第32話 南原宇宙技研株式会社
南原宇宙技研株式会社の代表、南原秀一は追い詰められていた。三回のロケット打ち上げ失敗は技研の資金繰りを悪化させ、次の失敗は許されない状況であるのだが、今回の四回目打ち上げの成功を確信できないでいたのだ。
テスト用小型ロケット、ヤタガラス壱型は完璧な成功を収めた。想定軌道までの到達。そして海上の回収船への垂直着陸。
南原の開発した小型燃焼エンジンは高精製ケロシン燃料をベースにナノアルミ粒子を添加した分散ゲル化により、現状のケロシン燃料より高反応、高密度化し約25パーセントの推力向上を実現した。このKR-X2ゲル化燃料とヤタガラス型ロケットの公表されたスペック、低価格高推力は現行運用されるロケットだけでなく、各国で開発が進む次世代型をも圧倒し、だからこそ新興の南原宇宙技研に資金が集まり、三回の失敗の後の四回目の打ち上げにまでこぎつけることができたのだ。
夜通しでのヤタガラス弐型の最終チェックは、南原には問題はないように思えた。三回の失敗要因はすべて潰したはずだ。資金がもうない。発射を延期することも、五回目を企画する体力も南原宇宙技研には残っていなかった。
実のところ今回の打ち上げが失敗に終わっても技研が倒産するなんてことはない。大手通信会社との提携はすでに決定済みで、今後も十分な資金が投入される予定であった。ロケットの打ち上げには莫大な資金が必要になる。今回の成功で衛星打ち上げを受注することで資金繰りは改善する。だが失敗した場合、経営の主導権は大手通信会社に明け渡すことになる。そうなれば数年、あるいは一〇年ほどは大量の衛星打ち上げに忙殺されることだろう。
南原は衛星打ち上げビジネスをしたいわけではない。それは単なる資金集め、通過点で、南原自身が宇宙に出ることが目的だった。できれば月や火星にまで足を伸ばしたい。少年時代に見たアニメの光景。人類が宇宙に進出する時代を南原自身の手で実現したかったのだ。
南原が開発したヤタガラスとKR-X2ゲル化燃料にはそれを実現できるだけの潜在能力、発展性があると南原は信じていた。
「その時のノリで完全自社開発でやる、なんてやったのがまずかったんだろうな!」
そう言って南原はガハハハ!と豪快に笑うのを、モコスはそうなんですねと、あまり感情の籠もらない声で返事をする。真夜中現地に到着したモコスはこっそりと施設にお邪魔し、中に居た南原に話しかけたところ、長々と話を聞かされていた。
「ま、今回うまくやれば、通信会社さんも当分は口出しはできねえしな」
そう言う南原にモコスは首を傾げる。モコスが短時間で調査しただけで、問題のありそうな箇所がいくつも見つかったのだ。今回も失敗する確率は高い、そうモコスは見ていた。
「今日は動画配信で打ち上げの解説してくれるそうだが……お嬢ちゃんはロケットには詳しいのか?」
南原としては軽い宣伝にでもなればいいかと部下のアイデアを許可したのだが、やってきたのはどう見ても中学生くらいの少女で、しかも南原の話にあまりいい反応もしない。本当にちゃんと解説できるのか不安になったのだ。
モコスが聞き流す様子だったのには理由がある。こうして技研のトップに会えたわけなのだが、ロケットを改善するとして、どうすればそれが自然に通るか考えていたのだ。
「私、宇宙とか宇宙船にはちょっと詳しいです」
モコスは宇宙船の搭乗員として必要な知識は一通りあるが、専門家というわけではなかったからそう答えた。
「宇宙船……?」
モコスの言葉にさらに不安になった南原はさらに質問を重ねた。
「じゃあ今回の打ち上げ、正直成功すると思うか?」
「高確率で失敗します」
断言したモコスにさすがに南原も眉をひそめる。
「ほう。なんでだ?」
「簡単に言えばあまりにも作りが雑です」
よくもまあこんなに不安定で今にも分解しそうな脆そうな作りの機体で宇宙に出ようと思ったものだと、モコスは呆れると同時に、これをどうにかするつもりだったことを後悔していた。
「お、おう……」
南原は南原で違う意味でその言葉に心当たりが有りすぎた。南原は技術者、開発者としては天才であったが、物事を勢いで進める癖があったのだ。その勢いでロケットビジネスに参入できる直前まで来たのだからメリットでもあるのだが、どうしても細かい部分がおざなりになる。経営もどんぶり勘定である。ロケットの設計もメインエンジン周辺には注力しているが、他の部分に目が届かなく、それが原因で打ち上げ失敗を繰り返してきた。それは南原の人生で何人かに指摘されたことがある欠点であったし、ここまで無謀ともいえる民間でのロケット開発を進められたいい意味でのいい加減さでもあった。
「だが高確率で失敗はいただけねーな。どこが悪いって言うんだ?」
ロケット開発は南原一人でやってきたのではない。優秀な部下たちが南原の雑さや見落としを補い、完成させてきたのだ。心血を注いで作ってきたロケットを、雑の一言で片付けられるのはさすがに南原も心外であった。
「一番の問題点はセンサー類と制御プログラムの正確性応答性です。前回はそのせいで到達軌道がずれたのでしょう?」
