向かうべき場所
魔城へ続く街道へ続く村の入口、その少し前に建てられた他より少し大きな木造の家、それが村長の住む建物である。
須藤もここへ連れてこられた当初挨拶を兼ねて訪れた場所である。
「すまない、俺を探していると聞いて来たのだが入って良いだろうか。」
扉に備え付けられたベル、そこに繋がる紐を揺らし音を鳴らす。
綺麗な音色を鳴らし、声をかける須藤。
「須藤殿、お待ちしていた、貴方に会いたいと仰るお方が居られて、取り敢えず入って貰えるか。」
開いた扉の先からこれぞ農夫と思える筋骨隆々のタンクトップの若い男が顔を出し招き入れる。
その後に続き建物内に入る須藤、初日に案内された応接間へ通され、そこに身なりの整った燕尾服に片眼鏡の白髪の男が座っていた。
「お初にお目にかかります須藤様、村長から少しお話は聞きましたが、どうやって此方へ?」
紳士的な対応の中に警戒心を滲ませるゼントル、片眼鏡の奥の瞳に見つめられれば須藤の身も引き締まる。
相手の正面の椅子へと腰を下ろし口を開く。
「冗談を言っても通じなさそうな御仁だ、信じるかはそちらに任せるしかないが、突然送られてきたとしか言えない。」
実際その通りでなのだから須藤の答えは決まっていた、何より目の前にいる相手に駆け引きしても分が悪い事この上ない。
「誠実なお方のようだ…試して申し訳ない。」
ゼントルの張り詰めた空気が緩和される、元々村長にも同じ質問をされて同じように答えているのだから嘘をつく意味もない。
話を聞いたと言われた時からただの確認なのだが、ゼントルの空気には身が竦む迫力があった。
須藤もそんな相手に要らぬ事まで口走ってしまいそうになり冷静さを失う所だった。
「それで、魔王様に近しい者が俺に興味を持つのは居るはずもない人間が魔族側に現れたからだけなのかな。」
「冷静沈着、状況判断能力もあり聡明、これは参りましたな、紋章持ちというのは神に選ばれるだけの才覚をお持ちなのですね。」
隠していた訳では無いが、それ程目立つ物ではない手の甲の紋章をゼントルは見逃していなかった。
「浮き出てもいない今のこれに気づくのか、凄まじい観察眼だな。助手に欲しいくらいだ。」
探偵だった頃に会えて居たなら貴重な存在だったであろうと。心の底から思う須藤。
「申し訳御座いませんな、お察しの通り私には使える主が既に決まっております故、自己紹介が遅れましたが僭越ながら魔王様の傍に仕えさせて頂いているゼントルと申します。」
「須藤雫と申します、それで俺はこれからどういう処遇を受けるのかな。」
村での須藤には自由を与えられていたが、それは彼らの人柄によるものであり、目の前のゼントルには責務もある、だからこそ須藤はこのままであるとは思っていなかった。
「処遇等とそんな事は御座いません、ただ、私の主の元に来て頂きたいのですが。」
「本当にあなた達は人間に対して敵意がないんだな。何の為に戦っている。」
ここ数日の魔族側の共通認識、生贄の様な自分達への価値観、その疑問に答えられるであろう相手を見返し問いを投げ掛ける。
「私からはそれがルールであるとしか答えかねます。」
「そうか、ならもう1人の紋章持ちの魔王様に直接聞くことにするよ。」
「本当に聡い御方だ、それでは参りましょうか。」
腰を持ち上げ椅子から立ち上がるゼントルに須藤の体はついて行かず、少し遅れて椅子から立ち扉へ向かう相手を眺める。
「大丈夫、準備は整っていると思われますよ。」
部屋から出ていき、すぐ近くにある屋敷の扉を開けて待つ彼の言葉に施されるまま、須藤は屋敷の外へと赴く。
外には村人の姿が集まっており、シリエラの姿も見られた。」
「シ〜ズ〜ク〜」
須藤を見ればシリエラが飛び付いて来る。
「シーラ、おみおくりに来たの。」
「村を出て行く者には皆で見送りをするのが伝統なのです。」
須藤の荷物を手渡しながら状況を説明してくれるシリエラの父親。ゼントルの来訪に須藤の旅立ちを察し、村の者に声を掛けて集めていたのだった。
仲間意識の高さを見せ付けられる、何より数日の付き合いである須藤に迄この対応、須藤の中で燻っていた決意が固まるそんな気がした。
「それでは参りましょうか、我が主の元へ。」
村人達の見送りをひとしきり終えれば、背後で待っていたゼントルが須藤の隣へ並び、紙のスクロールを広げる。
それと共に村人は2人から少し距離を取る。
「少し眩しくなりますよ。」
そう呟けばスクロールを破くゼントル、その後地面に紋様が描かれる光の柱で2人を包む、その向こうでは手を振る村人達。
光は強まり、2人を完全に覆い尽くした後弾けて消える、その場所に須藤とゼントルの姿はもうなかった。