さやか&トウヤ
「にゃぁぁぁ」「にゃご、にゃご、にゃぁぁご」
「ほら、ペロ、リンと仲良くね」
二匹の猫、初対面ということになるのだろうが、ずいぶんと相性が良さそうだ。さやかがリンを下ろすと、部屋の隅で二匹して丸くなっている。うん、いきなり仲良しなのだから、しばらく一緒に過ごしても問題ないだろう。
「リンちゃん、一晩、事務所で預ろうか?」
「それは大丈夫、お客様と連絡が取れて、今夜10時、お店に来てくれることになったから」
10時だと! 例の連続誘拐殺人事件、ネットやテレビは、連日、その話題で持ちきりなのにかっ!
「俺、付き添うよ」
「お兄ちゃん、本当に心配性なんだからぁ〜 私、もう子供じゃないのよ。家に帰りがてらお店にちょっと寄るだけだし」
昔からの癖で、俺はさやかに対し過保護になってしまっているのだろう。立派な成人女性を子供扱いというのは、少々失礼だったかもしれない。
「そうか、でも、くれぐれも気を付けてな」
「で、ゆずき所長、面接ですが……」
さやかは、ゆずきに視線を移した。
「採用です!」
「あ、ありがとうございます」
「んなことより早速歓迎会に移りましょう。この中から好きなものをお取りください」
「って、なんですか、コレ! 先の折れた大根二本、シーチキンの缶詰一缶ノンオイル、お風呂洗い用長靴左足のみ、ホールケーキのような名状しがたい不思議な何か、流星号のプラモデル、グラハム・トゥニー30年開封済み、カップ焼きそばバンバンの段ボールが二つ……」
「いいでしょ! 鍋島商店街の皆さんから愛を込めて」
さやかは、ゆずきの為人に慣れていない、いきなりの採用に少々面くらっていたが、商店街からのネタ商品を見て緊張が解れたようだ。
「じゃ、グラハム・トゥニーをいただいて、今夜、みんなで飲むことにしましょうか?」
俺たちはビールで乾杯し、戦利品やら事務所の買い置きで作ったつまみを肴に、ポーランド製高級ワインを賞味した。このポートワイン、開封されてはいたが中身は全く劣化していないように思う。
「このワイン、甘口でとっても美味しいです」
「そうだね、女性向きかも」
ゆずきは、すでに赤ら顔、いつにも増して饒舌になっている。彼は酔っ払うと、ミステリー研究部の昔話ばかりする。
「ごめんねぇ〜 妹ちゃん、なんだか僕の思い出話ばっかで」
「いいえ、全然、ゆずきさんのお話から、お兄ちゃんの意外な一面が聞けて、とっても興味深かったです」
「って、あのなぁ、さやか、俺は昔も今も特に変わってないぞ」
「ふっ、ふぅ、そっ、かなぁ〜 そうは思えなかったけど。さて、そろそろ、そのケーキらしき何か、いただきましょうか?」
さやかは、かつてケーキだったようなものを切り分け、俺はみんなのために酔い覚ましの紅茶を淹れる。大切な、とても大切な人たちと過ごす須臾の時……。
たとえタイムマシンが完成したとしても、過去を改変することは不可能なのだと言う。願わくば、そうあってほしい。神は、過去の悔恨を晴らせぬ対価として、楽しい思い出を未来永劫、変わらぬものにしてくれるのだから。
「ああ、さやか、もうすぐ10時になるよ? 片付けはやっておくから、トリミングサロンに戻った方がいい」
「うん、うん、妹ちゃんは今夜のメインゲストなんだから、どうぞ、どうぞ」
「すいません、では、お言葉に甘えて」
「くれぐれも、気をつけてね」
「もぅ、大丈夫だから……。さ、リンちゃん行きましょう」
「にゃごご〜」
さやかはリンを抱き、早足に事務所を出て行った。
「さて、所長、片付けましょうか?」
俺たちは宴会で使用したグラスやカップ、お皿を洗い、缶ビールを分別用のゴミ箱に捨てる。
「大根の残りは千切りにしてサラダ用に保存っと……」
うーーん、どうも落ち着かない。
「やっぱり心配なので、俺、洗い物が終わったら店までさやかを迎えに行ってきますね」
「そうだね。それがいいと思うよ」
プルルル、プルルル
「りーたんだ」
りーたんとは、皇理都、皇さんのことだ。
「もしもし、ああー、ごめんなさい、その時間は銭湯に入ってたよ。うん、うん、迷い猫ってこと?」
一瞬、ゆずきの顔に緊張感が走ったように見えたが気のせいか?
「ああ、なるほど、了解」
「皇さんから、猫探し依頼ですか?」
「そうなんだけど……」
ゆずきから聞いた猫の特徴は、先ほど、さやかが連れてきたリンに酷似していた。そもそも、皇さんが猫を飼ってるなんて話、聞いたことがない。なら、誰のための猫探し? しかも、こんな時間に電話してきて。
妙な違和感、なんだ? コレ? 胸がざわつく。再び心の水平線に湧き上がる雲、今度はずっと黒い、黒より黒い漆黒の雲が瞬く間に青空を覆い尽くした。
そうだ!! とにかく、すぐに、さやかを迎えに行かないと! 早く! 早く!!! 俺は矢も盾もたまらず事務所を飛び出した。