目的の違い-1
白いローブを着た少女、所々に傷はあるもののしっかりした鎧を着こなす騎士、街に馴染まぬジーンズに単一色の黒の長Tシャツを紺のダッフルコートで隠す男、3人が街でも一際大きな屋敷の前で馬車から降り立つ。
馬車の中では軽い自己紹介が行われたものの、3人の中で違和感のある服を着る男の提案により無言の時間を過ごした。
街並みを見させて欲しいと提案した男は、静かに街を観察し、屋敷が見え始めた頃には何かを思案しているように腕を組み黙り込んでいた。
「須藤様、私の事がおわかりですよね?」
「分かると言う言葉が正しいか疑問だけどね、君の存在感には見覚えがあるのだろう。」
客室へ通された須藤と案内したリルエラの2人が対面に机を挟み言葉を交わす、騎士は鎧を着替える為に今は居ない。
「形容はし難いが、初めて会った筈なのに会った事があるという感じだね。」
「はい、私も同じです、ライオと会った時と同じ感覚です。」
須藤はメイド服の女性から差し出されたティーカップに手を伸ばし、口へ綺麗な所作で口へ運ぶ。その様を見守るリルエラは何処かそわそわした様子だ。
「そう恐縮しなくとも、俺も君達の常識から見れば平民なのだからね。気軽に 雫とでも呼んでくれ。」
「いえ、須藤様の立ち振る舞いは平民のそれとは違いますし、服だって凄くいい物だって私でも分かりますから。」
現代社会の中で磨かれた立たずまいの須藤、そんな彼の行動のひとつひとつは教養を感じさせ、リルエラに取って身分の差を感じさせるには充分だった。
一時の沈黙が続く、気を使って口を開かない須藤、緊張のあまり粗相をしてしまいそうなリルエラ、控えるだけで姿勢を正しい傍に控えるメイドと膠着状態だ。
その沈黙も、遅れて現れた上等な材質ではあるがラフな服装に着替えた騎士団長ローデンの登場により霧散する。
「須藤殿、聖女リルエラ、待たせて悪い、君は下がってくれて良いぞ。」
鎧姿でも予想出来た事だが、腕の出た服装になれば、鍛え上げられている事が一目瞭然のローデンがリルエラの隣へと腰掛ける。
「さて、それでは須藤殿、貴方は何者なのか聞いて宜しいかな?言える事、言えない事はあろうが教えて貰いたい。」
(鎧の時は騎士団長としての立場上の印象だったのか、気の良いおっさんにしか見えなくなってしまったな)
ラフな服装に須藤に配慮した態度での表情を和らげたローデンの態度、警戒心を紐解いてしまいそうになる、何よりローデンからは一切の駆け引きを感じない。
「ローデンさんは根っからの騎士なのだろうな、信じるか信じないかは貴方達次第だが、俺はこの世界の人間ではない。」
実直な男を体現したローデンの反応は此方の誠意も読み取り信じられないなりに信じる方向の様子、リルエラに関しては信じきれてはいない様子である。
「まぁ、神に呼ばれたのだろう、俺の世界では創造物として。そのような話が良くあるのでね、自分が当事者になるという事にはまだ整理はつかないが、現実に起きてしまった事に関してどうこう言っても仕方ないと思っているよ。」
「そうか、世界を超えるのも神の御業なればだな。」
神は人智を超える、身近にリルエラやライオの様な存在がいるのだから汲み取りやすいだろうと判断から、須藤は異世界の人間であると明かしたのだ。
「現状把握には俺も至っていないのでね、君達の現在の状況を此方にも提示願えれば嬉しいんだけど。」
突拍子もない事実を伝えたのには須藤なりの理由があった。第1にリルエラの存在、神との接触を果たした事実を共有出来る点、第2にそれを踏まえ、ローデンが此方を信用せざる負えない状況が出来上がる事。
信じるしかない状況証拠が揃っていれば周りはある程度の信用を持つ、それは情報開示させれる最低限の信用の勝ち取りにも繋がる。
「神からの神託があったのだ、各国に流布された途端に聖女と勇者が見つかり真実味を帯び、世界中で永劫の平和が訪れると盛り上がった。」
ローデンが語る神託、【4つの魂が揃う時、破滅の輪廻から解放され、我が世界の生命全てに平和が訪れる】何とも曖昧な文であるが、神託とは概ねそういうものだ。
(思っている通りその文語んは変わらずなのか)
須藤の中で推理のパズルのピースがまたひとつハマったのだがそれを知るのは本人だけだ。
「それで、神託の解釈を聞いても構わないかい?」
「あぁ、流布されたものは、勇者と聖女、他2名の魂により魔王は淘汰され、世界に平和が訪れるというものだ。」
(ファンタジーにありがちな人類史上主義の解釈になっていると…)
須藤の思い描く仮説とは違う解釈に、彼はこの後の身の振り方がまた示されるのだろうと妙な確信を得る。
「魔王討伐の冒険の旅をしている最中何だな貴方達は…」
「冒険と言うよりは護送中だな。魔王城の所在も分かっている、ただ決定打が打てていないのが現状なのだ。」
ローデンの状況説明は続く、魔王との小競り合いは数百年に及び繰り返され、人的被害は少ないものの侵攻された記録もある。
だからといって人類権の脅威にになっている訳でもない、この国の国境が魔王城との唯一の接点であり、そこには戦争地と呼ばれる地域がある。
「三流映画であるまいし、どんな設定なんだこれは。」
話を聞く程須藤は頭を抱える。作為的な人的被害のない戦争、割を食っているのは魔王勢ばかり、かといって人類側が仕掛けなければ魔王側からの挑発じみた侵攻。
(これが普通な訳がない、この国以外では人類同士の戦争も行われているにもかかわらず疑問を持たないのか。神とは相当欠陥工事か突貫工事が好きなようだ)
須藤の皮肉は実際その通りであり、必要になったものを必要な肯定として創られているだけなのだ。それを知るのは創造した神本人だけであるが…。
「新しい紋章持ちが現れたんだろ。俺も顔合わせに来てやったぜ。」
思考を巡らせる須藤を引き戻したのは不躾に室内に入ってくる少年の言葉だった。