第10話 配信7回目 歌枠
時間通りに配信画面がサムネイルから見慣れたバーチャルルームへと切り替わる。モコスはいつもと変わらない衣装でマイクの前に立っていた。そろそろオープニングムービーがほしいなと思いながら、モコスは絶叫を放った。
「俺の歌を聞けえええええええ!」
続いて軽快なギターの演奏も始まる。
:うるせえええええ
:鼓膜ないなった
:始まった~
:モコスたんは今日もかわいいね
:いい曲のチョイスだ
:また古い曲持ってきたな
:モコスたんおいすー
実際のところ音が多少大きくはあっても鼓膜まで壊れはしない。配信でありがちなそういうネタである。
本日のライブ配信を視聴している同時接続数は四〇〇人ほど。登録者数はじりじりと増えてはいるが、ここのところの同接数は頭打ちだ。
:挨拶しろ。挨拶。にゃーだ!にゃー!
モコスは流れるコメントを横目に見ながら、少し緊張しながら歌い始めた。
:好きなアニメだし嬉しい
:声はいいな
:味がある
:練習枠?
:友達と行くカラオケ感がある
:普通に上手いだろ
:上手い素人って感じや
:俺は好きだよ
まずまずの反応に気をよくしたモコスは一曲目を歌い終わり、挨拶をする。
「こんばんにゃ! 宇宙人系地球救済委員会委員長モコス・イクシスですにゃ!」
:義務にゃー終了
:地球防衛計画の話をしようぜ!
:モコスたんは今日もかわいいね
「本日は予告通りの歌枠です。地球防衛計画はまださほどの進展はありませんので、今日は歌だけです。ですが今後の計画の相談に明日は雑談枠を取ることとしましょうか。では次の歌は――」
地球防衛計画の話をしないと言ったとたん、同接数が一割ほど減少した。しかし残りの九割は残った。しかも反応はおおむね好意的だ。
:声は美声なんだけどな
:時々変なところで音を外すの草
:声質もいいし低音も高音もしっかり出てるのにこれは……
:宇宙人だけあって独特の雰囲気があるね
:下手すぎるだろ。もっと練習して出直してこい
:いやいや宇宙人がここまで日本の歌を歌えているってのがすごいだろ
:一生懸命歌ってるんだ。お前らもっと応援してやれ
地球人はわかっていない。そうモコスは思いながら歌う。いやわかっているリスナーもいるかと思い直す。それに下手なのを煽るようなリスナーは割合としてごく少数派なのを分析して内心嬉しくなった。
下手なのも練習不足なのも、まったくもってその通り。事前に練習する時間が取れなかったのもあるが、地球人に合わせた声帯を使っての歌唱行為が、実際にやってみると思ったよりも高難易度だったのだ。
それでもモコスはなんとか次の三曲を歌い終えた。
:わーわーわー
:パチパチパチ
:染みたわ~
:アンドロイドなのに微妙に音痴なのは草
「貴方がたはわかってないですね? アンドロイドが美声で完璧に歌って何になりますか? そんなことやろうと思えばすぐに後付けできる、単なる機能なんです。でもそれが自分の声だと言えますか?」
:それはそう
:でも可能なら上手いほうがよくない?
