲しいものまでああして奪われたら。そう思うと、少し不安だった。


――私、ローザお姉様が嫌がることでもしたのかしら?


 そんなふうに考えたこともあった。自分では気づかないうちに、ローザお姉様に何か嫌なことをしてしまって、その仕返しをされているのだろうかと。しかしいくら考えても、まったく心当たりがない。むしろ嫌がらせまがいのことをされているのは、常に私のほうだ。


 その時の私はまだ幼くて、とんと理解できなかった。

 ローザお姉様がどうして、私の物を欲しがるのか。



◆ ◆ ◆



 何でも欲しがる姉と、大人しく譲る妹。

 そんな関係が崩れたきっかけは、私――ルナ・イーリスの初恋だった。


 あれはお父様とお母様、それから私の三人で、ローザお姉様のデビュタントについて行った日のこと。


 年に一度、十四歳の誕生日を迎えた貴族令息と令嬢が遠方からも集まる中、ローザお姉様も華々しくデビュー。ひとつ年下の私は社交界に興味がなかったけれど、同じ趣味の友達は欲しかった。


 千年前に存在したとされる地下神殿の遺跡。

 そこで発見された古の植物――魔法植物(マナ・プラント)を育てて魔法薬を作る、魔法薬師。


 発見されて十年も経っていない魔法植物と、新設されたばかりの職について語り合える人が、私の周りには居ない。ローザお姉様のデビュタントについていけば、ひとりくらい見つかるだろうと思ったのだ。


 しかし現実はそう甘くなかった。イーリス公爵家の長女がデビューするということで、隣に居た私もひっきりなしに挨拶されたけれど……


「ルナ公女は普段、どのようにお過ごしで?」

「私は庭園で魔法植物を育てておりますわ」

「育てる、というのは……まさかご自分で?」

「もちろん! つい先日、高級回復薬の材料ビビフィシアとリパラーレの栽培に成功しまして。今は収穫したものを乾燥させている段階ですけど、無事に薬が作れましたらまずはうちの騎士団に。ゆくゆくは領地全体に十分な量を供給できればと考えておりますわ!」

「お、おお……ルナ公女はとてもお好きなんですね。その魔法植物とやらが」


 なんとか私に話を合わせてくれようとする令息に、ローザお姉様が助け舟を出す。


「ごめんなさいね。この子、少し変わっていて……」

「いえいえ。ただ、ご令嬢が自らの手で草花を育てるなんてめずらしいことだなと」

「やっぱりそう思うわよね。私も姉として心配しているの。庭師にでもなるのかと思って」


 おほほ、はははと笑う人たちを前に「この人も駄目だった」と、何度肩を落としたことか。宴会の終盤まで頑張ってみたけれど、成果はゼロだった。


 結局、ローザお姉様の話のネタにされ続けて疲れてしまった私はひとりで外へ。

 宴が終わるまで戻らないつもりで訪れたローズガーデンで、その人に出会った。


 もう秋薔薇の時期も終わりかけだというのに、入口にある薔薇のアーチには大輪の薔薇が初夏のように咲き乱れていた。そこで(つぼみ)を見つけては魔力を注いで薔薇を咲かせていた、私と同じ年頃の少年。


「……咲いた! 今、魔力で咲きましたわよね⁉」

「おや。ごきげんよう、魔力持ちのご令嬢」


 図鑑でも見たことがない魔法植物。

 そしてそれを育てている人間を見つけたことに、私はひどく興奮していた。


 国王陛下と同じ、暗闇でも(きら)めく金色の髪と瞳。

 冷静なら一目でどなたか分かっただろうに、気づいたのは声をかけた後だった。


「……王国の若き太陽、王太子殿下にご挨拶申し上げます」

「皆にも言ったけれど、そうかしこまらなくていいよ。君も休みに来たんだろう?」


 辺りには最後の秋薔薇を楽しみに来たであろう人々が。

 思いがけない光景を楽しんでいた人垣を押しのけるようにして、私は王太子殿下に話しかけてしまったのだ。


 しかし私の無礼を気に留めることなく、王太子殿下は魔力で咲く薔薇を紹介してくださった。一季咲きの品種を元に、魔力を養分にして育つようご自分で改良したのだと。ローザお姉様と同い年の少年が、古の植物を模したものを自らの手で作るだなんて、種から育てるだけでも苦労していた私にとって驚くべきことだった。


