第15話 【最凶ホラー】獣(じゅう) ~まどろみの音~ 【モコス・イクシス】
「はい、モコス・イクシスですにゃ……本日はマルオカートで、えー、大口を叩いて一位を取れなかった罰ゲームとして、リスナー様からの推薦が多かった最凶ホラーと名高い、【獣~まどろみの音~】をやっていきたいと思います」
:こんばんにゃ!
:テンションひっく
:こんなしょんぼりしてるの初めてみた
:モコスたんのモデル、ほんとに表情細かく拾うよね
:それな
:めっちゃぬるぬる動いているし、どこのアプリ使ってるんだろ?
:可動域も2Dとは思えないほど多いよね
:自作らしい
「このモデルを動かしているアプリですか? デビュー前に調べたんですが、私の手持ちの3Dモデルに対応しているアプリがなくてですね。現行で配布されているアプリに合わせて2Dモデルを作るより自作したほうが早かったので。ええ。これは3Dモデルで今は2D風に動きを制限してVtuberっぽくしています。やろうと思えば完全3Dにすぐに移行できますよ?」
モコスにとって2Dモデルという概念がそもそもなかったのだ。自分のモデルがデータ上にほしければスキャンするなり頭脳体に頼むなりして再現すればいいだけ。2Dモデルのデータ量の削減などの利点もわからないでもないが、動きのトレース方法も原始的だったし、どうせ3Dモデルも必要なのだからと3Dモデルで押し通すことにしたのだ。
「ですのでアプリを公開したところでデータ形式は違いますし、地球の標準的なコンピューターでは計算能力が足りなくて扱えないと思います」
:まーたすぐに地球をディスる
:モコスたんのPCスペックってどんな感じなんだ?
「配信で使っているのはPCショップで買った普通のものですよ」
そう言ってモコスが挙げたパソコンはハイスペックではあるが普通の市販品である。もちろん配信用に限定して使っているだけで、主に使うのは搭載艇の頭脳体とモコス自身の頭脳だ。
「銀河連盟のコンピューターですか? 地球のものとは性能も原理も何もかも違うので比較はできません。貴方がたの脳とコンピューター、どちらが優秀かと問うようなものです。用途が違うのです」
モコスや頭脳体の計算能力の高さや扱える膨大なデータ量は確かに色々と有利ではあるが、宇宙における生存戦略の一つにすぎない。そうモコスは語る。
「それにもし地球が銀河連盟に加入すれば、私のようなアンドロイドや優秀な頭脳体は簡単に手に入るんです。もちろん地球にとって安い買い物ではないでしょうが、重要なのはそれをもって何を為すのかということです」
:マルオカートで一位を取るために使うとかなー
「ああ、はい。そうですね。その件に関しましてはゲーム規約というローカルルールを精査いたしまして、今後の再発がなきよう努める所存です。いい加減ゲームを始めろ? その前にいくつかお話がありまして」
そう言ってモコスは話を続けた。
「前回の歌枠を宣伝してくれた方がたくさんおられたようで、登録者数、再生回数が大変に伸びております。同接数も前回の倍ですね。ありがたい話です。それで切り抜きに関する問い合わせが来ていたのですが、歌枠の切り抜きは作ってもらって何ら問題はありません。すでに問い合わせにもいくつか返答したので切り抜きを作ってくれた方がいますし、今後もご自由にどうぞ。あと歌枠で私が歌った曲をカバーしたい方は、音源を自分で作るのと作詞作曲家、出典を明記するならこれも問題ありません。ご自由になさってください」
:Neo-Tさんがめっちゃおすすめしてたので見に来ました
:歌枠はもうしないんですか?
作詞作曲家だというNeo-T氏からもモコスに連絡があった。自分は音楽業界にいるものだが、協力できることがあれば協力したいと。最初名前を聞いた段階ではピンとこなかったモコスだったが調べてみて驚いた。モコスが見ていたアニメの主題歌をいくつも担当している高名な作曲家だったのだ。それが自分は宇宙怪獣のことを信じることにしたから、自曲の権利を譲渡してもいいし、地球を守るためならできうる限りの協力をすると言ってきてくれたのだ。
「次の歌枠は後日ということでご容赦ください。もうしばらくすれば配信時間がもっと取れるはずなので色々とリクエストにお答えできると思います」
:頼む。もっと銀河連盟の歌を聴かせてくれ!