思ったよりきちんと調べてきていると、南原は苛立ちを引っ込め居住まいを正す。
「その部分は今回は修正できたはずだ」
センサー類、特にジャイロセンサーに関しては南原も苦慮する部分だった。日本最高の技術を持つ企業は他のロケット企業へと機器を卸しており、同業他社の南原宇宙技研への協力が得られなかった。
候補のもう一社も民間企業への供与は断られた。ミサイル部品にも転用できる最新のジャイロセンサーは軍事機密でもあるからだ。技術交流を条件に提供する話もあったのだが、南原は軍産企業への核心技術の流出を恐れ、センサーくらい平気だろうと提供を断ってしまった。しかしロケット打ち上げ中の高G下、高振動下でのセンサーの正確な動作は想像以上に精密で高度な技術だった。
「ですが十分ではありません」
モコスはそれを切って捨てる。センサーで得た数値が僅かにずれ、それを制御プログラムが修正しきれない。修正後に拾った数値もまた、ほんの僅かだけずれる。ずれがずれを呼び、やがては修正不能にまで大きくなる。モコスが想定するデータと二桁は精度が足りていない。
「燃料の精製のばらつきによる噴射圧のゆらぎ、移動中の重力変化と重量比での推力の変化量。すべてが最終的な誤差として表れ、今回たまたま成功したとしても後が続きません」
考えてみればモコスがこっそりロケットに手を加えて今回だけ成功しても、後が続かなければ意味がなかった。だからこそたまたま一人で居た技研のトップに接触したのだ。
これは南原としても問題があるとわかっていた部分であった。解決できない問題ではない。何度か地上でのテスト、理想を言えばテスト打ち上げをして改良を重ねる。だが資金不足が開発期間や投入できる人員を減らし、それが打ち上げの失敗に繋がる悪循環に陥っていたのだ。
「わかっちゃいるが……」
眼の前の少女からの思ったより正確な分析に南原は考え込んでしまう。成功させるか、失敗して大手通信会社の傘下に収まるか。大企業のバックアップを得るというのも悪い選択肢ではない。十分な資金に人員、開発期間。関連企業からの支援。南原だけではない。社員の生活もあるのだ。
「私なら打ち上げを確実に成功させることができます」
高確率で失敗すると言い切り、今度は成功させると言う。南原はまじまじと少女の顔を見つめた。状況を理解してないと言うにはロケットのことに詳しそうで、適当なことを言っている感じでもなかった。
「わかったぞ。お嬢ちゃんはどこかの財閥のお嬢さんで、うちに資金提供してくれるんだな!?」
「違います。それだと今日の打ち上げには間に合わないでしょう?」
「じゃあどうする?」
南原はこの眼の前の少女が何を言うのか興味を惹かれ、真面目に尋ねた。
「実は私は高度な技術力を持つ宇宙人で、ロケットの改良のお手伝いができるんです。興味がありますか?」
予想外のセリフに南原は吹き出してしまった。
「あー、その宇宙人というのはスペースノイド的な?」
スペースノイドとは未来の世界で宇宙生まれ宇宙育ちの人類をスペースノイドと呼称し、地球人と区別して呼ぶ有名ロボットアニメの用語である。当然モコスもそのアニメは履修している。
「この場合は異星人、地球外生命体ですね」
眼の前の少女はどう見ても地球人にしか見えない。これは厨二病ってやつかと、南原は首を振りながら言った。
「なんにせよ今から改良は無理だな」
「制御プログラムの改善だけなら? それだけでもセンサー数値の誤差は抑えることが可能です」
「変更したプログラムをテストする時間がない。一発勝負の打ち上げに、何のテストもしてないプログラムを使うわけにはいかないことくらいお嬢ちゃんもわかるな?」
そもそもがこのお嬢ちゃんにプログラムの改良など無理だろうと南原は思ったが、諭すようにモコスに言った。せめて数日あれば。だが当日の朝では何をするにしても遅すぎる。
「高精度センサーの提供に燃料の改善による燃料効率と燃焼安定化。燃焼室の構造改良による高温高効率化と、その高温に耐える得る熱コーティング技術」
どれも地球の既存技術かその改良であって、銀河連盟の技術ではない。燃焼室の改善だけはロケットエンジン内の改造が必要になるから短時間では難しいが、他はモコスなら簡単に用意できるものばかりだ。
「面白いな。今回の打ち上げが無事終われば、改めて聞かせてくれ」
そう言って南原は立ち上がった。窓の外が明るくなり始めていた。管制センターからは朝日に浮かび上がるロケットがよく見えた。
「俺は少し仮眠を取るから……」
そう言って南原は振り返り、少女がどこにも居ないことに気がついた。管制センターといってもそれほどの広さがある部屋ではないから隠れる場所もないし、出ていく気配もなかった。お嬢ちゃんと、そう言えば名前も聞かなかったなと呼びかけてみるが反応もない。
もう南原にできることはすべてやった。後は打ち上げの成否で南原宇宙技研の将来が決まることになる。少女のことは気になったが、南原は狐につままれた気分で部屋の隅のソファーにごろんと横になった。