 そして私が魔法薬師を目指しているのだと言うと、殿下は薔薇の蕾を咲かせるのを手伝わせてくださった。失敗しても構わないよとおっしゃって。


 魔力を注ぎすぎると咲いた花が落ちてしまう、魔力制御が難しい作業だった。自分で魔法植物を育てている私でも、うっかり花を落としてしまうほどに。


「はっ……!」

「魔力の量が多すぎたね。もう少し控えめにするといいよ」

「あぁぁ……貴重な一輪が無駄に……」


 私が嘆いていると、手のひらに落ちてしまった花を殿下が手に取り、私の髪に飾ってくださった。


「こうすれば無駄にならない。魔力が切れるまでは枯れないから」

「あっ……ありがとうございます」


 殿下の優しさに感動するあまり、お顔をじっと見つめてしまい、ふっと目を逸らされた。


 恥ずかしそうなご様子に、なんだか私の方まで恥ずかしくなり。

 

 もうすぐ最後のダンスだと、秘書官が王太子殿下を呼びに来るまでの時間。

 その短いひとときで、私はこれが恋なのだと知った。


 夢見心地で宴会場に戻った。

 けれど、ローザお姉様が私の髪に飾られた薔薇を指さした瞬間、夢から覚めたような気がした。


「ねぇルナ。それ、私にちょうだい?」

「それはできません。とある方からいただいたものですので」

「貰ったものなら好きにしていいじゃない。あなただけつけていたら私が主役じゃないみたいでしょう? 今日は私のデビュタントなのよ?」


 ローザお姉様がこうやって駄々をこねはじめると、どう断っても効かない。


「……わかりました。帰ったら返してくださいね」


 公の場で姉と喧嘩するのはさすがによろしくない。私は薔薇を結いつけてあった魔力の紐をほどき、それをローザお姉様の髪に結んで差しあげた。


「うふふっ。ありがとうルナ。どう? 私の方が似合うと思わない?」


 妹の物を奪っておいて、この姉は満面の笑みである。昔からこうなのでもう慣れっこではあるけれど、この薔薇は本当に渡したくなかった。帰ったら必ず返してもらうのだと思いながら、最後の曲を踊るウィクトル王太子殿下を眺めた。


 ダンスのお相手は王妃陛下。王太子殿下の御母君だ。


「王太子殿下って本当に素敵なお方よね。私と同い年だなんて、運命だと思わない?」

「……そうですね」


 うっとりした様子のローザお姉様に話しかけられ、思ってもいない相槌(あいづち)を返す。


 十四という若さで魔法植物をご自分でおつくりになれる王太子殿下。対して、私が貰ったものを平気で奪い取るローザお姉様。同い年なのにこの差は何なのかと思いながら、ダンスを終えたおふたりに拍手を送った。


 先程庭園でお会いした時は物静かで内気な印象だったのに、今は大勢の前で堂々と振舞っておられる。ダンスのステップも軽やかだった。


 このダンスをもって宴会はお開き。国王陛下と王妃陛下に続いて、ウィクトル王太子殿下も退場していく。


 名残惜しいと思いながら目で追っていると、ふいに殿下と目があった……かと思いきや殿下の視線は私を通り過ぎ、次の瞬間、私の隣でローザお姉様が歓喜の声をあげた。


「お父様! 王太子殿下が私を見て手を振ってくださったわ……!」

「よかったじゃないか!」

「いつにもまして可愛いものだから、殿下の目にも留まったのね」

「うふふ……」


 嬉しそうな家族の中で、殿下が手を振ってくださった理由に心当たりがあった私は、密かにドレスを握りしめていた。


 やっぱりローザお姉様に渡すんじゃなかった。髪に薔薇をつけているから、私だと思って手を振ってくださったに違いない。ちゃんとつけていれば、殿下に手を振り返すのは私の方だったのに。


