第16話 【収益化記念】 Vtuber、地球史上初の宇宙へ…… 【モコス・イクシス】
【配信開始前、チャット欄】
:枠立った!
:投げ銭はまだ解禁してないか
:宇宙マジで行くのか
:本物の宇宙船が見れるのか?
:地球史上初とまで書いたんだからちゃんと行くんじゃないか?
:俺はネタだと思うぞ
:配信画面だけで宇宙です!って言われてもわからんしな
:だからモコスは本物だって!
:宇宙人が実際居るにしてもいきなり宇宙怪獣とか銀河連盟とか言われてもなあ
:しかもそれがなんでVtuberやってんだって話だよ
:なぜVtuberかはモコスがちゃんと説明してたじゃん
:それが単なる設定だって話
:そうだな。モコスは人間くさすぎる
:それは高性能アンドロイドだし
:なんにせよ、確たる証拠はまだ何にも出してないわけで
:3Dモデルとかハッキング能力とかもあるだろ
:それはモコスが天才技術者か、バックに組織がある説で説明できる
:組織論は目的が不明瞭すぎるって否定された
モコスが配信枠を立てるなり、数十人が即座に参加して議論が始まる。最近はいつもこんな雰囲気である。宇宙人である証拠は出そうと思えばもちろんすぐにでも出せるのだが、露骨な情報開示はやはり危険で、モコスとしても迂遠な方法を取らざるを得ないのが心苦しいところではある。
そうして配信時間となった。モコスの立ち絵と文字だけの簡素な配信画面が真っ黒に変わる。
:始まった?
:配信事故か?
:いやなにか見える
:水面?
暗い水面がもこりと盛り上がると銀色の曲線を描いた何かが水面上に現れ、水が流れ落ちるざざざーという音とともに少しずつ上昇していく。画面がゆっくりと遠ざかり、やがて物体の全景がカメラに捉えられた。
:これ宇宙船か!?
:実写?
:CGだろ
夜の水面に浮上したのはもちろんモコスの乗る搭載艇、小型の宇宙船である。全面滑らかな銀色の金属で構成された凹凸のない流線型のフォルムは、魚やスポーツカーにも似た空気抵抗の少なそうな鋭い形状をしている。
:水の落ちる感じからするとかなり大きいのか?
:50メートルくらいはありそうだ
:宇宙船かっこいい
やがて搭載艇は船首を直上へと変え、水面から遠ざかるように動き出した。高度があがるにつれ、搭載艇に固定されたとおぼしきカメラが地上の明かり、夜景を映していく。
:これ東京湾だな
:やっぱ実写だろ
:リアルタイムの映像なら望遠鏡で見つけられないか?
:実写だとすればカメラアングルがおかしいだろ。宇宙船と一緒に飛んでることになるぞ?
すぐに東京、関東、日本全域と画面は移り変わっていき、ついには地球の全景が映りだされたところで動きが止まった。そしてカメラが宇宙船から外れ、眼下の地球が映し出される。
「はい、こんばんにゃ! 本日はVtuber初の宇宙からの配信をお送りする、宇宙人系Vtuber、地球救済委員会委員長モコス・イクシスですにゃ!」
モコスの3Dモデルが画面に右下に表示され挨拶をする。いつもの上半身だけの立ち絵である。
:こんばんにゃ!
:一気に嘘くさくなった
:宇宙すごい
:地球が美しい
:だからCGだって
:モコスたんおいすー
「ご覧の通り、地球衛星軌道上での搭載艇からの配信となっております。信じられない? CGだろう? もちろんこれはCGです。実写なわけないじゃないですか」
:だよね~
:なんだ、残念
:いや実写だろこれ……
「ちなみに望遠鏡を向けても光学的に隠蔽されているので私の船は捉えることはできません」
:じゃあ宇宙からの配信って嘘だったの?
:発言が矛盾してるぞ
「これは本音と建前ってやつです。建前上はCGということにしておかないと支障が出ますので、本当はちゃんと宇宙に出ています。えーとそろそろ……あ、来ましたね。国際宇宙ステーションです。搭載艇を寄せてみましょう」
なにか映えスポットはないかと目立つ国際宇宙ステーションを狙って移動してきたのだ。
:ISSだ!