:地球防衛の進捗が順調なのかな
:地球防衛計画に関してもっと話すべきじゃないか?
:裏でかなり作業してるらしいし、邪魔はできないぞ
「地球防衛計画に関しては最優先で進めていて、その空き時間に配信を当ててますのでご安心ください。それから収益化の件ですね。申請が通ったので次回、明日ですね。記念配信をしようと思います。3D配信です。内容は皆さんが大好きな宇宙関連の企画をする予定です」
:収益化おめでとう!
:やっと投げ銭ができる
:まだ投げ銭は解禁しないの?
:記念配信は明日か
:楽しみ
:宇宙関連!?
「ふむふむ。要望があるようでしたら、ホラーゲームは中止して今からでも収益化記念配信に切り替え……え、それは明日でいいからゲームを始めろ? はい。すいません。そろそろ始めますね……」
モコスが嫌々ながら操作をすると、背景が配信部屋の画像からゲームのタイトル画面に切り替わる。
:やっとか
:このゲーム、ガチで怖いけど大丈夫?
:怖すぎて以前やってトラウマになってるから見ようかどうか迷ってる
「このゲーム相当恐ろしいらしく、リスナーの皆さんの負担にもなる可能性を考えて、このようなシステムを搭載してみました」
モコスがそう言うとゲームのタイトル画面にモザイクがかかった。
「搭載艇の電子頭脳に事前にゲーム内容を精査してもらい、心理的負担が大きい場面をフィルターしてもらいます。もちろん配信画面だけで私のほうから普通に見えています」
:モザイクは草
:ホラー苦手だから助かる
「ではさくっと始めてさっさと終わらせましょうか」
言葉どおり、モコスは淡々とゲームを進めていく。道に迷った主人公。森の中に突然現れる昭和の佇まいのある寂れた村。廃村というほど荒れてはいないが人の姿はまったく見えない。スマホの電波も届かない。人を探そうとするも突然の大雨で近くの民家に避難する。
二時間ほどで雨が止み、村から出ようとするも道が土砂崩れで塞がれてしまっている。
「村から脱出するのが目的なんですね。しかし道が土で塞がれたくらいで移動できなくなるのは無能すぎませんか?」
:一般人はそんなもんだろ
:土砂崩れの後だし迂闊に動くのは危険だぞ
:地形も他のルートも今のところわからんしな
「空から移動はダメ? 普通の人は飛べない? ドローンがあれば周辺の地形は見れますよね? 普通は持ってない? 地球人というのは不用心なんですね」
:いうほど不用心か?
:じゃあモコスは飛べるのかよ?
「私は飛べますし、小型の探査機もすぐに出せますし、周辺の地形くらいならセンサーで常時把握できますよ?」
:そっかー、飛べるのかー
:どうやってよ?
「個人用の標準装備です。基本は宇宙空間での移動を想定していますが、全環境対応なので重力下での移動も可能となっています」
:移動=飛べるってこと?
:宇宙含めて全環境って宇宙服みたいな感じか?
