第一話 赤色の麗人
愛憎が渦巻き、思惑が交錯するルナティア城内。戦後の混乱した世に乗じて、出世を試みる者もそれなりに多かった。
エーテルは国の第二王女。第一王女は淑やかで大人であるが、近々凱旋する『勇者』に娶られるだろうと誰もが予測していた。一方の第三王女は、結婚するには幼すぎる齢だ。
だからこそ、活発で美しく、若い第二王女は、城内、果ては国外の有力な男に注目を浴びていた。様々な者が様々な方法でエーテルに近付こうとしたのだ。
だが、ルナティア国王としてはそう易々と第二王女という外交の駒を失う訳にはいかない。勇者と共に旅に出ている第一王女が勇者に嫁ぐのは百歩譲って仕方がない。勇者には国王が身を捧げても返せない恩がある。だが、第二王女が多くの男に言い寄られ、万が一にも娘が本気で恋をしてしまうのは、面白くなかった。
ハイドが去った後、エーテルをその場に留めさせた国王は、彼女に一つの提案を出した。
「エーテル。お前の望み通り、あのハイドという男をお前のダンジョン開拓事業の補佐に置いてやった。だから次はこちらの望みを聞き入れるのが筋というものだろう」
「……はい、国王陛下」
こうした国王の威圧的な態度に、エーテルは普通の家族には無い壁を感じていた。また昔のように、国王をパパと呼んで抱き着きたいなどといいう希望は抱くだけ愚かだった。
「エーテルも奴と共に行くがいい」
てっきり、いよいよ婚礼の話でも来たかと気が気でなかったエーテルは、思わず抜けた声を上げた。
「ほ、本当ですか⁈」
「うむ。あの男を上手く使い、お前が功を立てろ。手柄次第ではお前の好きなように婚姻を決めることを許してやろう」
「ありがとうございます!」
エーテルの顔が花開くように華やかになる。その姿に見惚れる男が多い中、国王の隣に立っていた軽装の女はつまらなそうな表情で国王に耳打ちした。
「あの、そんな口約束して平気なんですか? そもそも庶民と王族が組んで事業をやらせるなんて、僕は納得していませんからね」
「あんなの嘘に決まっているだろう。娘に変な虫が寄ってこないようにするための時間稼ぎだ。娘が冒険に繰り出している間、私がじっくりと結婚相手を選ぶとしよう」
「……エーテル様がハイドという男に惚れないと言い切れますか?」
女の鋭い問いに、国王は一瞬肩を震わせた。しかし、すぐにいつもの調子でこう言ってのけた。
「庶民を選ぶほど娘は愚かではない」
「し、失礼しました」
女はすぐに頭を下げて謝罪した。
「だが、万が一そうなればあの男の首を刎ねるのみ。所詮民は全て、我が掌の上よ。それよりもフレイア。例のモノは用意できているか?」
「万事順調です。……あれが役に立つとは思えないのですが……」
フレイアと呼ばれた女は、最終調整に入るので、と告げると、謁見の間からひっそりと姿を消した。
※
翌朝、ハイドは再び王城に訪れていた。昨日同様、謁見の間に招集され、正式に開拓者として任命されるのだ。
「ハイド=ウィンディル=オークス。汝を今、開拓者に任ずる」
国王は跪くハイドの肩に剣先を当てた。その横にはエーテルも同様の姿勢を取っている。
「何で、第二王女様がここにいるんだよ」
あまりにも自然に跪くエーテルを見て、ハイドはやや動揺しつつ叫んだ。
「わけあってわたしも一緒に調査に行くことになりました! わたしがいれば国王陛下も城の兵隊を派遣しやすいでしょ?」
「兵隊を派遣してくれるのか。凄いな」
続いて国王は、宣言をするようハイドに命令した。ハイドは後ろに待機している国の要人の方を向く。数が多い上に、あまり浴びていて心地の良い視線は感じない。
「あー……」
宣言と言われても何を言えばいいのか分からない。だが、変に畏まったりするのは自分の柄ではない。昨日の謁見で嫌と言う程分からされた。
そもそも庶民であるのなら、それらしく言ってやろうじゃないか、と開き直り、簡単に挨拶した。
「暫く世話んなります。まぁ、俺なりに結果が出るよう努力はします」
国の要人が一斉にどよめく。コイツは大丈夫なのか、だから庶民は、といった声も飛び交うが、そこは耳を塞いで聞こえないフリ。
「静粛に」
罵詈雑言が飛び交う王城内に、国王の威厳ある声が響いた。
「エーテル、そしてハイドよ。これから早速出発して貰おうと思うのだが、その前に一度会って貰いたい人物がいる」
国王が手を叩くと、ハイドの後ろに控えている群衆から一人が立ち上がった。
燃え盛るような鮮やかな赤い髪をした少女。ハイドが見る限りまだ若い。
その人物はエーテルに一瞬だけ微笑みかけると、すぐにハイドを睨んだ。
「さて、エーテルとこの者を案内しろ。そこで自己紹介も済ませると良い」
「はい。では、こちらです」
少女は短く返事をすると、ハイドから目を逸らすことなく二人を廊下に連れ出した。
赤い絨毯が敷かれた廊下に出るとすぐ、少女は口を開いた。
「僕の名前はフレイアです。フレイア=カボール=サランディス。ルナティア王国第三王女、エチエル様の従者兼『天才』王宮魔術師さ」
どこか大仰な、そして鼻につく自己紹介。しかし、フレイアの男性的な爽やかさに麻痺させられて、ハイド達は不快感を抱くようなことがなかった。
「いつもエチエルちゃんのお世話してくれてありがとね」
エーテルはフレイアと顔見知りのようで、距離を感じさせない接し方をしている。第三王女のエチエルというのは、ハイドが薬草の指輪を売った子である。
「確かに、元気盛りですからね。あの方の挙動には時々肝を冷やしますが、一緒にいると色々と発見があって楽しいですよ」
「わたしのお世話係もフレイアちゃんが良かったなぁ」
「アハハ! 今からでもお世話しましょうか?」
目の前で展開される花園に、ハイドは自分が立ち入る隙を見つけられずにいた。
「……おっと。置いてけぼりにしてしまっていたね」
「いや、いいんだ。二人でしか出来ない積もる話もあるんだろ?」
ハイドの涼しい受け答えに、フレイアは苛立ちを覚え、つい嫌な顔をしてしまう。それを悟られないよう、すぐに前を向いて間を取った。
「あれ? 俺、変なこと言ったか?」
「フレイアちゃんは昔からあんな感じなんだ。こうは言いたくないんだけど、ハイドみたいな庶民があまり好きじゃないみたい」
「なるほどな。まぁ、嫌われちまってるモンはしょうがないな。挽回出来るチャンスがありそうなら、それはそん時に上手くやってやるよ」
ハイドは溜息まじりにフレイアの背に目を遣った。正面のフレイアは自身に満ち溢れた麗人に見えたが、背面の彼女は苦労人のそれと同じだった。
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