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リン

「なになに、ボーッとしちゃって、昔のことでも考えてた?」


 回想モードに入ってしまい、しばし黙り込んだ俺の頬に、ゆずきが冷たい牛乳瓶に押し付けてきた。


「ワッ!」


「ということは、君たち、しようと思えば結婚できるということ? これは、新たな強敵出現だね! いやいや、ラスボスとも言える」


 さやかは、とてもとても大切な妹だ、だけど彼女は家族、血の繋がりなんて関係ない、家族なんだ……。


 そうだよな? え? 結婚できる? 当たり前の事実に過ぎないが、今まで考えもしなかった。なんだろ? この感じ、なぜだか胸がドキドキする。


「なに言ってんですか? ま、いろいろ、ありましたけどね」


「え? どういうこと?」


 予想もしない、ゆずきの指摘に動揺したのかもしれない。俺にしては思わせぶりな言い方をしてしまった。


「いやいや、所長が期待したような話じゃないですよ。実は、さやかと家族になってすぐ、彼女、誘拐未遂事件に巻き込まれてるんです」


「え! それは初耳だ」


 誘拐未遂事件を起こしたのは父の会社に勤めていた男、勤務態度が悪く社長である父に解雇されたのを逆恨みしたのだ。


 我が父は自分で立ち上げたベンチャー企業をナスダック上場まで持って行った、まぁ、子供からこう言うのもなんだが、辣腕社長ということになるのだろう。


 であるが故に、何か強引なことをしているのではないか? と思い、俺なりに調べてみたが、予告期間を設け労基法に則った解雇だったらしい。


 さやかは一緒にいた友人の機転で事無きを得、犯行は未遂に終わったのだが……。


「まぁ、ねぇー。人の心というものは複雑だから。ああ、なるほど、それで、トウヤ君は、犯罪心理学のゼミを専攻したんだ」


 その通りだ。妹のピンチを未然に防げなかった自分が情けなくて、情けなくて、心理学が犯罪防止にどこまで有用かは何とも言えないが、とにかく少しでも役に立つ何かを、という思いだった。


「未遂とはいえ、さやかは、とても怖い思いをしたに違いありません。彼女が望んだアルバイトでしょうから、否はありませんが、安全対策については十分な配慮をお願いします」


「うん、うん、本当に、トウヤ君は、妹ちゃんが()()()()人なんだねぇ」


 アレレレ? この場合俺は、探偵事務所なりのリスクについて配慮してほしい、とだけ言えばよくなかった? なんで、わざわざ、このタイミングで、過去の誘拐未遂事件を語るわけ?


 心に沸き起こる妙な違和感、なんだコレ?


プルルル、プルルル


 水平線の遥か向こう、微かに見えた黒雲はスマホのコール音によって雲散霧消した。


「って、お? 噂をすれば電話だ! うん、うん、了解、気にしないで、お仕事なんだからしょうがない。弁当でも食べて待ってるから」


「さやかから、ですか?」


「うん、妹ちゃん、仕事の関係で少し遅れるとのことだ。ま、事務所に行って、彼女を待つとしよう」


 ゆずきによると、さやかはトリミングサロンに来た上得意客が、猫を迎えに来るまで待っていなければならないらしい。俺たちは「戦利品」を抱えて探偵事務所に戻った。


「にゃぁごぉ、ごろごろ」


「ああ、ごめんね、ペロ、夕ご飯、遅くなっちゃったね」


 ペロに晩ご飯をあげ、人間二人は事務所一階の弁当屋へ。名物のフィッシュフライ弁当は売り切れだったので、無難に海苔弁を購入して夕食を済ませた、その頃。


「にゃぁ〜」


 事務所の表から猫の鳴き声がする。


「あ、開いてますよ」


 って、ゆずき、猫に返事してるのかっ!


「こんばんは、ごめんなさい、遅くなりました。お迎えに来るはずのお客様が、なかなかおいでにならなくて」


 開いたドアの向こうには猫を抱いた、さやかが立っていた。


「それ、お客さんの猫?」


 猫撫で声でゆずきが聞いた、本当に彼は猫好きだ。


「ええ、リンちゃんって言います。ショップに置き去りにするわけにもいかず、連れて来ちゃいました」


「可愛いスコ猫だねぇ、よしよし」


「スコ猫?」


「お兄ちゃん、あんまり詳しくないもんね。この猫の品種、ロングヘヤースコティッシュフォールドって言うの。この子のような折れ耳は特に人気があって、ペットショップで数十万するような高級猫よ」


「へえーー、じゃぁ、オーナーさんもさぞやお金持ちなんだろうね」


「ええ、ドイツ製の高級自動車に乗ってくる、ご婦人なのだけど……」


「だけど?」


「なんだか、やたら寡黙な人で……」


 さやかによると、リンのオーナーであるご婦人、どこかミステリアスで言葉を発するのを聞いたことがないような人らしい。


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