ゆずき&トウヤ
続く話を聞くに、さやかを誘拐しようとした女は、今、世間を騒がせている連続誘拐殺人事件の容疑者である可能性が高い、とのことだった。いきなりナイフで俺に襲いかかってきたヤツだ、そう言われても驚きはなかったが……。
「まったく! それじゃぁ、さやかは、あやうく殺されかけたってことですか!!!」
俺だって殺されかけた、だけど、さやかの事となると、なぜだか感情が抑えられない。もちろん、彼らが悪いわけではない、それも承知している。俺の胸にふつふつと湧き上がる怒り、その矛先をどこに向けていいのかが分からない。
「お兄ちゃん、落ち着いて、私、全然、大丈夫だから。それより、理都さん、私は容疑者の顔を見ています。これから警察に行って、モンタージュの作成に協力しますから」
「さやかさんの体調が許せば、そうしていただけると、ありがたいです」
「うん、そして、トウヤ君と僕は猫探しだ」
「え? こんな時に猫探し? あ、昨夜の皇さんからの電話、なるほど! 繋がりました、繋がりましたが……」
「お兄ちゃんが私の事を心配してくれるのは嬉しいわ。だけど、もたもたしていれば、また誰かが襲われるかもしれないでしょ? ことは人命に関わるの、私たち、それぞれ、やれることをやりましょう!」
負うた子に教えられってかい? やっぱり俺、幼い容姿に騙され、いつまでも子供、保護対象なんて失礼なことを思っていたんだな。さやか、君はとっても思慮深い大人だよ。
「さやかさんには、しばらくの間、護衛を付けようと思います。で、今日は特別、私が直々にガードします」
「うっ、りーたん、送りなんとかって言葉、知ってる?」
「失礼なことを言うもんじゃありません」
皇さんは、清算から戻ってきた父と母に事情を説明し、さやかを伴って警察署に向かった。
そして、俺とゆずき。
「所長、この公園、前に来たことありますよね?」
「ああ、2話の伝書猫事件だっけ? うん、実はね、りーたん情報によると、この近くの廃ビルが犯人のアジトだったらしいんだ」
え゛? 2話って何?
「でも、こんな近所を探したって、見つからないのでは?」
「猫の習性だよ」
「うん?」
「犯人のアジトでりーたんはリンちゃと遭遇している。飼い猫の行動範囲は、自宅から50〜100メートルくらいなんだよね」
「なるほど! リンちゃんが、犯人の自宅から時々散歩に出かけているとして、そう遠くまでは行かないと」
「そそ、事件の陰に美猫あり、ってことなんだ。ああ、そこに落ちてる枝、取ってくれる?」
ゆずきは何を思ったのか、草むらの中を長さ50センチほどの枝で掻き回している。
「うん、まだ新しいな」
「って、臭っさ! 猫の糞じゃないですか!!」
「ほら、見てごらん、長い毛が付着している。間違いない、これは長毛種の糞だ」
「いや、めちゃくちゃ、臭いんですがっ」
「うーーん、と」
ゆずきは、草むらをかき分け、道なき道を進んで行く。俺は間違っても糞を踏んづけないよう注意しながら、後を追った。
「にゃぁ〜〜」
「ああ、そこにいたのか、リンちゃん、そろそろお家に帰らないといけないんじゃない?」
さすが、猫探しのプロと言えばそう。こんなにあっけなく、お目当ての猫を見つけてしまうとは! 俺は賞賛半分、辟易半分で、ゆずきを見つめた。
と……、ゆずきの言葉を理解したのだろうか? リンが突然、公園の外に向かって走り出した。
「所長! 危ない!!」
車道を横切り、民家の塀を乗り越え、リンは走って行く、追跡するゆずき、それを追いかける俺、とある高級マンションの裏庭にたどり着いた。
茶色いタイル貼りの瀟洒な建物に、寄り添うよう高く聳える欅の木、リンはするすると木を登り五階のベランダに飛び移る。続いて、ベランダからベランダを渡り、向かって左から三番目の部屋に消えた。
「あそこが、501とすると、503号室だね」
ゆずきはスマホを取り出し、電話を掛ける。おそらく皇さんだろう。
「もしもし、りーたん、猫が見つかったよ! 鍋島レジデンスの503号室。サイレンは鳴らさないで来てね」
「突入は警察に任せるとして、僕たちは、ここで見ていることにしよう」
しばらくして、マンションの表側に、複数台の自動車が止まる音がした。おそらく警察が到着したのだろう。
「あっ! まずいな」
見上げると、503号室のベランダに人影が見える。さっきリンがやったように、隣のベランダに飛び移った。
「危険です! 犯人は凶器を持っているかもしれません」
俺の制止も聞かず、ゆずきは欅の木を登り始めた。いやはや、ゆずき、細身の体とはいえ、その身軽さは猫のごとし、俺は呆然と木の根元から見上げるばかり。
ゆずきは木からベランダに飛び移った。
「すでに、警察が包囲しています。諦めて……」
と言いかけたゆずきに、容疑者と思しき長身の女が飛びかかった!
二人はもつれ合うようにして、マンションの五階から落下する。
しかし! その女は、信じられないような身のこなしで三階ベランダの手すりを掴む。そのまま、二階、一階と降り、裏庭の塀を飛び越え消えた。
一瞬、上海雑技団顔負けの「演技」に目を奪われた俺だが、確かに見えた! ゆずきが背中を下に落ちてくるところを。
「所長! ゆずき!!!!!!!」




