②提案
その日の夕刻、ハイドは石と鉄棒で拵えられた堅牢な小屋に入れられていた。王城の地下のようだ。
何もやましいことなど無い筈だ、すぐに釈放されるだろうと、ハイドはそこまで気に病むことも無く、その辺に落ちていた小石を投げて遊んでいた。
「はぁ、そろそろ出してくんねぇかな。金庫盗まれたらどうしてくれるんだよ」
牢屋の中は静かで、今は自分以外の罪人はいないようだった。
手元の石も尽きてきた頃、地下牢の扉が開かれる音が聞こえた。突然刺した光を鬱陶しく思い、ハイドは顔を覆う。
そうしている間にも誰かの足音が近付き、ハイドの前で足を止めた。
ようやく目が慣れ、手を下ろすと、そこにはボロボロになったローブを羽織る人物の姿があった。
「アンタは……」
「えと、さっきはごめんなさい。それからありがとね。兵隊さんを色々説得して、やっと納得して貰えたんだ」
そうとだけ告げると、彼女はローブを脱ぎ、その下の真の姿を露にした。
一つ目の感想は、美しい。銀色の髪がその部分を強調している。そして二つ目は、幼い。大きな目や小ぶりな口には、相反する二つの特徴を併せて持っていた。
「わたしはエーテル=ジ=ルナティア。ルナティア王国の第二王女だよ。君のことを助けに来ました!」
「王族なのにフランクだな。しかも、ちゃんと名乗ってるし」
あまりに気さくな態度から、ハイドもつい敬語が抜け出てしまう。何より、ローブの下のエーテルは、自分と大して歳が変わらないように思えたのだ。
「今出してあげるね」
エーテルは持っていた錆びだらけの鍵を使って、ハイドを牢屋から解放した。
「わたしが責任を持って君を連れて行くよ」
豪華絢爛な城内を歩く道すがら、ハイドは色々と疑問に思うことを全てエーテルにぶつけた。
「どうして城下に出てきたんだ? しかも妹と一緒だったんだろ」
「戦争が終わったとは言え、活気がすぐに戻る訳じゃ無いからねー。そろそろ勇者サマが帰って来る頃合いだし、その噂を広めるついでに偵察って感じかな」
途中ですれ違う侍女は、城内を跳ねるように歩くエーテルを見ると、恭しく頭を下げた。
「偵察の一環で俺の所に買い物に来たのか」
「そうそう。あんな安いお金でも取引してくれて良かったよ」
「まぁ、こんな時化た時代にわざわざ装身具を買ってくれるお客は少ないからな。一メイからでも取引可だ」
メイはこの世界の通貨だが、今後の景気次第では貨幣を変更する可能性もある。
城にもそれなりの被害が出ており、兵隊が大工の指示に従って城壁を修繕している姿が見えた。
「ところで、これ外に向かってるんだよな? 今窓の外を見たら二階より上にいるようだけど」
「今はパ……じゃなくって、国王陛下の所に行こうとしてるんだよ」
「こ、国王陛下ぁ⁈」
唐突に大声を出したハイドに、周囲から不快極まりない様子の視線が向けられた。城内で静かにすることも出来ないのか、これだから庶民は、姫に馴れ馴れしく話しかけるな、と言った侮蔑と苛立ちの念を感じ取り、ハイドは歩く速度を速めた。
「んで、どうして俺が国王陛下に謁見出来るんだ?」
「それは行ってからのお楽しみかなぁ」
そうして連れられた先は、大きな扉で塞がっていた。遠目から見れば威圧感があるように感じられる大きさで、近くで見れば黄金の扉に施された細やかな意匠の美しさに目を奪われる。
どこから見ても王城の威厳を保つ、素晴らしいデザイン。きっともう見ることは出来ないだろうとハイドが眼前の光景を目に焼き付けていると、黄金の壁が二つに割れた。
その向こうには玉座に腰かける中年の男性の姿があった。
