むかしの話
累が去ったその日の夜、しおり達はそれぞれに宛てがわれた部屋にいた。
普段はいつもの隔離部屋にいるのだが、今日は仕事がないことを確認されているためそれぞれの部屋で寝ることとなっていた。
そこまで部屋数がある訳ではなく、しおりと美空、美桜と美愛、美羽と陽でひとつの部屋で生活を共にしていた。
「でさ、累? だっけ。その人が言ってたこと、信用できるのかな」
美空が真っ先に口を開く。
『美空、そんな興奮しないで落ち着きなさいよ』
水晶玉の通信機を通して美愛の声が聞こえる。
「だーってー」
美空がうずうずしてしまうのも今回ばかりは仕方ない。
自分たちの人生の中での大きな選択を迫られているのだ。
累が言った言葉は嘘で、私たちを何かの実験台として扱うかもしれない。
下手したら命を落としてしまうのだから。
買い取られちゃうのかなぁ。
誰かがそう言った。
いつもは騒がしく夜通し喋り続けるしおり達だったが、沈黙を破ろうとする者はいなかった。
買い取る。その言葉は、この世界で生きている人間として看過できないものなのだ。
誰かの支配下に置かれる。誰かのために命を懸ける。誰かのために、世界を敵に回す。
しおり達が命を懸けて人を殺める理由は、自分が生きるためだ。誰かを守るために行動したことも、されたこともない。
ーー昔、確か、しおりが十二歳だった頃だろうか。
ひとつの家族を殺した。
写真立てが飾られており、仲良さそうに全員が笑顔で写っていた。
娘を殺した時、娘は最期の抵抗にと絵本を投げつけてきた。
結局それはしおりには当たらず、娘は呆気なく死んだ。
さて帰ろうと扉の方に足を向けた時、ひとつの絵本が足に引っかかった。
何となく気になったしおりは、戦利品としてその絵本を持ち帰った。
何となく、別室で殺した両親と、その娘を並べておいた。
写真立てを何となく、母親の手に握らせた。
『娘にだけは手を出さないで!』
母親がしおりに投げつけた言葉だ。
腹を刺されても、切りつけられても、死を目前にしても、娘の命を優先した。
きっと、その良心ゆえに恨まれて殺されたのだ。
その家庭を殺したのは他でもない自分自身なのに、後悔なんて微塵も感じていないのに、何故自分はこんなことをするのだろうと笑いが漏れたものだ。
「ーーしおり姉?」
美空の声がしおりの脳に届く。
「大丈夫?」
「ええ、平気よ」
今日はもう寝ましょうと通信機の電源を切った。