第9話 幕間 警視庁公安部対外局第九課
「勤務中だぞ。何を遊んでいる?」
警視庁公安部対外局第九課の課長、海原が部屋に戻ると部下がVtuberの配信を見ていた。
「ああ、課長。仕事ですよ、仕事」
「Vtuberがテロでも計画してたか?」
「核兵器の密売容疑ですね。サイバー課から回ってきたんですよ。ほら、例のAIを使ってネットを監視するってやつ」
「ふむ?」
海原はどうやら部下は遊んでいたわけではないようだと真面目な顔になって、部下の浜田の隣の椅子に座った。浜田がさらに説明を続ける。
「このVtuberは自称宇宙人で、地球にやってくる宇宙怪獣から地球を防衛するって話で、その兵器の一つに核兵器を作るって言ったところに、リスナーから核兵器を売ってくれって連絡あったと配信で話したんです。もちろん断ってますし、製造場所が月か小惑星地帯って言ってるんで、日本国外どころか地球の法の埒外ですね。本当だったとしても罪には問えません」
「それがなんでこっちに回ってきたんだ? そもそもただのVtuberの配信だろう?」
海原もVtuberの配信くらいは見たことがある。ゲーム内容によっては相当過激な発言がぽんぽんと出ることになるし、それでいちいち調査したり取り締まりしたりなど現実的ではないのだ。
「あっちでプロファイリングもしたらしいんですが、真偽の判定は不能だと」
「バカバカしい」
「私も見てみたんですがね。もちろんただの設定だと思うんですが……課長も見てみますか? まとめがありますし」
浜田が一〇分ほどにまとめた動画があるというので、海原は視聴することにした。そうして見終わったあと、改めて海原は尋ねた。
「プロファイリングしたのは佐伯か?」
「そうです」
佐伯は優秀な局員だ。それがわざわざプロファイリングしたというのは、この件の重要性を物語っている。少なくとも調査の必要があると、他局にまで回してきた。
「お前はどう思った?」
「宇宙人という設定は破綻はしていないように見えますね。リスナーも何人も信じているようなコメントを出しています」
ただ宇宙人だという設定だけなら良かった。核兵器を製造するというのも与太話の範疇だ。
「しかしアール国籍にルジアン連邦の大統領府に突撃に核兵器の製造ですからね」
その言葉に海原も頷くしかない。見た目が儚い少女なので騙されそうになるが、正体がテロリストであったとしてもなんら不思議はない怪しすぎる経歴だ。
「確かにこれはうちの案件かもしれん。調べてみるか」
手始めに訪問した警官からの聞き取りと、アール国とルジアン連邦の大使館への問い合わせをすることを決め、二人は動き出した。そうして翌日にはもう調査結果が返って来ていた。
「警官二名のほうは確かにそうとう怪しげな人物なのは間違いないとの返答でしたが、在留資格などに不備はないし危険人物にも見えなかったので追求はしなかったそうです」
「アール国の大使館も書類に不備がなければ国籍は正式なものだという返答だ」
アール国は首都近辺やリゾート地は発展しているものの、それ以外は発展途上国並のインフラしかない。社会保障もろくになく、戸籍の整備も十分。田舎やスラムから出てきて始めて、戸籍や身分証を手にするというのも珍しくないのだという。
「一年前に金銭で国籍を取得したという本人の話が本当だとしても、本当にアール国人かどうかの調査は相当に難しいそうだ」
偽造はほとんどないから問題にはならない。お金で正式なものが簡単に買えてしまうからだ。
「ルジアン連邦のほうはどうでした?」
「大統領府での騒動はかなりの大捕物だったそうで簡単に裏が取れた。時期も合致する」
ルジアン連邦当局は大統領を狙った暗殺者だったと断定。今も指名手配をかけて捜索を続けているという。もし該当の人物が日本のどこかにいるとルジアン連邦当局に知られればトラブルどころか外交問題にまで発展しかねない。海原は大使館へのそれ以上の追求、深入りは避けることにした。
「少なくとも配信で話したことは本当だったと。どうします?」
調査したことで余計に怪しさが増したことに海原は頭が痛くなってきた。ルジアン連邦大統領府の警備隊といえばエリート部隊だ。そこから逃げおおせた人物が、平和的なVtuver活動をしているとはいえ日本に居て、自分の担当部署に持ち込まれたのだ。どこかで耳にした話を自分のこととして語っているだけの可能性はあるにせよ、それを配信で話してしまっているのだ。ルジアン連邦へといつか伝わってしまうかもしれない。
「監視を続けろ。あと当人への接触は避けろよ」
できればこの人物がルジアン連邦での件と関連がなければ、もしくはこの人物が日本で何も騒動を起こさなければそれでいい、そう海原は考えた。
「はい。地球の防衛計画を邪魔はできませんからね」
「馬鹿者。しばらく泳がせておくんだよ」
「了解です。監視はこのまま続けますが、宇宙怪獣のことはどうしますか?」
あえて触れなかった部分に海原は渋い顔をする。
「宇宙は管轄外だ。それともJAXAにでも問い合わせをしてみるか?」
「まだ太陽系外らしいですからね。モコスちゃんも地球の技術ではまだ観測できないようなことを言ってました」
「お前はこの件をどう思う?」
海原は改めて同じことを部下に問いかけた。
「我々の仕事はもしもに備えることです。それが起こらなければ、それでいいじゃないですか」
この浜田もプロファイリングをした佐伯も優秀な局員だ。それがこうも気にしている。勘というのは案外馬鹿にならないものなのだと海原も考えているのだが……
「あまりこの件で時間を取るなよ」
再来月の国際会議に備えて他の局員は出払っている状態だ。
「配信は一日一時間程度ですからね。追いやすいVtuberで助かりますよ」
「それから報告書はあげるな」
「了解です」
正式な報告書にしてしまえば、課で止めても上からは閲覧可能な状態になる。もしこの忙しい最中に宇宙人だ宇宙怪獣だなんて報告を見られれば、一体どう思われることやら。そう海原は考えて心の中でため息をついた。
何もなければ、報告書も作られないままこの件は終了だ。
宇宙怪獣の襲来で地球が終わる? うちが対外局と名がついてるからってこれはさすがに管轄外だろうと、海原は一旦この件を頭の隅へと追いやることにした。対外局でも九課の職掌は広い。他に重要な仕事が常に大量にあるのだ。