第22話 幕間 地球への帰還
【国際宇宙ステーション】
『すごい!彼女は本当の宇宙人に違いない!!タナカサン、彼女をステーションに招待しよう!(Wow! She must be a real alien!! Tanaka-san, let's invite her to this station!)』
モコスの七十二時間耐久配信は最後に小惑星開発の進捗を確認した後、小惑星から離脱、地球への帰還の途へとついた映像をもってグランドフィナーレを迎えた。国際宇宙ステーションの面々は途中から視聴していたのだが、その発言を大きな拍手で賛成した。
『それはできないよ、スティーブ(That's not possible, Steve.)』
『どうしてだい?(Why not?)』
『彼女は銀河連盟に属していて……(She belongs to the Galactic Federation…)』
田中は先日の国際宇宙ステーションの騒動以来、モコスの配信を視聴しすっかり魅了されていた。それで切り抜きやwikiなどで得たばかりの情報、銀河連盟の法や良心回路の危険性について仲間の宇宙飛行士たちに説明をする。耐久配信での宇宙怪獣の映像も見せ、その監視のために地球に残った経緯も説明した。
『ふむ。結局のところ、これは日本の新しいアニメなのか?』
一人の発言でいつもの議論が沸き起こる。本物だ。小惑星の映像はフェイクには見えない。いや宇宙怪獣なんて居るわけがない。本人もCGだと言ってるじゃないか。
『わからないよ、スティーブ。でも本物だとすれば確かめるのは危険すぎる』
『良心回路とは厄介だな。どうにか我々の政府に警告を発することができないものか』
『一度ルジアン連邦に知らせようとしたそうだぞ。でも門前払いを食らった』
『オゥ。よりにもよってルジアン連邦に行くとは。ああ、すまない。セルゲイ、君の祖国を悪く言う気はなかった』
『タナカサン、その話をもっと詳しく』
セルゲイがそう田中に乞う。
『うん?彼女が地球に来てすぐ、一度は警告すべきだと考えて、地球での一番の権力者が誰かを調べて接触しようとしたんだ。地球には統一政府がまだないからね』
『ハハハハ!確かに権力という点なら彼が一番だね!』
『しかしアポもなく宮殿に出向いた彼女は当然ながら門前払い。それどころか怪しいやつと捕まりそうになって逃げ出したそうだ。その後、彼女はアール国に渡って……』
セルゲイは興味深そうに田中の話を聞いていて、もう一人のルジアンの宇宙飛行士がさり気なく場を離れたことに誰も気が付かなかった。
『宇宙怪獣は観測できないのか?』
『まだ太陽系外だし正確な位置がわからない限り無理じゃないか? それに発見したとしてもただの小惑星に擬態しているんだ』
『しかし宇宙怪獣を探索しろなんて言った日には頭がおかしくなったと思われて、帰還命令が出てしまうぞ』
その言葉にその場に半分くらい残ったステーションのクルーたちは頷くしかない。暇つぶし、あるいは興味を惹かれて集まってきていたもう半分は宇宙怪獣の話の時点で馬鹿らしいと仕事や休みに戻っていった。
『タナカサンのところは下から調べろと言ってきたんだろ?』
『どうやら職員の一人が勝手に要請したらしくて、彼はいま謹慎処分を受けている』
その返事に残った面々は一様に困った表情だ。信じる信じない以前に、信じたとしてそれをどう扱えばいいのか。証拠もなしに、日本のVtuberの証言と配信映像だけで宇宙怪獣が居るのだと主張したところで信じてもらえるとは到底思えないし、ようやく得た宇宙飛行士という地位も失いかねない。宇宙飛行士はとても競争が激しい。誰だって宇宙怪獣の話を真面目に論じて頭がおかしいと思われたくない。高い地位や重要な職に付いているならなおさらである。
しかし彼らは本物の宇宙を知っているだけに、信じないと言った者でさえモコスの映像の信憑性の高さ、フェイクでは有りえないリアルさが理解できたのだ。
『それとなく上司や親しい同僚に知らせるというのはどうだろうか?』
『面白いVtuberを見つけたと雑談がてら話せばいいか。国際宇宙ステーションや小惑星の映像はフェイクだとしてもとても興味深い』
『どのみち我々地球人にできるのはモコスを応援することだけなんだ』
・耐久配信終了二十四時間後【ニュース記事】
【匿名のアマチュア天文観測家、30個以上の未発見小惑星を観測】
