第33話 ロケット改修作業
地球の技術レベルはこれまでも色々と調べて把握していたし、モノ作りは地球防衛計画でかなりやってきた。確実に成功させる。そう言ってはみたものの、モコスはロケットを改造するのはおろかちゃんと見るのも初めてである。その上今回は制限もある。
地球の技術レベルに抑えること。勝手に改造したのが少なくとも発射までバレないこと。そしてこれが一番の問題なのだが発射まで数時間しかないこと。
発射一時間前から実況配信が始まるし、顔合わせや打ち合わせはその二時間前くらいから予定されている。モコスが一人で居られるのは実質三時間程度だろうか。
ロケットの詳細な調査はすでに終え、改造プランも建てた。連絡艇の頭脳体で走らせた改造後の打ち上げシミュレーションの結果は良好だ。万事計画通りに運べば打ち上げは九十二パーセントの確率で成功する。打ち上げの目的はテスト用の通信衛星の軌道投入である。いざとなればモコスが手ずから運んでやればいいだけだ。とはいえだ、そこまでやってしまえば何かしたとバレるだろうし、失敗ではなくとも成功ともいえない。スマートに行動する必要があった。
地球人のロケットの雑な作りは、大幅な改修どころか新規で作りたいくらいであったが、モコスは改造箇所をたった三つに絞った。
一つ目は制御プログラムである。当然のようにバグがいくつもあるし、全般的な効率も悪い。地球のプロトコルに従い、コードを一から作る。外部からは何も変わらなく見えるようにも偽装もする。ここらへんはモコスのような機械知性体にはお手の物である。さほど時間もかからず、あらゆる事態を想定し、反応速度も良好なコードが完成した。
二つ目はゲル化ケロシン燃料だ。ここは少しだけ手を加える。燃料は発射前にロケットに注入される手筈になっており、今は外部タンクで撹拌中である。金属添加物であるアルミ粒子はケロシン燃料よりも比重が重い。そのままではアルミ粒子が沈殿して燃料として運用できなくなるから直前まで撹拌するのだ。しかし注入直後からゆっくりと沈殿が始まり、それが燃料の不均衡となる。それ以前に燃料のムラはモコスから見ると相当なものだ。
対策はシンプルだ。撹拌用のナノマシンを注入し、燃料を均質化する。燃料が均質化すればロケットの噴射、出力が安定する。ナノマシンは発射後時間で崩壊するように設定し、モコスからの指令でも自壊させることもできる。
今後の打ち上げも考えて、ゲル化ケロシン燃料自体の変更も可能だ。もっと高温高効率での燃焼が可能で、粘度が少なくムラが出にくいアルミ粒子以外の金属粒子を使った燃料案である。今回さすがに差し替えることはモコスであっても難易度が高いが、技術提供の用意はある。むろん地球の技術の範疇で生産もさほど難しくない。
三つ目はジャイロセンサーである。地球の最新鋭は光ファイバーを使用したもので、ヤタガラスのジャイロセンサーはレーザー方式である。どちらも構造は非常にシンプルで制作も簡単だが、今回はヤタガラスに装備しているものと同じ、レーザー方式とした。むろんモコスの手を加え必要な精度を出せるようにする。それを適当な場所に取り付けて、位置や速度情報取得の精度を上げる。
この三つの最小限の改修でロケットの打ち上げを成功に導く。時間も一時間くらい余ったし実にスマートな解だと、モコスは自画自賛した。
『その構造は地球の知的財産権を侵害する恐れがあります』
物質合成機に制作リクエストをしようとした時、連絡艇の頭脳体からの指摘が入る。
「参考にした機器からかなり高機能化したはずです」
『基礎構造が酷似しています』
モコスは考える。知財の侵害は地球的にも銀河連盟的にも重罪だ。具体的にどの部分の特許権を侵害しているのかの調査は今からでもできる。だが時間はかかるし、それで知財を侵害しているとなれば使うことはできなくなるが、さほど時間はかからないし一〇個だけ制作はしておくこととした。
ジャイロセンサーの知財の調査と並行して、モコスは他のジャイロセンサーに利用できそうな理論をネットで探る。
「これが良さそうですね……原子干渉波を利用」
『理論はありますが制作には地球の現在の技術レベルを超えています』
冷酷に頭脳体が告げる。モコスは大急ぎで他の案を探すべく、頭脳体のデータベースや地球の技術論文を精査し、いくつかの技術を調査、確認するのだが、どれも技術レベルが高すぎるか、低すぎてデータの精度が足りないか。それともそのままではロケットに搭載できるほど耐久性がないか小型化できないか。程よい技術を見つけることができない。
「レーザー式ジャイロの基礎構造を変更します。新しい構造パターンの提案を」
頭脳体から提案されたいくつかのパターンの回折構造をシミュレーション上でテストしてみる。どれも精度が足りないか、存在する特許権を回避できない程度の差異しかない構造だと頭脳体の判定が出てしまう。
頭脳体の創造能力は低い。膨大なランダムパターンから使える構造を見つけ出すのは得意だが、それには十分な時間が必要だし、時間を短縮したいならモコスから何かしらの案なり作業方針を示してやる必要があった。あったのだがモコスとてそれほど創造能力があるわけでもない。
『集合時刻の十五分前です。銀河そらと思われる人物はすでに到着済みです。移動を推奨します』
有効な案が出ないまま、ついにタイムリミットを迎えてしまった。
「……最悪、こちらからデータを提供して誤魔化しましょう」
連絡艇か偵察機からの観測データを直接送り込めば、精度に関しては間違いなく、その提案には頭脳体からは反対意見も問題点の指摘もない。
「知財の調査はどうなりましたか?」
『現時点で制作したジャイロセンサーから特許権の侵害にあたる技術が二件、抵触する可能性のある技術が一件、検出されました』
がんばって設計したジャイロセンサーが使えるかもという、一縷の望みも断たれてモコスはがっかりした。
時間切れだ。地球レベルのセンサーの作成など簡単なはずだった。確かにそうだったのだが、それが知的財産権の侵害という形で使用不能に陥った。純然たるモコスの判断ミスだ。個人使用ならともかく、純然たる民間企業の商業ミッションである。特許権の侵害は深刻な問題になりうる。
こんな簡単なミッションすら完遂できない敗北感でいっぱいになったモコスは、とぼとぼと銀河そらが待つ場所へと向かった。