「宇宙服? そういうのは銀河連盟ではあんまり見ないですね。私のは体内に組み込んでありますし、自然人なら腕輪タイプとか。はい。このまま宇宙空間にも出れますよ。アンドロイドは呼吸もいりませんし、装備も簡素に……って大気が赤くなってきましたね。夕日? ああ、見たことあります。へえ、地球上どこにでもあるんですね~」
話しているうちにゲーム内では日が落ち、村が闇に包まれてしまう。
「あれ? 暗く……夜なんですね。ええ、もちろん夜くらい私でもわかります。でも地球でも普通は夜でも明かりがどこもありますよね? 田舎にはない? この村には電気が通ってない? なるほど、送電網が必要なんですね」
:始まったな
「えっと。画面が暗いですね。明かりを探せ? 懐中電灯? 懐中電灯とは……携帯用のライトですか。ふむふむ。電気で明かりを? 電池が必要? 電池……こういうものですか」
:電池も知らないってさすがにないでしょ
「不必要な地球文明との接触は避けてましたから、どうしても知識に欠ける部分はありますね」
そう言って都合よく豪雨で避難した家の玄関にあった懐中電灯を入手し、電池をセットする。
「あれ、画面が勝手に……」
ゲーム画面がモコスの操作に依らず、自動で動いていく。つまりイベントシーンである。懐中電灯の明かりがぐるりと後ろに回され、名状しがたきナニカが突然照らされる。
「ひっ……な、なんですかこいつ!?」
名状しがたきナニカがゆっくりと近づいてくる。
:なんですかと聞かれてもモザイクでぜんぜん見えません
:いい悲鳴だ
:こいつ怖いんだよな……
<<モウ……ニガサナイ……>>
ズルズルベチョリという音とともに、軋るような不気味な声で化け物が告げる。
「逃さない? 貴方にそんな権利は、って近寄るな!」
:ホラーで化け物相手に権利は草
:法律どころか話も通じそうにないぞ
:カチカチマウス操作してもイベントだから動かせないぞー
:怖いんだろうけど敵が見えないから笑えてくる
:ここ怖い場面なんだけどなー
イベントは続き、主人公が脱兎の如く走り逃げ出す。動きの鈍い化け物を撒けたのか、息も荒く、立ち止まった。
「あの化け物から逃げながら脱出路を探すんですね」
「巡回してるんですかね? あまり近寄らないように移動しましょう」
「あっ。あっちに通路がありますよ! 門? 鍵? 鍵が必要ってなんですか!? いくら地球人でもこのくらいの高さの障壁、乗り越えられないわけがないでしょう!」
そうして鍵を探し村の中を探索するモコスだったが、場所場所にプレイヤーを驚かせ、恐怖させるギミックが用意されている。さらにゆっくりしていると後ろからは化け物が迫ってくる。
「武器っ! 武器はないんですか!?」
「や、やめ。く、来るんじゃない!」
「わあああああああああああ」
「もうやだ。電池切れた。なんなんですかこの村……」
:うーん。モザイク越しだから怖さがぜんぜんわからない
:いや相当怖いんだぞ
:音だけでもリアルで怖い
:モコスたんがんばえ~
:ビビりすぎじゃないか?
:宇宙人なのにホラーは普通に怖がるんだなあ
「わ、私自身が村に乗り込んだらこんな化け物如き、瞬殺してみせます。この操作キャラクターが貧弱すぎるのです。飛べない、壁は壊せない、塀は乗り越えられない、走るとすぐ息が切れる、視界も前に限定される。本当にこれが普通の人間のスペックなんですか?」
:普通なんだよなあ
:化け物と戦うとかは無理だよ
:壁くらいは乗り越えられるかも
:この主人公はがんばってる方
:体力ない人ならとっくに捕食されてるね
:モコスたん泣いてる?
「アンドロイドは涙を流しません」
:名言みたいで草
「とにかく! 探索できる部分はもう探索しつくしたはずです。一体どうしたらいいんですか?」
:アイテム拾ったでしょ? それを持って探索済みの場所に行けば新しい場所に行けるよ
「ええ? アレの居る場所にもう一度戻るんですか……それでどこに行けば? 自分で探せ……はい……怪しい場所? この村、全部怪しいですよ! まともな場所ってありましたか!?」
:耳がキーンってなった
:モコスたんの魂の叫び
:防音部屋なんだっけ?
:銀河連盟テクノロジーで完全防音らしいよ
:モザイクで画面見えなくてもなんか怖い
:いい反応をしてくれる
:ホラーゲーム実況はこうでなくっちゃ
:配信者の叫びからしか摂れない栄養素があるんや
「……よし。やつを躱しました。楽勝ですよ。あとは……もう順番に見ていきますか」
:露骨に怪しい場所あったよなあ
:でも宇宙人にはわからんかもしれん
:懐中電灯も電池も知らなかったもんな
:でも一回も死なないでここまで来るのは上手いよ
モコスは時折悲鳴を上げながらも再び探索を進める。
「や、やった! あいつを出し抜いてやりましたよ!」
:おお、やっとゴールか?