:CGにしてはよくできてるなー(棒読み)
:本人がCGって言ってるんだからCGなんだよ
「んー、やはり原始的ですね。こんな防御も何もなさそうな宇宙ステーションを作るなんて、地球人はなかなかに勇気があります。かなり近寄りましたが国際宇宙ステーションからももちろん私の船は見えません」
:またすぐ地球をディスる
:ISSも本物にしか見えないぞ
:よくできたCGだ
:数分で海面から軌道上まであがって今は国際宇宙ステーションに追従してるとか設定に無理がある。カメラアングルも変だし、よってこれはCG映像
「カメラですか? これは光学情報を遠隔で取得してますので実体のあるカメラで撮影してるわけじゃないんです。だから搭載艇からあまり離れなければアングルは自由自在です」
モコスがそう言うとアングルが地球からぐるりと回転し、広大な宇宙空間を映し出した。
:おお~
:宇宙きれいだね
:CGだって言われればそうだし、実写って言われてもわからないから判断がつかない
:CGに決まってる
:どっちでもいいよ
映像だけではやはり限界だろうとモコスは配信を進めることにする。CGだと言われればそれまでだからだ。さりとて具体的な証拠、たとえば直接この船を見せることなどはリスクが高すぎる。
「国際宇宙ステーションから離れます。光学的に隠れてるとはいえステーションには観測機器がたくさんありますから、何かの拍子で見つからないとも限りません」
:隠蔽もそれほど完璧じゃないんだ?
「搭載艇の標準装備ですから、性能的には専用装備ほど高くはないものですので。では特設スタジオに移動します」
なにやら突然慌ただしく動き始めた国際宇宙ステーションから遠ざかると、画面がパッとライブステージのような場所に切り替わった。
:えー、宇宙もう終わり?
「今は宇宙に出ているので後でいくらでもお見せします」
そう言いながらモコスがふわ~っと浮きながら出てきた。
:無重力だ
:3Dじゃん
:あっあっ、見えそう
「下はスパッツなので平気です。それでですね、今日は宇宙に出ることだけ決めて何をするか迷ったのですが、記念配信はライブをやることが多いようですね。ですので歌枠をしようと思います」
:宇宙に出てまで歌枠は草なんだ
:でもVtuberっぽい
:CGが尽きたんだろ?
:投げ銭は?
「それから投げ銭ですね。みなさんの応援の甲斐もありまして短期間で収益化にこぎつけたことにまずは感謝を。ありがとうございます。では投げ銭およびメンバーシップを解禁します」
そう言ってモコスが配信サイトで投げ銭機能を解放したとたん、赤枠の投げ銭がいくつもチャットに流れていく。
(※一万円以上は赤枠がチャット欄に表示される。五〇〇〇円だとオレンジ枠と見た目で判別できるようになっている。一〇〇円からで上限五万円)
:投げ銭だーのりこめー
:一番乗りじゃあああ
:収益化おめでとう!
:メンバー入りました!
五万円の上限赤枠がいくつも。一〇〇〇円や五〇〇〇円といった比較的少額の投げ銭も一気にチャット欄に流れてくる。メンバーシップも続々と増えていく。
「ありがとうございます。ありがとうございます。収益は地球防衛のための活動資金に充てさせていただきます」
:これで宇宙人じゃなかったら詐欺じゃね?
:宇宙人とか関係なしに投げ銭はVtuberに対する応援行為だろ
:いま地球防衛のための活動資金にって言っちゃってるじゃん
「安心してください。私が宇宙人なのも地球がピンチなのも本当ですので」
:それなら安心だあ、ってなるか!
:俺は信じてるから全力で支援する
:正直信じてないけど応援の投げ銭だ
「そうですね。各自、納得のできる範囲で支援していただければと思います。あとですね、歌枠を終えたあとは続けてメンバーシップ限定配信を行います。そちらで宇宙配信の続きと、ちょっとしたサプライズもご用意してますので、メンバーシップ加入もよろしくおねがいします」
話している間も続いてた投げ銭とメンバーシップ加入のログがさらに加速する。
:良かった。せっかく宇宙に出たのに消化不良気味だったんだよね
:もっといろいろ見たかったよな
:<50000円>国際宇宙ステーションはもう映せない?
