第46話 調査報告
伊達道は急に姿を現したモコスにびくっとしたものの、内心はともかく冷静に対処した。
「初期報告があるそうだな?」
モコスが消えていたこと黙っていた浜田をジロリと睨むと、そう切り出す。
「今から見せる《・・・》データは龍漢帝国駐日大使館を起点とした日本の協力者への資金の流れと通信ログです」
銀行やネットワークをさらって出てきたものをまとめただけの、モコスとしてはかなり手抜きしたデータ群である。そのデータ、顔写真付きの履歴書のような形式のものが伊達道の部長室、空中に大量に表示される。
「お、おお……」
またも驚いた伊達道が眼の前に浮かぶ紙に触れようとして実体のないことに気付く。
「ホログラムか……」
最初は紙で持っていこうと思ったモコスだったが、持ち運ぶのには大変な量になったので、見やすさを考えてホログラム形式になった。
「龍漢帝国はかなり広範囲に日本への影響力があるようです。ですからこのデータはあくまで初期調査となります」
日本と隣国である龍漢帝国の交流はここ数年の関係が冷え込んでいるとはいえ、長い歴史がある。交流自体が限定的だったルジアン連邦と違い普通の商売、官民交流、あるいは移民や留学などの人的交流も盛んで、どこからどこまでがスパイや工作員か、判別が難しい部分もあるし、情報を取りこぼさないようにと考えると自ずと膨大な量になる。
「データ量と検索性を考えると地球のコンピューターでは手間がかかりすぎますから、ホログラム形式にしてみました」
ルジアン連邦のデータはそれで大変だったというからモコスが気を利かせたのだ。
「希望するデータを声に出すか、指で動かすかしてみてください」
ふむ、と衝撃から立ち直った伊達道が少し考えて言う。
「社会的地位と流れた資金量で順位付けして、上から名前と地位だけランキング形式で表示するようなこともできるのかね?」
伊達道の要望に即座に反応し、表示が切り替わった。
「うわぁ……」
浜田がリストを見て嘆息をもらす。モコスにはわからなかったが知り合いか意外な人物でも居たのだろう。
「三番目の人物の詳細を」
伊達道の言葉で辿れるだけ辿った資金の流れ。龍漢帝国からの指示内容。そして日本国内での活動内容とその関連性のすべてが表示された。
「いやあ、そうだろうなとは思っていましたけど、こうして出されると驚きますね」
浜田がそんなことを言う。表示されているのは議員として長期に渡って活動している人物で、その政治活動の初期から龍漢帝国からの資金提供を受けていることが記されていた。
「このシステムはいつでも使えるのかね?」
モコスは頷く。データは連絡艇に置いてあるのだが中継機を設置しておけば地球上であれば通信に支障はない。宇宙に出た時用にはデータセンターを設置しておく予定である。
「しかしホログラムは刺激的過ぎるな。事情を知らない部下には見せられないし通常の端末からでも閲覧したいのだが」
「少し面倒ですが、そのようにしておきましょう」
中継機の接続先を変えるのはともかく、地球人のコンピューターに合わせた操作系にするのは手間がかかるのだ。
「このアドレスからログインしてください。アクセスの都合上、使用はこの建物内に限定します。初回は音声認識にしますので名前を名乗ってください。ログイン権は海原さんを含めた三名で? 追加があれば申し出てください」
「データは持ち出してもいいのか?」
「データの扱いはご自由にどうぞ」
モコスは地球人同士の勢力争いには興味がない。そうしてデータへのアクセス方法や要望を聞いているうちにノックの音がした。
『海原です』
「このホログラムを消すには?」
扉の外の海原に応えずに伊達道がそう尋ねる。
「ホログラムオフ、ホログラムオンをキーワードにしましょうか」
「ホログラムオフ」
伊達道のワードでスッとホログラムが消える。
「よし。開けてやってくれ」
浜田が扉を開け、海原が入室し、浜田の横に立ち、伊達道に軽く頭を下げる。そうしてモコスをじっと見て口を開いた。
「初めまして、になるのかな。モコス君」
「初めまして、海原さん」
そう言ってモコスも頭を下げる。礼儀は大切である。そうして海原はモコスを見たまま押し黙る。
「何か?」
「普通だ。わかってはいたが宇宙人には見えないと思ってな」
「見てわかるほど雑な偽装はしません」
そうは言うが、海原の言葉もモコスは分かるのだ。映像越しとリアルの対面では情報量が違う。相手の仕草から息遣いまで、モコスが得られる情報はもちろん、モコスから与えられる情報や対面してできることも増える。
そして海原はまだモコスが宇宙人であることを、偽装が完璧過ぎる故にどこか疑っているのをモコスには感じられた。とりあえずモコスは話を続けようと声をかける。
「続きを?」
「そうだな。とりあえず全員適当に座り給え」
伊達道の言葉に部長室に設置してあるちょっとお高そうな椅子にそれぞれが座り、話が再開される。
「まだ資料は先ほど見始めたばかりだ。ホログラムオン」
海原のために伊達道がそう言いキーワードを発すると、消したホログラムが三人に見やすいよう角度が調整され、そのまま表示された。
「これは……なるほど。こんな経路で資金が……」
ホログラムに少し驚いた海原だったが、すぐにデータに集中しだす。
「海原君、別のも見てみよう。データを一つ前に。これは流された資金額と社会的地位にポイントを付けて順位付けしたデータだ。海原君が見たいデータはあるかね?」
「ではトップの〇〇氏を」
海原の言葉で新しいデータが表示されていく。流された資金が多いだけあって、なかなかのデータ量で、三層にわけて表示された。それを見ながら海原が質問をしてくる。
「これはモコス君が操作を?」
