第34話 顔合わせ
関係者だけが入れる南原宇宙技研の敷地内、管理棟と呼ばれる二階建ての建物の出入り口前で、銀河そらは空を見上げていた。モコスは建物の裏手に潜んで作業をしていたので、銀河そらの死角から歩いていき、そっと声をかけた。
「おはようございます」
「わあっ!? あ、モコス様!」
「すいません、驚かせてしまいましたか?」
「いえ……空から来るものだと思ってたので……」
「地球人は空を飛びません」
空から来たのは事実ではあるのだが、それにしても空を見ていたところで見つけられるものではないと、そうモコスは思いつつも口には出さない。
「え、あ、そうですよね~」
銀河そらは混乱していた。突然現れたモコスに驚いたのもあるのだが、眼の前にいるモコスが人間にしか見えなかったからだ。もちろんモコスの月面リアル顔出し配信も見ていたのだが、配信上での美しい銀髪が今は黒髪で、まるで印象が違ったのもあって、思わず口にしてしまった。
「地球人?」
「どう見えますか?」
そう尋ねられじっと見つめられて銀河そらは顔を赤くした。
(え? なに、この美少女は!?)
黒髪がモコスの清楚さを増し増しにしていたのもあったのだが、元の素材も良すぎた。配信の画面越しでは伝わりきらない美しい造形の顔面に、輝くようななめらかな肌艶。白いパーカーにジーンズという何気ないラフな格好もその美少女っぷりを損なわない。
銀河そらはモコスを宇宙人だと信じていたのだが、その思いが揺らいでいた。モコスは単なる飛び抜けた美少女であるだけで極めて人間らしく見え、そこに宇宙人らしき要素、違和感はまったく見当たらなかったのだ。
そして押し黙る銀河そらに首を傾げる仕草をしたモコスに、銀河そらは陥落した。
「地球人……かな?」
モコスは宇宙人のはずなのだが、銀河そらの目には地球人にしか見えなかった。そこでハタと気がつく。挨拶もまだだし、余裕を持って待ち合わせたとはいえ、配信開始までにすべきことを終わらせる必要がある。
「き、今日はよろしくお願いします!」
銀河そらは宇宙人とか地球人とかどうでも良くなり、そう挨拶をした。今日はこの恐ろしく可愛らしいモコスにお近づきになれる。一日コラボできるのだと。
よろしくお願いしますと丁寧に頭を下げるモコスにでれでれとしながらも、銀河そらはコラボ主催者としての仕事を進めることにした。
「ロケットの資料は読んで貰えましたか? 基本的には台本通りに進めて、モコス様には合いの手を入れてもらえれば大丈夫なのですが、モコス様、専門的なこともお分かりになりますよね?」
「もちろん宇宙には詳しいです。あのロケットも早めに来て見ておきましたから何でも聞いてください」
「おお、さすがです! じゃあまずは広報担当の方にご挨拶と、配信機材のチェックをしましょうか」
そうして人と会ったり説明されたりをモコスは適当に聞き流していた。もちろんデータとして記録して、後でチェックできるようにして抜かりはない。
「モコス様、もしかして眠いですか?」
それでもモコスの反応の悪さに、管制室の一角、配信用に設えたブースに二人だけになった時に銀河そらがそう問いかけた。
「ロケットの打ち上げ、成功させたいですよね?」
「え? ええまあそれはそうです」
話が変わったのに戸惑いながらも銀河そらはそう答えた。日本初の本格的な商業ベースの民間ロケットの打ち上げに期待は大きいし、銀河そらも成功を見たかった。南原社長が有人飛行を目指しているのも知っていたからだ。
「ここだけの話、このロケットはダメです」
「で、でもでも、前回は衛星を軌道に乗せるのは失敗しましたけど、一段目の回収は成功しましたよ?」
ヤタガラス弐型ロケットは一段目を回収して再利用するタイプの経済的なロケットである。七つのロケットエンジンのうち一つを着陸用に使い、洋上を走る大型タンカーで回収するところまで前回の打ち上げでは成功していた。だからこそ今回は完全なる打ち上げの成功への期待が高まっていた。
「実は予定軌道をかなり外れて回収も危ういところでした」
これは公式には出ていない情報である。
「そ、そうなんですか?」
「今のままでは一〇回打ち上げて二回成功すればいいほうでしょう」
「それは宇宙人としての見解ですか?」
「ロケットを調査してシミュレーションした結果です。ロケット自体の性能は十分なのですが、センサーと制御系が甘すぎるんです。だから狙ったところから外れてしまう」
時間をかけて何度か打ち上げれば解決ができる問題である。だがその時間がなかった。
「それは教えて上げたほうが……」
「この話は南原社長とも話したんですが、私が手伝うというのは本気にはされませんでした」
それはまあそうだろうなと、銀河そらは深く頷いた。
「だから勝手にやろうと思います」