 初めての恋に、初めての嫉妬。

 帰りの馬車、何も知らず夢見心地でいるローザお姉様に苛々しながらなんとか家まで持ちこたえたけれど、もう限界だった。


 玄関に入るなり、私はローザお姉様の前に立ちはだかった。


「さあお姉様、家に着きましたね。その薔薇、返していただいても?」


 手を差し出した私に、ローザお姉様は少し身をかがめ、上目遣いでこう言った。


「ねぇルナ。やっぱりこの薔薇、私にちょうだい?」

「えっ? 約束しましたよね? 帰ったら返すって」

「その時は返そうと思ったのよ。でも気に入ってしまったから。いいわよね?」

「いけません。その薔薇、魔力が切れると枯れてしまうんです」

「そうなの? じゃあ魔力を注げばいいのね」

「おやめください! お姉様の制御力じゃ花が――」


 私が止めるより早く、薔薇に手をやったローザお姉様。手のひらがぱっと光り、辺りに花びらがひらひらと舞った。


「あら? どうして散ってしまったのかしら……」


 花びらが一枚もなくなったがくを見ながら、首を傾げるローザお姉様。涙をぽろりとこぼした私と目が合って、お姉様の首がさらに傾いた。


「ルナ? どうして泣いてるの? ()()()薔薇一輪じゃない」

「……お姉様のバカ! もう知らないんだから!」


 床に落ちた薔薇の花びらをかき集めて、部屋に戻った。

 お母様が明日薔薇をたくさん贈るからと(なぐさ)めてくださったけれど、この薔薇でなければ意味がなかった。


 そこからどれだけ泣いていたか。

 しおれかけた花びらがふと目に入り、あわてて乾燥剤入りの瓶に詰めた。

 できるだけ長く、きれいに残しておきたいと思って。


 花はいつか枯れる。

 この花びらだって、そのうち(いろ)()せてしまう。


 けれど、この薔薇を王太子殿下にいただいた思い出は鮮やかなまま、ずっと覚えておけるような気がした。


――私も来年デビューすれば、王太子殿下とお話しする機会に恵まれるかしら。


 そう考えた途端涙が止まり、興味がなかった社交デビューに俄然(がぜん)やる気がわいてきた。恋の力というのは偉大(いだい)なものだ。



◆ ◆ ◆



 そんなこんなで立ち直った翌日。


 王宮から伝令がやってきて、お父様とローザお姉様、それから私の三人で国王陛下に謁見(えっけん)することになった。伝令曰く、「イーリス公爵家の令嬢に会いたい」と陛下が(おお)せだとのことで。


 陛下に会いたいと言われれば行くしかない。いつもなら面倒に思うところだけれど、王太子殿下にばったり会えるかもしれないと思うと支度も(はかど)った。


 急いで王宮へ向かうと、通されたのは謁見の間ではなく、陛下の執務室だった。

 そこには執務中の国王陛下と、ウィクトル王太子殿下のお姿が。


「どうだウィクトル。イーリス公爵の娘といえばこのふたりだが……」

「はい、父上。間違いありません」


 何か確認するような国王陛下。そして陛下の隣に立っていた王太子殿下が、私たちの前にやってきた。


「ふたりとも、わざわざ呼び出してすまない。僕ときたら、うっかり名前をたずね忘れて……」


 そこで殿下のお言葉が途切れた。私たちを交互に見ながら、何やら思案なさっている。


「……それにしても、本当にそっくりだ。レディに失礼なことをたずねて申し訳ないんだけど、昨日の夜、僕と魔法植物の話をしてくれたのはどちらかな?」


 そう言われてようやく、私は気づいた。

 昨晩お会いした時に名乗り忘れていたことを。


 社交の場で挨拶する際には、身分の低い者から名前を言うのがマナー。三公爵家の公女ということで、自分から先に挨拶する機会がほとんどなかった私は、魔法植物に対する興奮も相まって殿下にさらなる無礼を働いていたのである。


 すぐそこに国王陛下もおられる。早く無礼を謝罪しなければ。

 そう思って口を開こうとした瞬間、ローザお姉様が一歩前に進み出た。


「それは私ですわ。昨晩は名乗りもせず申し訳ありませんでした」


――えっ?


