第25話 警視庁公安部対外局第九課
「海原課長、ちょっと」
「どうした?」
課長の海原はそう言いつつ部下の浜田の席までやってきた。他の課員も居る。モニター画面では音量は下げられていたが、モコスがいつもと変わらない様子で喋っている。
『警察への協力は前向きに考えておきます。私自身あまり大っぴらにできない立場でありますし、なにかをやるにせよ、まずは警察にお伺いを立ててからですね』
「例の核テロリスト、モコスたんならすぐに探せると言明しました」
そう言って浜田は海原課長の顔を見る。東京で行われる国際会議への核テロの予告。上からは国際会議までに何が何でも解決しろと厳命されている。対テロ特別対策室が設置され、かなりの人数が動員されている。海原と浜田もそのメンバーなのだが、対策室として割り当てられた会議室は居心地が悪いし、Vtuberの配信を見ることもできないので浜田などは必要がなければ九課で仕事をしている。
「佐伯の意見が聞きたい」
サイバー課の佐伯はモコスの件を最初に知らせてきたプロファイリングの専門家である。七十二時間耐久配信は海原課長も少し見たし、月面や小惑星帯での作業も見た。海原としても映像は本物としか思えないがそれは素人判断。プロファイリングの専門家も畑違いな気もするが、その意見すらも確認したかった。
「佐伯は昨日から有給です。全部消化するまで戻らないと」
海原は思わず部下の顔を見る。有給を全部ともなれば四〇日間だ。忙しい時期にまとめてなど普通では考えられない。佐伯と浜田は友人だから何か聞いているだろうと詳しい話を求めた。
「地球が終わる前にやりたいことをやるんだと言ってました。とりあえず海外旅行をするそうですよ」
もちろん有給休暇の申請には地球滅亡うんぬんなど書けないし当然引き止められたが、佐伯は認められなければこのまま退職すると強行したのだ。
「佐伯は信じたのか?」
画面ではモコスが重大発表とやらの海原には興味が惹かれない話をしている。
「地球が宇宙怪獣から助かる確率は低そうだし、仮に生き延びても宇宙人やら銀河連盟のことで休みどころじゃないだろうと」
海原は目をつむってこめかみを揉む仕草をした。ただでさえ核テロの件で進展がなく上からせっつかれているのに、宇宙怪獣に宇宙人に銀河連盟。しかも佐伯はそれを信じ、海原も否定しきれないでいる。この頭の痛さは現実だし、自分も有給休暇を取って病院に一度かかるべきかと現実逃避的に考えていた。
「モコス・イクシスに連絡はつくか? 少しでも可能性があるなら試してみよう」
事件を解決してくれるならこの際宇宙人でもなんでもいい、そう考えて海原は部下に言った。
「SNSは公開していますから問い合わせてみましょう。それで反応がなければ住所はわかっていますから直接……」
『犯人をみつけました』
モコスのその言葉に浜田は喋るのを止めた。
『今も配信を見てますよね。このまま自分で警察に行くのなら私は何もしません。これは警告です。警告を無視をするなら銀河連盟法により貴方の人権は一時的に停止され、日本国の法律、刑事訴訟法第433条による現行犯逮捕が実行されます』
「モコス・イクシスにすぐに連絡を取れ!」
海原はモコスの言葉を欠片も疑わなかった。そしてテロ対策室に移動しようとするが、モコスの配信からも目が離せないで居た。
『すぐに決断は下せないでしょうし少し待ちますが、逃亡しようとすれば阻止します』
「配信中だろうにどうやってだ!?」
浜田から起動し配信画面を映したノートパソコンを受け取りながら、そう疑問を口にする。
「協力者がいるとか配信しながら現地に行ってるとか。アンドロイドだとしたら使えるボディが一つとも限らないでしょうし、本物の宇宙人ならなんだって有りえます。SNSは配信中ですし、さすがに反応はないですね」
『裏でこっそり実行すれば良心回路も反応しないようですし、直接的な接触も今回はしない予定です』
「どうしました、海原副室長?」
部下を連れ対テロ特別対策室に足早に入室してきた普段と様子の違う海原に、メンバーの一人がそう声をかける。しかし経験豊富で優秀な、対外局の一つの課を任される海原課長は足を止め、その言葉にとっさに返事ができないでいた。
海原は信じた。だがモコスを知らないものにどうやって説明する?