「コンピューターが自動で処理してくれます」
このレベルなら頭脳体の必要もない、ただのプログラム上の処理である。そう聞いて海原は音声や指での操作を繰り返し、これはすごいと感心し、いくつも質問を飛ばしてくる。
調査の痕跡は残さない。地球人がモコスが調べていることに気がつくことはあり得ない。このデータは今は連絡艇にあるが、後ほど独立したデータセンターを設置する予定だ。データは指示するだけで、地球人の端末のどれにでもすぐに転送できる。通常のネットワーク回線を使うわけではないから、セキュリティの甘い場所に転送しなければデータが漏れる心配はない。調査データは随時加えていく。追加の調査や方向性の希望なども伝言としてこのデータセンターに残しておけばいい。
「部長。先に国際会議の関係者を洗ってもらいませんか?」
モコスが捕獲した核テロ予告犯が標的にし、ルジアン連邦が戦術核を打ち込もうとした国際会議はその時期が近づいて来ている。今のところルジアン連邦の新たな動きはない。
「そうだな。モコス君、調査対象の変更になるのだが……」
海原の提案に伊達道も賛成するが、いきなりの依頼の変更にはさすがに頼みにくそうである。
「貸しにしておきます。それで調査先の詳細は?」
モコスにとっては調査手順の自動化が終わっているから、対象が変わったところでちょっとした調整をするだけで終わる程度のことである。かといって当初と違う依頼をするのなら追加報酬が発生するのは当然の話で、地球の報酬を貰っても仕方がないので貸しということにしておいた。
「調査対象のリストを渡す。海外の人物も多くなるが……大丈夫? そうか。ならばお願いする」
国際会議の参加者、随行員。会議の運営や補助、警備をする職員たちが自国以外から、あるいは不明瞭な資金提供や指示を受けていないか。そしてルジアン連邦や龍漢帝国のような日本の仮想敵国が怪しい動きを計画していないかどうか。
モコスは提供されたリストを見て予備的調査の手を伸ばしてみる。G8と呼ばれる主要な参加国は問題がなさそうだが、途上国と呼ばれる参加国の中にはネットワークやデータ管理が貧弱な地域がある。このままではそこでの調査は不十分になりそうだ。
「これは難しい調査になりそうです」
完全な調査とするには直接的物理的探査が必要で、探査地域を拡大するには探査機器が不足している。今後を考え、この機会に増産してもいいかもしれない。
「やはり海外は厳しいかね?」
「それなりの手間と時間をかける必要があります」
伊達道の問いに少し難しいという顔をしてそう答える。乏しい連絡艇の生産能力を振り分ける必要があるのは地球防衛計画の遅れをもたらすことになる。
「予備調査の結果はどのくらいで出せる?」
「国内の情報だけなら明日には」
すでに相当量の情報が集まりつつあるのだが、あまりあっさり提示して見せても有難みもないし、簡単にできるからと仕事を次々と投げられるのも面倒だと、モコスはそう答える。警察への協力は重要度の低い、あくまで片手間にすべき案件なのだ。
それでも、と依頼されて有限な時間とリソースを費やして図らずも手に入れた地球の権力者たちの表に出せないデータ、情報を見てモコスは考える。これは地球の権力者たちの表に出せない弱みだ。悪用するつもりもないが、どこかで役に立つこともあるかもしれない。
「話は変わりますが、モコスさんが来た時に見せてもらったことなんですが」
調査の詳細を更に詰め、後は任用職員としての身分証の受け取りで今日の用件が終わろうというところで浜田がそう切り出した。
「そういえばここに来るまでに時間がかかっていたな?」
「ええ。説明しただけだと理解しづらいと思うんでまたやって貰ってもいいですか?」
そう浜田がモコスに言う。椅子が消えるデモンストレーションでは浜田はかなり驚いていたようだったし、二人にも見せたかったのだろう。それはモコスの危険性を理解させるためであるが、実際モコスが危険な存在であることに自身も異論はないし、貴重な協力者の要望である。
「隠れ身のジツ」
そう言って消えて見せた程度ではもちろん、伊達道と海原は驚かなかったが、椅子の実演をしてみせると二人は相当に驚いてた。
「その技術を我々に提供は……」
「それはさすがにライン超えです」
海原の言葉をはっきりと拒絶する。光学操作と遮音装置はどちらも地球から見ればオーバーテクノロジーすぎる。あるいは確たる理由でもあれば提供できないこともないのだが、その理由もない。
「あー、モコス君。使用はほどほどにね?」
衝撃から立ち直った伊達道もようやくそう言う。ほどほどならやってもいい、つまりモコスの裁量に任せるということである。その言葉にモコスは頷く。
「前向きに善処します」
たとえダメだと言われたところで伊達道に行動を制限される理由はないし、契約でもそうなっているのだ。それに――
「この後は普通に帰りますか? それとも行きと同じように消えてこっそり帰りましょうか?」
「この庁舎に裏口とか隠し通路は……ありませんよね」
浜田が諦めたように言う。新規発行されたパスがあるから普通に出ることは問題ないはずだが、入館記録のないモコスが出ていくことで怪しまれる可能性がある。それに警察の本部、それも公安部から中学生くらいの見た目の美少女が一人で、あるいは浜田に付き添われて出ていくのは確実に目立つ。自分たちの眼の前でセキュリティを突破されてそっと出て行ってもらったほうがまだマシかと考える浜田である。
結局モコスは公安の身分証を受け取ると、姿を消して誰にも気付かれずに庁舎から出て、空を飛んでセーフハウスに戻るのだった。この話はさすがに配信では話せないなと残念に思いながら。