:漫画と一緒でアナログ感がいいのかも
:小さい子が一生懸命に歌ってるのがいいんだよ
「リソースの問題もあります。私は汎用型ですからなんでも最低限のことはできますが、個々のボディに事前にありとあらゆる能力を搭載するなんてことはできません」
モコスは元々は監視任務のために地球に残った。それは一緒に残してもらった搭載艇から、宇宙からの予定で、地球に降りるつもりはなかったし、当然Vtuberとなって歌を歌うなどと考慮の埒外であった。それでもモコスには高い言語習得能力があったから、歌もその範囲内で楽勝だろうと考えたのが計算違いだったのだ。
「歌唱能力を手っ取り早く上げようにも本船の学習装置はもう使えませんから、地道に練習して能力を向上させる必要があります」
:学習装置とかあるんだ
:データをダウンロードとかでぱっと覚えられるのか。便利でいいな
:アンドロイドも努力が必要なのか……
「雑談はこれくらいにして歌を続けましょうか。今日は歌う日です」
モコスは雑談を打ち切って、次の歌の準備をする。歌を大勢の前で披露するという行為は思った以上にモコスを高揚させていた。
人の役に立つ、社会で評価されるというのはアンドロイドの基本的な行動プログラム、本能に当たる。それがいい感じに刺激されるのだ。しかもそれが芸術分野というのが良かった。アンドロイドが芸術分野で成功する例は滅多にない。それが未開惑星だとはいえ、仮想のステージに立ち、微妙な評価もあるとはいえ一定の称賛をされる。それにモコスは感動していた。
「がんがん歌いますよー」
モコスが歌い、コメントがゆったりと流れる。
:変なズレ方が減ってきたか?
:たしかに。少し上手くなってきている気がする
:クセになる声だよ
:楽しそうに歌ってるのがいい
:こいつほんとにアンドロイドか?
:俺は好きだよ。もっと歌ってほしい
また何曲か歌ったところで演奏を止めてモコスが一息つき、ぽつりと発言をする。
「こんなに褒めてもらったのは初めてのことです」
その言葉にリスナーたちがざわついた。
:え?そんなに褒めてるコメントあった?
:割とシビアな評価が多かったような
:ワイはめっちゃ褒めとるで!
「ありがとうございます、○○さん」
コメントを確認して礼を言ったモコスが話し出す。
「私は交易船で雑務をするために購入され、働いてきました。ある程度のカスタマイズはされていましたから仕事はできて当たり前。ミスをして叱責されこそすれ、褒められたことなど一度もありませんでした」
:ひどくない?
:でも仕事ってそんなもんな気がする
:ワイも職場で褒められたことないわ
「歌が下手なのはその通りなのに、こんなに好意的は反応を多数いただけるのはとても嬉しいことです」
そう言ってモコスはぺこりと頭を下げた。
:うっ;;
:いや俺もいい歌声だと思ってたよ。単にもっとうまくなれーと応援の意味でちょっと厳しく言ってっただけなんだ
:もっと聴きたい!
:モコスたんの歌枠サイコーや!
「時間的にあと二、三曲ですね。なにかリクエストはありますか?」
コメントに知ってる曲名、知らない曲名がいくつか流れる。その中にモコスの注意を引くコメントがあった。
「宇宙の曲、ですか」
:お、いいね。聴いてみたい
:無茶言うな
:そうだぞ。無いものは歌えないんだ
:アニソンでいいのよ?
搭載艇は脱出艇も兼ねているからそのライブラリには娯楽用データベースも備え付けられていた。
「データベースにはあるので歌えることは歌えるのですが……」
:あるんだ!
:なんやかんや言い訳して歌わないんだろ?
「著作権的に問題がないかどうか。未開惑星とはいえ惑星全土を覆うデータネットワークまであるわけですし、このような場合の対応は……」
:でた!やたら厳しい宇宙著作権!
:これは無理なパターン
:宇宙人はネタっていい加減わかれ
「いけそうです」
:いけるんかい
:まじで宇宙の歌うたえるの?
「古い曲で利益目的外であれば特に許認可を取る必要もありませんし、著作権的に問題がある曲でも事後申請で必要な金額を払えばほとんど問題になることはないようです」
銀河連盟内でも惑星ごとの経済格差、種族によって芸術に対する価値観の違い、そして宇宙の広大さは一律の著作権料の徴収を不可能にする。だからかなり緩やかな徴収規則が定めてあるし、今回のような特殊ケース、未開惑星での配信活動に関する著作権料などは窓口と相談して適正額を交渉し納付するという形になると、モコスは説明する。
:はえー
:でもそんなの誰がわざわざ払うんだ?
