第20話 七十二時間耐久配信
収益化記念配信分の投げ銭のお礼読み上げも八割ほどを消化したところで、モコスは新しく投稿された五万円の限度額いっぱいの投げ銭に目に留めた。モコスが七十二時間耐久配信での要望を聞いた結果が、地球と小惑星間の通信ラグである四十分ほどの経過でようやく入り始めたのだ。
投げ銭の読み上げ自体は盛り上がる要素のない配信ではあるが、画面の映像は作業中のロボットを追って動き回り、それなりにリスナーを退屈させないようにしてあった。モコスが簡単な指示を出した後、動かしているのは搭載艇の頭脳体であるが、リスナーからは今のところ不満の声は出てない。
「この小惑星の探査ですか。確かに質量弾として消えてしまう前に記録に残しておこうというのは理に適っていますし、心情的にも理解できます」
高額の投げ銭である。もとの読み上げを中断し、詳細に書かれた小惑星の探査項目をモコスは読み上げる。
内容は小惑星表層の物質のサンプル採取。なるべく地下深くの物質、可能ならコアとその周辺からのサンプル採取。小惑星全体の形状や形成する物質、質量と軌道の分析データ。採取したサンプルの持ち帰り。無理なら年代測定や詳細な組成の分析。この小惑星周辺の小惑星の分布。小惑星表面及び内部の太陽風や宇宙線の影響。
モコスが頭脳体にそのまま要望を流して確認をすると、コアのサンプル採取以外はすぐにも実行可能なようだった。その旨を話す。
「五〇〇キロもある小惑星ですから、コアの採取は手間がかかりすぎます。三日間では無理ですね」
実行すればむろんその分、防衛兵器生産は遅れる。しかし兵器による防衛計画はあくまで足止め。宇宙怪獣を倒すのは不可能である。本命は銀河連盟による宇宙怪獣討伐艦隊の招聘で、そのためのアニメとマンガの取得による銀河連盟通貨の獲得。ひいては地球人が救う価値のある種族であるという証明である。そのために多数の地球人の協力者を早急に集める必要があるのだ。モコスの知名度は未だ低い。人気獲得のためにできることはするつもりのモコスである。
「搭載艇のビームで中心部まで掘り貫くことはできますが、そこに投入する作業用ロボットを振り分ける余裕が今はありませんし、何の処理もない立坑だと長距離を往復する間の事故リスクも高いです。小惑星は重力が弱い分、地球以上に地盤が脆くなってますから」
リスナーのリアルタイムの反応はもちろんないから、モコスはこの場で判断することにした。サンプルは採取して分析、一応持ち帰る。コアの採取は今回はなし。汎用の作業用ロボットの製作には手間がかかるから、失うリスクは今は避けたい。
二〇箇所のサンプル採取。分析と保存処理。偵察機での小惑星全体の探査。タスクの詳細を詰めて、搭載艇の頭脳体にキューを送っておく。タスクが決まったらスケジュール管理をしている頭脳体に後はお任せである。
それから望遠鏡を設置して宇宙の観測ができないかという、これも五万円を使った投げ銭での要望があった。
これは手元にある偵察機に多少手を加えるだけで可能だ。モコスに残されたいくつかの偵察機は純然たる銀河連盟テクノロジー製である。そのままでも遠近両方に使え、初歩的な地球の観測衛星を数百倍上回る観測性能を持っている。本来であれば宇宙怪獣の観測のために残された装備だが、動き出すまで小惑星に残して他の用途に使っても問題はない。宇宙怪獣が動き出せば、そのまま本来の偵察用に使えばいい。
問題は地球人の能力以上の観測データを渡していいものかということである。星図、航路情報というのは戦略的経済的価値が高い、銀河連盟外に軽々しく出していい情報ではないがリスナーの強い要望には応えたい。
「光学的観測に特化するには大型の集光システムをオプションで付ければいいんですね」
これも頭脳体に制作リクエストを送っておく。
偵察機自体はすぐにでも出せるが、専用の装置により性能は大幅に向上する。地球と太陽系近辺の観測データを収集しておけば役に立つことがあるかもしれないし、地球人に見せるデータは地球製の観測衛星のレベルに制限、フィルタリングしておけばいいとモコスは結論付けた。
「ジェイムスウェップ望遠鏡、JMSTというのが最新鋭なんですね。偵察機は観測専用ではありませんが同程度のデータの収集は可能ですし、オプションを付けることで地球人レベルの観測データなら楽に取得することができます」
JMSTの詳細なデータはなかったがだいたいこの程度であろうと優秀な頭脳体は推測し、モコスもそれを承認する。
太陽系内の観測に関しては制限はなくとも良いだろうとモコスは判断を下した。系外については、地球の観測衛星並にデータ量を抑えることとした。
今のところ高額の投げ銭や、変わった要望はそのくらいだったので、しばしモコスは投げ銭の読み上げに戻る。コメントの要望はこれまでの配信でも出たものと代わり映えがしないものが多い。ゲーム配信。ホラーの要望多め。歌枠。雑談。宇宙怪獣や銀河連盟の情報。ASMR。モコスの顔出し。他のVtuberとのコラボ。映画やアニメの同時視聴などなど。
要望をリスト化しているうちに投げ銭の読み上げが終わる。
「これで記念配信の投げ銭の読み上げが終わりましたので次の企画に移ります。偵察機の準備ができたので、射出します」
モコスがそう告げると映像が銀色の壁面らしきものに変わる。
「スリー、ツー、ワン、リフトオフ」