:モコスたんがんばった
「おや? なにかありますね。これはゴールドの塊ですか。お金になりますしせっかくだから拾っておきますか」
:それは拾わないほうが……
:しっ、ネタバレは禁止だよ
「タタラレル? 祟り? 未開人のよくある迷信ですね」
今までゲーム内でアイテムを拾ってきたノリでモコスは金の延べ棒を拾う。その途端画面が血の赤に染まる。
「え? もう夕日ですか?」
:こんな血の色の夕日はない
:モコスたん後ろ後ろー
「あ、あいつは完全に閉じ込めたはず……ふぁっ!? い……いやあああああああ」
獣が大口を開けて主人公の真後ろに立ってた。
「く、来るな。に、にげ……わああああああああ……」
:あー、死んじゃった
:バッドエンドかあ
:うわあ。モザイク越しでもグロい
あえなく主人公はバリバリとかじられ、画面にはyou deadの文字が表示される。
「うっ、うっ……」
:モコス泣いてる?
:怖さが限界を超えたか
「データ上の仮初めの命とはいえ、守れませんでした。ごめんなさい……」
:感情移入しちゃったか
:セーブ地点からやり直せるよ
:モコスたん泣かないで
「……やり直しですか。確かにそれで脱出できるかもしれません。しかしこの人間の死がなかったことになるわけではありません。ここは彼の死を厳粛に受け止めましょう」
:一応最後までやりきったしいいか
:それがモコスの選択なら尊重するよ
:もしかしてもう一回やりたくないだけじゃ?
「そ、そんなことはありません! 現実はやり直しなどできないのです。その心を私は大事にしたいと思っているだけなんです」
:でも赤鬼青鬼は何度もセーブ・ロードして繰り返してたよね?
:そういえばそうだった
:高性能アンドロイドがゲームと現実の区別がつかないわけがないよな
:言い訳が高性能すぎないか。信じかけちゃったじゃないか
「ちゃんと脱出しろと……はい。リスナーにはフィルター越しで伝わってないかもしれませんが、このゲーム、ほんとに怖いんですよ!?」
:宇宙人でアンドロイドが何を怖がってるんだか
:モコスたんは人間の女の子だよ?
:いや普通に怖いって。ワイも二度目はやりたくない
:モコスたんはびっくり系が怖いみたいだな
「そもそもがこの暗さです。私は高性能のセンサーがありますから暗がりなど無いも同然なのです。それからやはりセンサーがありますから敵の接近に気が付かなったりいきなり背後を取られたりとかありえないわけです。さらに敵に襲われてもこの程度相手では私の防御機構を突破できるはずもありませんし反撃手段もあるんですよ!?」
:それはもう違うゲームだ
:地球人はそれが普通やぞ
:そういうホラーゲームだしなあ
「地球人は普段からこんな恐怖にさらされて生きているんですね……」
:いやこんな化け物普通はおらんから
:まあ無力なのはその通りだけど
:普通はもっと平和に生きてますが?
「それもそうですか。では続きを……ああ、ゴールドを拾う直前に戻ったみたいですね。今度は拾わないで進みます……って取らなくても追いかけて来るじゃないですか!!!」
:がんばれがんばれ
:ゴールはもうすぐだ
:フィルターかかってるからホラーに見えない
「……終わり? 逃げ切った……あ、エンドロールですね。はぁ~~~~]
:お疲れ~
:最後の謎解きもあっさりクリアはすごい
:結局一回死んだだけか
:モコスたん、ホラーゲームの適正があるんじゃないか?
「ホラーゲームはもう二度とやりません」
:反撃できるタイプのホラーゲームもあるよ
:ゾンビのやつとかね
:ナイフに銃、バズーカ砲とかでなぎ倒せるよ
:謎解きも得意みたいだしいいかも
:どっちかっていうと戦う系だからそんなに怖くもない
「どうしてもというならやっても……」
:モコスがホラーゲームやってるところみたい!
:どうしても!
:正直もっとグダると思ったけど、モコス才能があるよ
:おすすめゲームまた送っとくね!
「ではホラーゲームもそのうちということで、本日の配信はここまでとさせていただきます。明日は同じ時間に収益化記念配信で宇宙から、あ、いや。宇宙関係の企画となります。お楽しみに~」
:ちょろい
:宇宙から?
:まさか宇宙から配信するのか!?
もちろんわざと漏らしたモコスである。反応は上々。期待で盛り上がることだろうと、モコスは配信の締めに入った。
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【本日の成果】
同時接続数1817人。チャンネル登録者数5105人。SNSフォロワー数7631人