 あまりに突然のことで、ローザお姉様が何を言ったのか、一瞬分からなかった。


 いや、魔法植物のお話をしたのは私の方だ。殿下がご自分で作った魔法植物の薔薇。その蕾に魔力を注いで咲かせたのも貴重な体験だった。けれど……


「改めまして、イーリス公爵家長女のローザと申します」

「長女の方だったんだね。昨日はありがとう。よかったら、この後一緒にお茶でもどうかな?」

「大変光栄でございます」


 早速交流を深めようとするふたり。それを嬉しそうに眺めておられる国王陛下と、私のお父様。この場でローザお姉様が嘘をついていると言ってしまえば騒ぎになると思い、私は一旦様子をみることにした。


 お父様は呼び出したついでにと陛下に言われ、そのまま執務室でお話を。その間、私はローザお姉様の提案でウィクトル王太子殿下とのティータイムにお邪魔させていただくことになった。


「最近、ようやく高級回復薬の材料を栽培できましたの。今は乾燥させている段階ですわ」

「へぇ。自分で薬にするのかい?」

「その予定です。できあがったものは我が家の騎士団で試してもらって、ゆくゆくは領地全体に供給できればと思っております」

「素晴らしい考えだ。同い年の令嬢とは思えないよ」

「そんな……殿下も薬師部で最先端のご研究をなさっていると聞きましたわ。最近はどのようなことを?」


 私が昨日話していたことを上手く切り取り、さも魔法植物に興味があるかのごとく振舞うローザお姉様。これはどうしたものかとお茶を飲んでいると、王太子殿下と目が合った。


「すまないね、ルナ公女。僕たちばかりで話してしまって」

「……いえ。お気になさらずに」


 殿下の笑顔に、なんだか胸騒ぎを覚えた。

 とにかくローザお姉様に確認しなければと、ティータイムが終わるのを待った。


 そして帰り道。お父様がまだかかりそうだからと、馬車でお姉様とふたりきりに。十分に王宮から離れた頃合いを見計らって、私は話を切り出した。


「お姉様。なぜ国王陛下の御前であんな嘘を?」


 私の質問に、ローザお姉様は笑いながら答えた。


「うふふっ……ああ言えば、私が王太子妃になれるんじゃないかと思って」

「そんな理由で王族を(あざむ)いたのですか?」

「欺くだなんて大げさよ。もしあなたが殿下に気に入られて王太子妃になってしまったら、私は妹のあなたに一生頭を下げて暮らさないといけないじゃない? よく考えてみてちょうだい。私の方が殿下と年がぴったり。それから、あなたもお姉様に頭を下げさせて申し訳ない思いをしなくて済む。それに……」


 ローザお姉様は満面の笑みで、理由を付け加えた。


「王太子殿下、私と楽しそうにお話ししてたでしょう? 別にあなたじゃなくても良かったってことよ」


 魔法植物に興味もないくせに、よくも私が喋ったことを使って……と、普通なら怒るところだったけれど、確かに今日の王太子殿下は、ローザお姉様と楽しそうに話しておられたのだ。


 お姉様に言い返すことなく屋敷に戻ると、間もなくして帰ってきたお父様から告げられた。ウィクトル王太子殿下がローザお姉様との婚約を望んでおられると。


「……おめでとうございます、お姉様」

「ありがとうルナ! 王太子殿下と結婚できるなんて夢でも見てるのかしら!」


 お父様とお母様の前で、無邪気に喜んで見せるローザお姉様。

 私の中でプツンと、何かが切れる音がした。


 元々、私の物なら何でも欲しがる人だった。

 私が大事にしている物ほど欲しがることもわかっていた。

 駄々をこねられるのが面倒で大人しく(ゆず)ってきたけれど、それが間違いだったのかもしれない。


 だって昨日、薔薇が散った瞬間。

 ほんの一瞬だったけれど、私は見た。

 ローザお姉様は確かに笑っていたのだ。この上なく嬉しそうに。


 そして今、私の「物」だけでなく、初恋の人まで奪おうとしている。

 私が今までやってきたことを、自分がしたことだと(いつわ)ってまで。



――やめましょう。ローザを姉だと思うのは。



 何でも譲ってあげるのもお終い。

 私はもう、ローザに何ひとつくれてやらない。


 そう決意して以来、私はコソコソ、そしてコツコツと復讐の準備に(いそ)しんできたのである。

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