映像が素早く流れていく。モコスの乗る搭載艇、生産拠点と作業用ロボットたちを眼下にし、さらに遠ざかりつつ小惑星全景を画面に収めたところで映像は停止した。
「ここからではもう拠点を見ることはできません。ですが念の為、施設に隠蔽処理を施します」
モコスがそう言うと、映像が小惑星に寄っていき、搭載艇と生産拠点を再び画面に収めた。が、すぐに映像から搭載艇も生産拠点、作業用ロボットが消え失せた。見えるのは通常の小惑星の表面だけである。
「これで通常の光学探知からは逃れられます」
カメラが舐めるように小惑星の表面を動き回っても、もはやそこに搭載艇や生産拠点はもちろん、作業用ロボットが採掘した痕跡すら見分けることができなかった。
「ではデータを収集しつつ小惑星を周回してみましょう」
小惑星は太陽側は辛うじて明るさはあるが、他面は真っ暗だったのでリスナーに分かりやすいよう映像に補正をかけてある。
地味で代わり映えがしない。月でも思ったらこんなものを見てリスナーは楽しめるのだろうかとはモコスは思うのだが、宇宙に足を踏み入れたばかりの種族には物珍しいのだろうと思い直す。時折カメラを操作しながら、大きさも相まってじっくりと時間をかけて周回をしたところでデータから小惑星の3Dモデルを作成し、画面に表示させた。
「推定質量、大まかな資源分布、軌道予測……」
モコスが読み上げながら画面に数値を表示していく。小惑星の形状は球形に近く、正確な直径は512.8キロメートル。推定質量は1.9x10²⁰キログラム。表面重力は0.205メートル/秒²。脱出速度318.5メートル/秒。組成はケイ酸塩が質量の80パーセント、金属類15パーセント、硫化物3パーセント、水・水含有鉱物0.8パーセント、有機物0.002パーセント。その他が空隙や微量元素となっている。
ケイ酸塩とは要は岩石だ。月や地球の地殻やマントルを構成する主要鉱物である。金属類は鉄・ニッケル合金が主成分となっている。
「なかなか良質な金属採取小惑星ですね。防衛兵器生産に必要な資源はここだけで十分得られそうです。公転周期は3.7年。軌道離心率は0.10、軌道傾斜は7°ほどでーー」
モコスの読み上げに従って配信画面に新たなデータが加わっていく。
【とある大学、研究室】
「こ、ここまで詳細な分布が分かるのか!? サンプル採取の要望……有機物のある地点を重点的に……ああっ、もう投げ銭が上限だ!? モコスたん通常メッセージだけど気づいてくれ!」
画面に映る小惑星の3Dモデルから質量の80パーセントを占めるケイ酸塩が消され、金属や有機物の分布が視覚的にわかりやすく表示されていた。これも貴重なデータであるが、中でも有機物の情報は太陽系の生命の起源を探る上で、恐ろしく重要なサンプル、情報となる。
「サンプルを手に入れたいが、使える分析装置がない。教授は俺の話を全然信じないし……」
狭山史郎は地方であるが国立大の助教授だった。宇宙関連の学科はあったがロケット開発や実際の宇宙空間などにはまったく関わりもなく、他の大学や機関からデータをもらったり、宇宙論や地球物理学を細々と研究、学生への指導をするだけで、予算も研究設備もほとんどないという体たらくだった。教授も宇宙論に関しては権威であったが、やはり実際の宇宙開発には関わってこなかった研究者だった。むろん狭山ももっと宇宙やロケット開発に関わる大学や研究機関に就職したかったが、そのような場所は競争率も恐ろしく高い。宇宙関連の研究をしている学科に入れただけ、狭山はまだ運が良いほうであった。
「サンプルを手に入れたところでどうしようもない、か……」
他の機関に持ち込む、あるいは学会発表や専門誌に発表する。データやサンプルがVtuberからなどと言えば大学はクビ、学会からも追放されかねない。出どころ不明も論外。そう考えて狭山はがっくりと肩を落とす。
配信では小惑星のデータ取りは終わったようで、画面が太陽系の星系図に変わった。
『では次に太陽系内の小惑星の分布を探査してみます』
画面の太陽系図がモコスのいると思しき地点から、すごい勢いで埋まっていく。
『データが多すぎるので一〇〇メートル以下の小惑星はフィルターしましょうか』
それでも小惑星の数は相当なもので、ズームにしてようやく個々の小惑星が狭山にも見分けられるようになった。近隣であれば1センチ大の小石であろうと探知できるとモコスが誇らしげに言っている。
「一緒に軌道まで分かるとかとんでもない高性能だな」
画面の表示範囲は徐々に広がっていっている。時折ズームしてはモコスが気になったのか配信に変化を付けるためか、個別の小惑星を注目したりしているのを狭山は食い入るように見つめていた。
「もしかして地球周辺の小惑星も探知できる?」
狭山はモコスの言葉を思い起こす。たしか太陽系内と言っていた。狭山はメッセージを打ち込んだ。
「地球近傍を通過する小惑星、あるいは衝突する小惑星を微小サイズまでピックアップできないか……と」
このメッセージが届くまで二〇分。それに反応が帰るまで更に二〇分かかるが、狭山にはどうでもよかった。すでに三日間の有給休暇の申請と講義の休講を通知してある。
「もしどの機関も探知できない地球周辺を通過するか衝突する小惑星のデータを示せれば……」
それはモコスの、宇宙人の実在証明になるはずだ、そう狭山は考える。それがどのような結果をもたらすかはわからないが、きっと何かの突破口になる。そう信じてじっと配信を見続けた。




