第11話 【裏作業】 兵器群設計と宇宙怪獣再調査
モコスが長時間の作業を終え、次の配信の準備をしようとしたところで、昨日の歌枠がバズっていたのに気がついた。以前から通知はうるさかったし、配信の邪魔になるので切ってあったのだ。
最後に披露したトゥル・リィ・ナ=オ、軌道の舞曲が一部界隈で話題になっていた。チャンネル登録者数が八十二パーセント増しになっているし、SNSの登録者数も伸びているのを確認してモコスはようやく顔をほころばせる。
「これがバズり」
PCと机だけのがらんとした部屋でモコスは一人呟く。軌道の舞曲の切り抜き動画の再生数が二万を超えている。登録者数一〇〇〇人以下だったVtuberの動画としては破格の数字である。
登録者数が増えたのは喜ばしいがトゥル・リィ・ナ=オが原因なことは問題が発生しそうだと時間を当てて調べることにした。
軌道の舞曲は単なる二天体の軌道計算式とそのデータのはずなのだが、ベースとなる物理学の考え方が地球とは異なっているのではないかと、一部のリスターたちで考察がなされている様子である。地球と違う系統の他文明の物理学が明らかになれば、物理学や天文学に大きな革命が起こるのでは、という論調である。
実際にSNSへ大学教授からのダイレクトメッセージがモコスの下へと届いていた。中断した数式や翻訳の続きを要望している。無視することも考えるが、しかし文面からも知性の高さを感じたモコスはここは礼儀正しく、「今は無理」との含みをもたせた返信をしておいた。リスナーの一人であるようだし、このコネクションが今後なにかの役に立つかもしれないと考えてのことだ。有力者へのコネはどこの世界であっても大事なのである。
翻訳や数式の表示は割と早い段階で中断したから、判断するにはデータは足りない。考えた末モコスはそう判断した。これ以上の数式やデータを提供しなければ危険な知識の開示には当たらない。そもそもがただの天体の動きのシミュレーションだし、計算方法が違ってもその結果は変わらない。この程度であれば銀河連盟法違反とまではならない。この件は問題なしだ。
それからコラボのお誘いもあった。登録者数六万人ほどのロケットや宇宙の話題を主に扱っている中堅Vtuberだ。コラボは上手く扱えば一気に登録者数を増やせる企画ではあるが、いかんせん、今はモコスには時間がない。このVtuberも配信は見ているようだし、地球防衛計画が軌道に乗るまでは時間がないと伝え、断っておく。
それからファンアートを書いたから見てくれとの連絡。SNSでファンアートや配信への言及をチェックし、必要であればリポストやイイねをしていく。
登録者数一〇〇〇人以上という条件を満たしたので収益化の申請もする必要がある。収益化すれば動画視聴からの広告収入に、投げ銭。月会費を取れるメンバーシップと今後配信からの収入が期待できるようになる。
続いて配信のサムネイルを作り、枠を立てる。今日の配信の内容を決め、タイムスケジュールを立てる。配信は一時間と決めているから計画的に進める必要があったし、ある程度内容を決めておかないと、モコスにとってアドリブでの配信は難しい行為だった。
やり残した作業がないかと、タスクリストを確認し、ようやくモコスは一息つくことができた。配信までの残った時間でアニメを二本は視聴する余裕があった。
アニメはリアルタイム視聴が望ましいとモコスは考えるが、地球防衛計画が何より優先だし、Vtuber文化の理解のための視聴時間も取りたいが、これも時間がない。
慣れない兵器の設計。そして設計の終わった兵器群のための生産設備の設計。それらに必要な資源の計算と資源収集計画。そのための作業用ロボットや資源採取用マシンに資源精製設備の設計。すべて設備の稼働に必要なエネルギープラントの運用計画。
搭載艇の頭脳は思考能力のないただの電子頭脳で、アシスト程度にしか助力は期待できなかった。
たった一体のアンドロイドが担うには無謀すぎる計画だと、モコスはアンドロイドらしからぬため息をついた。リスナーたちには銀河文明の高度な万能アンドロイドなのだと公言してはいるが、その実態はどこにでもいる量産型の補助用アンドロイドにすぎない。
未開文明のゲームで現地人に敗北する。ホラーゲームごときで情けない悲鳴を上げる。歌は上手く歌えない。銀河文明や本船の支援がない個体としてのスペックは、モコスが自分で驚くほど低かった。
地球を救うためにあるのは小型の物質合成機と限定的なデータベースに、生まれて五年ほどの安物のアンドロイドが一体だけ。まるで漫画かアニメの主人公みたいではないかと思いながらアニメの視聴を続ける。今見ているアニメは一期目がもうすぐ終わる。二期目の放映は決まっているが来年くらいになるはずだ。
ふと不安を感じてモコスは宇宙怪獣の動向をチェックする。観測機からの情報に変化はない。宇宙怪獣は一体いつ動くのか。あるいはこのまま動かないのか。
宇宙怪獣の襲来予測は四年後三〇パーセント、九年後九〇パーセントとなっている。これはかなり大雑把で漠然とした数値だ。本船の優秀な頭脳で算出した数値ではあるが、宇宙怪獣の観測データは増えているし、少しでも確度の高い、詳細な数値にできないものかと、モコスはデータや計算式を洗い直すことにした。
「は?」
提示されていた襲来予測はモコスが思わず声を出したほどシンプルな根拠に基づいていた。進路予測と目標文明の距離と活動レベル。それに既知の宇宙怪獣の探知能力のデータ群を加えてのシミュレーションだ。
宇宙怪獣は進化してその能力を向上させていく。そのため宇宙怪獣の探知能力に関しても個体差が大きい。元となる数値に一〇〇倍の差があれば、結論にも当然一〇〇倍の差がでる。それでは予測など意味をなさない。
それでもモコスは出来うる限りのデータを加えて、何度もシミュレーションを走らせた。
結果、確かに四年後三〇パーセントの予測は平均値を取ればかなり妥当な数値だったと判明した。
だがこの問題で平均値などほぼ無意味で当てにならない数字で、今この瞬間に宇宙怪獣が動き出してもまったくおかしくはない。そうモコスは結論付けた。
(このアニメの二期は見られないかもしれない)
地球救済委員のメンバーに伝えるべきか否か。伝えるとしてどう伝えるか。結論が出せないまま、モコスは配信開始のボタンを押した。
5月8日発売 「ニートだけどハロワにいったら異世界につれてかれた13」 (ヴァルキリーコミックス)もよろしくお願いします




