さやか
まったく! さすがにこれは想定外、風呂焚きと掃除の重労働が終わって、やっと一休み。二人で一番風呂をご馳走になることとなった。
だけど、なるほどな、ゆずきが猫探しだけで、商店街の人気者になったのではない点は、よっく理解した。
「なんなんですか! こんなの体がいくつあっても足りません。ひょっとして、所長、いつもこんなことやってるんですか?」
「日々、協力者、情報提供者を増やしていく、探偵業の定石だよ」
いやいや、趣味でやってるでしょ?
「しかし、いくらなんでも、大変過ぎません? まるでブラック企業の社畜さんじゃないですか! これじゃあ、バイトなんてすぐ辞めてしまうんじゃ?」
「妹ちゃんには受付嬢をやってもらうだけだから大丈夫だよ」
ゆずき、なぜだか知らないが、俺の妹さやかのことを「妹ちゃん」と呼ぶ。彼女には事務所の掃除を手伝ってもらったこともあり、親愛の情だと思うのだが……。
え? さやか? え? なんだってぇぇえ!!
「まさか! アルバイト候補はさやかなんですか!」
「さって、ちょっとのぼせて来たね。脱衣所で、コーヒー牛乳でも飲もうよ」
俺の驚きを華麗にスルーして、ゆずきは、さっさと湯船から上がり浴室を出た。
「はい、これ、トウヤ君の分、奢りだよ」
「ありがとうございます。って、誤魔化されませんよ。バイト候補、さやかなんですよね」
「ここ最近、我が事務所は依頼殺到! 千客万来、門前市を成す状況だ。さすがに僕一人ではさばききれなくなってきたから、トウヤ君にも現場をお願いしようかと思ってね」
確かに、当事務所が忙しいの周知の通り、俺が現場に出るというのも特に問題はない、とは思う。
「という流れで、先日、妹ちゃんに電話番バイトを打診したところ、さきほど快諾のメールがきた。今日、仕事が終わったら、面接に来てくれるはずだ」
「さやかが電話番ですか……。とはいえ、うち、探偵事務所なんですよ」
今までそんな経験はないが、探偵業の性質上、何らかの事件に関与したり、誰かの恨みを買うリスクは常に抱えているはずだ。
「トウヤ君の心配は分かるけど、ここのところ危ない依頼は皆無だしね。それに、妹ちゃんは、ペットのプロでもあるわけで、ペロの世話はもちろんのこと、猫探しにも有益な助言がもらえるだろうと思うよ」
うーーん、押し切られそうだ……。
「そういえば、メール添付の履歴書、拝見させてもらったんだけど、妹ちゃん、北海道の高校から転校してきたんだね」
「ああ、それは……。十年ほど前、俺の父とさやかの母が、再婚することになって……」
そうなのだ、俺とさやかは血が繋がっていない。俺が大学生、彼女が高校生の時、両親が再婚して兄妹となった。
さやかの第一印象は、小柄で大人しく、ちょっと影のある子といったところだった。彼女、背が低いことを指摘すると機嫌を損ねるが、今でもセーラー服を着て中学生の集団に混じれば、何ら違和感はない。
カワイイは、全世界的に褒め言葉だと思うが、すでに大人の女性である彼女からすると、「子供っぽい」は、いたく自尊心を傷つけられるのだろう。
もともと、明るい性格の子なのだが、転校で親しい友人とも離れ離れ、慣れない環境という点はもちろんあったと思う。だが、あんなに暗かったのは、実父の喪も明けぬうちの再婚、彼女は実母に複雑な思いを抱いていたようだ。
お互い一人っ子だったわけで、兄妹、どう接していいのか分からない。おまけに、大学生の俺の家にJKが転居してきたわけだ、ラブコメのテンプレみたいなシュチュに、俺はとても、とても当惑した。
だけど、幸いなことに俺とさやかは同じ趣味を持っていた。いや、コレ、今時、読書や旅行と同じ位置付けじゃない? 嫌いな人いる? そう、ゲームだ。
当時、流行っていた「メタルギアソリッドピースウォーカー」、二人の協調プレイができる仕様で、両親に叱られながらも、毎日二人で夜遅くまでプレイしていた。
そんなふうにして、ただ一緒に遊んでやっていただけなのだが、日に日に、彼女の表情に明るさが戻って来た。休日には、甘い物を食べたり、ゲーセンに行ったり。
「コラ! さやか、腕を組むのは止めなさい」
「いいじゃない。兄妹なんだから」
「いやいや、いろいろ誤解されるし」
「誤解されたっていいわ、大学生のイケメン彼氏がいるって、クラスのみんなに自慢するから」
ちなみに、彼女は手先が器用なだけでなく反射神経も鋭い。ゲーセンで、よく格ゲー対戦をしたが勝てた試しがない。そんな特技を活かしてということか、彼女はトリマーを養成する専門学校に無事入学、現在に至っている。