……そのうち一つは地球近傍を通過すると見られ、日本国立天文台ハワイ観測所では追跡調査を実施する予定で、今後はNASAとも連携して……
・耐久配信終了四十八時間後【国際宇宙ステーション】
『デブリ衝突警報!』
『でかい!これは当たるぞ。軌道はジャパンモジュール及びユーロモジュール方面!総員スーツの着用と各モジュールの閉鎖を……』
『待て。速度が遅い。これは……当たっても被害はまずない速度だ。衝突予想時刻は二十五分後。なぜこれほど近くなのに発見が遅れた?』
『カメラでも捉えた。なんだこれは?カーゴか?ステーションのどこかから分離でもしたのか?』
『投下したゴミカーゴがなんらかの原因で戻ってきたのかもしれない。船外活動で回収してみよう』
『カーゴになんのマークもない。どこの物か判別できない』
『誰かのいたずらかもしれない。衝突警報は解除。デブリ衝突は約二十分後。衝突前に船外活動で回収予定』
『危険物かもしれないから用心しろよ。中身の確認ができるまで警戒は維持』
『開いた。中身は……岩石がたくさん?これは水?氷か?すべて個別の円筒形のガラスに封入されているようだ。おや、メモがある。小惑星ゼピューラのサンプル? 裏にUSBメモリが付いてる。どうすれば良い?』
『下の判断を仰ぐ……回収とのことだ。慎重にな』
状況をモニターしていた地上の管制からはすぐにそう返事が来た。
『時間は合う』
『なんのことだ?』
『モコス・イクシスの地球への帰還予定時間。そして小惑星ゼピューラは彼女が居た小惑星の名前だ』
モコスの帰還は配信終了後四十八時間となっていた。それは重力発生装置の出力を抑えたせいである。地球からの出発は地球重力を隠れ蓑に重力発生装置の出力を大きく上げられた。しかし微小重力しか存在しない小惑星からでは宇宙怪獣の探知の可能性があったため出力を抑え、地球への帰還は行きの倍以上の時間がかかることになった。
『……ずいぶんと手の込んだ、たちの悪いいたずらだ』
『カーゴは突然現れたとデータは示している。警報以前の痕跡が全くない。あのサイズで接近を見逃すなどあり得ない』
『モコス・イクシスが帰りがけに投下していったのか』
『本物……本物だとしてどうする?』
『下に判断を仰ぐ。それまでサンプルにもUSBメモリにも触らないように』
『やっぱりモコスは本物の宇宙人だったんだ!』
『しかしどう報告すればいいんだ、こんなこと?』
『ありのままに報告すればいい』
『宇宙怪獣のこともか』
『それに関しては我々が関知するところではない。報告は誰かが監視システムにまったく気づかれずに岩石サンプル入りのカーゴを置いていったということだけだ。サンプルが本当に小惑星のものなのか、モコスが宇宙人なのか、我々の判断するところではない』
賢明な判断だと同僚は頷いた。
結局のところ情報は何のリアクションももたらさなかった。公式の情報とは別にモコスのこともさりげなく雑談の一環、ただの可能性として伝えられたのだがそのことが返って情報の扱いを難しくし、情報は上に上がる段階のどこかで握りつぶされるかたらい回しにされ、誰も最終判断をしないままなし崩しに未処理案件の一つとなった。
もとより各国の寄合である国際宇宙ステーションという責任の所在が曖昧な組織での出来事であることもあって、小惑星のサンプルは国際宇宙ステーションの倉庫に眠り、データは一応確認されただけに終わった。宇宙飛行士たちはモコスのことを気にしつつも日常の業務に戻っていった。
地上の人間がモコスのことを知ったとしても、宇宙怪獣や銀河連盟のことが公式に論じられることは皆無だった。誰もが重要な地位、競争の激しい職についている。宇宙怪獣なんて馬鹿なことで騒ぎ立て、それを失う危険を冒せなかったのだ。
唯一日本の情報だけは文部科学省のトップ、政府与党の大臣にまで届いたのだが、その情報はそぎ落とされ正体不明の岩石サンプルが国際宇宙ステーションで発見されたという最低限の事実のみを記した報告書類だった。それに軽く目を通した大臣は文系出身者だったこともあり、その重要性に気づくこともなく書類はどこかにファイリングされるだけに終わり、一旦忘れ去られることとなった。
【ニュース】
来週東京で開かれるG20プラス5サミットに爆弾テロの予告があり警視庁は警戒を強めている。
テロリストは宇宙人から手に入れた核兵器を使用するとの意味不明のメールを送ってきており、警視庁はただの愉快犯ではないかとの見方を強め、犯人の特定、摘発を急ぐとの発表をしている。(以下詳細――)