衛兵に尻を突かれ、ハイドは男の前に跪かされた。男の頭にはこれまた細やかな意匠が施された王冠が載っている。玉座に座る、王冠を被った男。彼の素性など、考えるまでもない。
「ふん」
男は座ったまま固まっているハイドを終始睨みつけていた。ハイドの横に跪くエーテルがこっそりと耳打ちする。
「コショコショ……挨拶しないとだよ! ご・あ・い・さ・つ!」
耳に当たる生温かい吐息にハッとさせられ、ハイドはすぐさま顔を上げ、謁見の大広間全体に、それどころか王城内全域に響くような大声で挨拶をした。
「国王陛下! お初にお目にかかります! 俺はハイド=ウィンディル=オークスです! 本日はこのような恩赦を賜り、どうお礼申し上げれば良いのか――!」
無茶苦茶な挨拶を聞き、流石のエーテルも頭を抱えた。地を揺るがす轟音での挨拶は、何があっても動じないように訓練されている筈の近衛兵も耳を塞ぎざるを得なかった。
一方の国王は、面白そうな様子で髭を撫でた。必死の形相で喋りつづけるハイドに満足したのか、左手をスと上げた。
「もう良い。私は別にお前を責めた訳でも無いし許した訳でも無い。冤罪を被せたことはこちらの責任だ」
国王は一度咳払いをすると、再度話を続けた。
「寧ろ、私は君に敬意を払わねばならない。娘を二人とも、魔物から救い出してくれたそうではないか」
「え、ええ」
「その礼と、詫びを兼ねて、そして娘を守った君の腕を見込んでなのだが、お前には一つ、仕事をやろうと思う。戦が終わり、世は太平を迎えた。しかし、憎き魔族が残した爪痕は大きい。迷宮状に変化させられたダンジョンや奴らが使役していた魔物が最たる例だ。そこで、これを逆手に取り、ダンジョン探検や魔物討伐を専門に行う者を立てることで、今後の経済を回して行こうという提案があった訳だ」
国王はつらつらと計画を述べていく。話を聞く限り、国王はハイドのことを体よく使おうとしているだけだというのは明け透けであった。
「報酬は弾む。お前にはダンジョンの開拓者となって貰いたいのだ」
富の無いハイドにとって、報酬が弾むといった類いの誘い文句は魔法の言葉そのものだった。
そうであるのなら、別に利用されても良いではないか、という結論に至った。何より、戦後の鬱屈とした生活から抜け出して生き延びる為には、アクセサリー作りの素材となる魔物が巣食うダンジョン開拓は、魅力的だった。
「国王陛下! ご勅令かどうかはさておき、そのお話、引き受けます!」
もう一度頭を下げると、ハイドの母の形見であるピアスが揺れた。
「うむ。気持ちの良いヤツだ。では、お前には城の離れの小屋を貸してやろう。本来は兵隊どもが泊まり込みの訓練をする為に建てた小屋だが、生活には困らないだろう。その間に、お前の住居は、誤認逮捕をやらかした部隊にでも修理させておく」
「あ、有難き幸せです」
後ろで見ていた兵隊の一人が、苦虫を食い潰したような表情を浮かべた。ハイドを誤認逮捕した張本人だ。
そのあまりの表情の変わりっぷりに、国王の横に控えていた重臣が、滑稽だといやらしく嗤っていた。
「さてと、この者を訓練小屋へと案内しろ」
国王は兵隊に顎で指示を出すと、ハイドは半ば強制的に兵士に連行された。
「あっ、待ってよ――」
追おうとするエーテルの耳に、少し怒りの滲んだ声が聞こえた。
「エーテル。お前は残るように。お前の願いを一つ聞き入れてやったのだ。今度はこちらの言うことを聞いてもらおうか」
「は、はい……」
エーテルがハイドから目を背けると、謁見の間の扉が閉まった。
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