「そういった仕事は私たちの担当です。交渉相手もアンドロイドか機械知性体ですしネットワーク上だけでのやり取りで終わるので手間もかかりません。そして我々のような存在はどこにでも居ますから、誤魔化しはほとんどないのではないでしょうか」
そうやって話しているうちに準備が整った。
「曲名はトゥル・リィ・ナ=オ。訳すと軌道の舞曲でしょうか」
:なんて?
:とーるりなーおって聞こえた
:きどう?軌道?
配信画面にトゥル・リィ・ナ=オ、軌道の舞曲と表示され、ゆったりとした弦楽器の演奏が始まる。
「ナゥ・サリエン=ドゥル、ファル・ゼリ・リ=アレ・トゥン――」
:なんて?
:リズムが徐々に早くなってる
:なんかこわい
二つ目の楽器が加わり、不協和音を奏でる。
「コ=ネ・ルゥ・カリ=ヴァン - サリオ=オー、デル・ティオ=ゼン=オ=ラァシュ」
:こわいこわい
:呪文の詠唱みたい
:鼓膜がざわざわする
やがて二つの楽器のリズムは調和していく。
「エシュ・ルウナ=ヴァ・シン、ヴォル・ナ・マリス・ト=クォ」
:またリズムが変わった。規則性がわからない
:でもなんかクセになる
:これが宇宙の曲……
「ラ・クーリス=ヤン・ティ=アール、セ=リアン=ル・ハ=ミア」
:またリズムがずれだした
:加速してる?
:また楽器が一つだけになった
:すごく神秘的
「――ズゥ=ハ・ファナ・オルト=エイミン、ネル・フェ=オルグ・ラ=シィアアアアアアア~」
モコスの不思議な歌声が消え、弦楽器の音も終わる。
「いかがでしたか? この曲は天文僧侶たちが宇宙の構造を記録するために口伝していた記録詩の一つです。正確には天体の軌道解析データの暗唱でフルバージョンだと演奏に三日ほどかかるので、これは簡略版となります」
:なるほど、それは宇宙の曲だ
:日本語訳とかないの?
「日本語訳ですか。正確に翻訳するのは難しいのですが……ちょっと待ってくださいね」
モコスがそう言うと画面にデータ転送された古代惑星言語と数式が表示されていく。
「ナゥ・サリエン=ドゥル、ファル・ゼリ・リ=アレ・トゥン。 軌道は、初速7.112より目覚め、8.967に達し、無重力の静寂を破る最初の唄となる」
配信画面に天体の3D軌道モデルらしきものが表示され、モコスの翻訳とともに数式や数列が表示され、モデルも遷移していく。
:どこの言葉だ?
:そりゃ宇宙のだろ
:わけわからん
:二つの天体の交叉軌道?
:これって本当に天文学の数式なのか?
:専門じゃないからわからないけど、適当に当てはめたわけでもなさそうな……
:知らない数式もあるけど、力学的には妥当な雰囲気はある
そのコメントに不安を覚えたモコスは翻訳の手を止める。
「地球も月や火星に探査機を飛ばすくらいですから、このくらいはオーバーテクノロジーってわけじゃないですよね?」
未開惑星に銀河連盟の知識を勝手にもたらしたとあっては相当な重罪である。
:専門外だからわからん
:うむ。わからん
:未発見の理論の可能性が……
「じ、時間もオーバーしたので翻訳はこのくらいにしておきましょうか!本日の配信を終わります。地球救済委員会みなさん、ばーいにゃ!」
そう言うとモコスはそそくさと配信を終了した。
:ばーいにゃ!
:にゃ!
:おつモコス~
:え?モコスたんってほんとに宇宙人なの?
:最初からそう言ってる
:それはそうなんだけど……
:ネタだろ、ネタ
:知り合いに曲と数式の解析を頼んでみる
【本日の成果】
同時接続数412人。チャンネル登録者数792人。SNSフォロワー数1047人