:メンバーシップ入るか。俺はまったく信じてないけど
国際宇宙ステーションをもっと見たいといういくつかのコメントに五万円の投げ銭まで来ていたが、国際宇宙ステーションは先程から活発に動き出し、どうやらこれからお仕事のようである。見つかっても困るし邪魔しては悪いとモコスはコメントをスルーすることにした。
「では一曲目です。【私の彼ぴは宇宙飛行士】です」
:アニメ曲じゃねーか!
:もう銀河連盟の曲はやらないの?
:でも宇宙の曲微妙なの多かったし、こっちのがいいかも
:モコスたんが歌ってくれるならどっちでもいいよ
:それにしてもあの3Dモデル、どうやって浮いてる感じだしてるんだろ
:無重力に決まってるだろ
:あ~、歌いながらくるくる回るモコスたんがかわいいんじゃ~
やはり地球の人気曲は好評である。流れる応援コメント、投げ銭を見ながらモコスは機嫌よく歌う。
「【私の彼ぴは宇宙飛行士】でした。投げ銭のお礼ですか? やってもいいですけど、地球防衛に充てる時間が減りますけど大丈夫ですか? 大丈夫じゃない? では申し訳ないですが、投げ銭の読み上げはできる時だけということでお願いします。このあとはこのまま出発……いえ、なんでもありません。そこらへんはメンバーシップで」
:もしかしてこのまま小惑星帯に出発するのか!
:そっちの映像も見れるってこと!?
:そういえば地球での生産が終われば行くって言ってたね。もう準備できてたのか
「では二曲目です。ああ、宇宙の曲ですか。まったくやらないのはがっかりする人も居るでしょうから、最後の一曲だけやりますね」
:やったー
:さすがにネタが尽きたか
:でも今日のも新曲なら17曲も自作ってのも無理があるぞ
:なんだか上手くなってる?
:変な音ハズレがなくなってるな
:うんうん。かわいさがマシマシだ
銀河連盟の曲に関しては前回のデータを元に、搭載艇の頭脳体に地球人に影響の少ない、それでいて感情を揺さぶるような曲を選んでもらった。練習もした。ちなみに今日の歌枠の選曲も頭脳体任せである。リスナーへの好感度までシミュレートしてくれるし、歌唱方法のデータまで提示してくれて指示を出しさえすれば非常に有能である。
まだ国際宇宙ステーションを見せろとか宇宙をもっと映せとかの声はあるが、好評のままにモコスの歌は続けられていく。最後の銀河連盟の曲も無事リスナーに受け入れられ、歌枠を終了することとなった。
「それでは皆さん、この枠はここまで。続けてメンバーシップ配信の枠を立てましたのでそちらへご移動ください」
モコスの発言の途中で映像が地球に切り替わり、それがゆっくりと小さくなっていく。
:地球は美しいね
:ついに小惑星帯に出発か!
:<50000円>国際宇宙ステーションはもう映らないのかな?
【国際宇宙ステーション内部】
地上から送られてくる地球が遠ざかっていく映像を見ながら、日本国立宇宙開発機構から派遣された宇宙飛行士のアズマは地上の管制からの連絡に困惑しながら応答していた。
「確かに気象データとこの映像は一致しますね。リアルタイムの映像で間違いないと思います。周囲の観測ですか? もちろん常時やっていますが、ISSの周辺には別段変わったものは何も見つかりません。衛星なら見逃しませんよ。この映像の位置の観測ですか? 今の位置関係だと地球が影になってますから、あと一〇分くらいは無理ですね。ところでこれは何の騒ぎなんです? 急に全員を叩き起こして観測機器を全部動かせとか、みんなプリプリ怒ってますよ? ブイチューバー? 宇宙人の船がISSの近くにいた? 一体何の冗談ですか? ええ、はい。やれというならやりますが……」
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