「勝手に?」
「勝手に」
「どうするんです?」
「一部改造します」
「大丈夫なんですか、それ!?」
「このまま失敗するよりいいでしょう?」
「それはそうなんですけど、その、良心回路とかも平気なんですか?」
「地球の技術レベルでやってる分には反応しないようです」
「ほんとにやるんですか?」
「もうすでに始めてます」
唖然とする銀河そらにモコスは続けて言う。
「だからしばらく忙しいので配信が始まるまで少し反応が悪いかもしれません。ああ、あともちろんこの話は内緒にしておいてください」
「言っても誰も信じませんよ……」
やっぱり宇宙人なんだ。銀河そらはそう思い、気になることを尋ねた。
「モコス様はロケットの打ち上げを成功させたいんですか?」
モコスは自分の宇宙船を持ち、いつでも月や小惑星帯まで飛んでいけるのだ。地球人のロケットにこだわる理由などないはずだと銀河そらは考えた。
「このロケットはなかなかに有望です。改良が進めば有人飛行にも使えるでしょう」
銀河そらは頷く。ヤタガラスは高燃費で高推力。そして三〇回の再利用可能を謳う経済性。成功すれば世界のロケット業界で抜きん出る存在になることだろう。現段階ではただの願望に近いが月や火星旅行への夢も語られている。だが今のままではスペック不足で軌道投入で限界。今後の改良待ちである。
最初は失敗続きのロケット打ち上げを自分の力で成功させるのはきっと楽しいだろうという程度の思いつきだった。だが調べてみて、その先があることにモコスは気がついたのだ。
「有人打ち上げ用ロケット、ヤタガラス参型をこの場で設計します」
「ゆ、有人!?」
「より高品位の燃料。軽量で高強度な構造材。ハイパワーで高効率なエンジン。洗練された制御プログラムに優秀な位置情報センサー。すべて地球の技術力の範囲内で作れるものです。今あるものの改良に過ぎませんから、良心回路も反応しません」
すでに燃料にはナノマシンが投入され、制御プログラムの変更も行っているが、良心回路は作動していない。
「南原社長の最終目的は宇宙へ生存圏を広げることです」
月や火星へ基地を作る。スペースコロニーで暮らす。それはヤタガラスの潜在能力からすれば決して夢物語ではないとモコスは考える。ちょっとした改良で手が届く範囲なのだ。
「宇宙への進出は銀河連盟加入のもっとも基本的な条件です。地球人に原始的ながらも宇宙へと生存圏を広げる計画があって、あと五年、一〇年かければ達成できる状態にあるとすれば、銀河連盟も地球のことを気にかけるかもしれません」
「なるほど。これも地球防衛計画の一環なんですね!」
モコスは頷く。宇宙怪獣を撃退できたとしても地球が未開惑星のままであれば、モコスが地球に残れるかどうかわからないし、銀河連盟にモコスの行動が露見した時、モコスが無罪となる可能性はゼロに近い。
だがもし地球に銀河連盟に加入する資格があるとなれば? 今モコスが行っているもろもろの違法スレスレの行為も見逃してもらえる公算は高い。モコスは銀河連盟に加盟予定の惑星の恩人ということになるだろうし、銀河連盟としても簡単に処罰はできないはずだからだ。
「そういうことでしたら私も出来る限りの協力をしますよ!」
モコスは頷きながら言った。
「ではこの計画の地球救済委員会の承認が得られたということでよろしいですね?」
アンドロイドは基本的に好き勝手は許されていない。しかも文明レベルに関わることとなれば重大事案である。
「し、承認……私がですか!?」
もちろん銀河そら一人に認められたからといって許される話でもないのだが、地球人の許可を取ったという体裁はとても大事なのだ。
「この計画は出来うる限り内密に進める必要があります。外部には迂闊に漏らせませんから知るのは銀河そらさんだけになります」
表情も変えずに淡々と恐ろしいことを語るモコスに、銀河そらはごくりと喉を鳴らした。
「銀河そらさんが承認しなければ、この計画は白紙に戻ることになります。そしてロケット打ち上げが失敗すれば南原宇宙技研の経営権は大手通信会社の手に渡り、人類の宇宙進出計画は大きく後退することでしょう」
ただでさえ南原社長にも知らせずにやっているのだ。ここで銀河そらにダメと言われれば、モコスとしても押し通すつもりはなかった。
「承認、します……」
そこまで言われて銀河そらは覚悟を決め、ゆっくりと言った。やはりモコス様は間違いなく宇宙人なのだと思いながら。
拙作『ニートだけどハロワにいったら異世界につれてかれた』
コミカライズ版88話更新されました
https://manga.nicovideo.jp/watch/mg1007518
2026年5月8日発売
漫画版「ニートだけどハロワにいったら異世界につれてかれた」15巻もよろしくお願いします