「あー、何か新しい情報は?」
海原が誤魔化すように言ったその言葉に、容疑者のピックアップは進んでいるが進展はないとの答え。
『ご安心ください。死人は出ません』
『では警察に通報しようと思います。ええ、もう大丈夫です。彼は意識を無くして部屋に横になっています。当分目を覚ますことはないでしょう』
『音声は載せないようにしましょうか。もしもし。警察ですか? ニュースで見た核テロリストらしき人物の家を見つけたので。はい、はい。いいえ。彼はいま寝ているようですから急いだほうが』
この頃には何人かの対テロ特別対策室のメンバーも画面を覗き込んでおり、海原も状況の展開の早さに流されるまま、見ていることしかできなかった。
『いえいえ。私は善意の第三者ですので。名乗るほどでは。では後はよろしくお願いします。通報終了』
「通報を確認しろ! 即時出動用意! 護送車を出す!」
『後は優秀な日本の警察にお任せですね』
「該当する通報を確認しました! 住所はーー」
通報の真偽は不明だが副室長の海原の確信があるような指令に、Vtuberの配信内容に特に突っ込むこともなく、室員たちはきびきびと動き出す。
そうして静かに到着した住所で意識を無くしている容疑者を確認、確保。ご丁寧に証拠品も並べ置かれており、倉庫からは大量の爆発物を押収した。
「カメラらしきものはあったか?」
「いいえ。どこにも」
海原の質問に現場に突入して戻ってきた浜田が答える。モザイクでの映像は確かに現場の、しかもリアルタイムでの映像だったが、カメラがあるべき場所、その周辺のどこを調べてもカメラはなかったという事実に海原は背筋を寒くした。
意識を取り戻した容疑者は証拠の数々を前に容疑を認め、事件は解決をみた。
とあるVtuberの関与に関しては警察から通報をした市民以上に語られることはなく、それを知る警察官たちにも箝口令が敷かれた。
「課長。これ、どうします?」
「上の判断を仰ぐ」
浜田のパソコンにはルジアン連邦関与の揺るぎない証拠が送られてきていた。
「モコス・イクシスと話す必要がある」
ネットでは大きなニュースになっている。ルジアン連邦の諜報機関がモコス・イクシスに気づくのは時間の問題だ。
それから報告書を作って上司に報告も。
「一緒に来い。直接説明に行く」
「どこまで説明するんですか?」
「洗いざらいするしかなかろう」
海原の頭の痛い日々はまだまだ続くことになりそうだった。
【駐日ルジアン連邦大使館】
「やつが何かヘマをしたのだろう。やはり素人に任せるのではなかった」
駐日武官エゴロヴィッチ・フラムチェンコフは部下の報告を聞き、そう呟いた。テロ予告はルジアンの工作員が行い、犯人につながる線はそもそも存在すらしないはずだった。連絡用のスマートフォンも押収されたところで隠蔽は完璧で、特殊なアプリでのやり取りは高度に暗号化され、通信ラインも幾重にも偽装され辿るのは不可能。日本の警察などでは辿り着けない。薄々感づいてはいるだろうが、ルジアン連邦が裏にいるとは教えていないから、逮捕はルジアン連邦の痛手とはならない。
テロ予告をし警戒厳重な中での爆弾設置など、素人の個人に簡単にできるものではない。捕まった日本人はただの囮、陽動にすぎない。爆弾まで与えたが成功しようが失敗しようがどうでも良かった。作戦はプロの手により決行され、日本人による各国首脳へのテロという罪を被ってもらう計画で、しかしそれが実行前に逮捕されるなど予定外の事だった。
モコス・イクシス。大統領閣下の暗殺未遂犯。
日本での住所はアール国に非公式に問い合わせると簡単に判明した。罪状は死刑に値するものだったが、宇宙人を名乗る頭のおかしい小娘の処分をするためにこのタイミングで日本で騒ぎを起こすほどでもないと、しばらく放置することになっていた。
しかしこうなると大統領暗殺未遂という罪状も真実味を帯びてくる。警備隊が手柄を上げるために針小棒大に事件を大きくしたのだとエゴロヴィッチは考えていた。その警備隊の責任者は取り逃がした罪で更迭されているのだが、モコスの普通じゃない雰囲気、能力を感じ取ったのかもしれない。他国の工作員にしては動きが派手すぎるがそれすら偽装のためと思えてくる。
「モコス・イクシスを捕らえるのだ」
そうフラムチェンコフは部下に命じた。二度、ルジアン連邦を出し抜いたのだ。もはや捨て置くことはできなかった。




