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やるせなき脱力神番外編 未定  作者: 伊達サクット
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番外編「未定」1

 冥界王都の近郊にあるツースリーの町。

 王都ほどにゴミゴミとしていない、のどかな雰囲気のこの町に、カルミアの自宅はあった。

 普段は、王都にあるワルキュリア・カンパニーの女子戦闘員寮で生活しているから、こちらの自宅に帰ることはあまりない。

 ただ、今日はザットを訓練に付き合わせる為に招いているから、十分にスペースがあり、なおかつうるさい勤務先の連中の目がないこの自宅が望ましい。

「822、823、824……」

 広間の中央にマットを敷き、足腰を鍛える訓練を延々と続けるカルミア。

 ヒューマンタイプの上半身は、胸部までを覆い腹部を露出させたトレーニング用のブラトップを着用。

 漆黒の体毛に覆われた馬の下半身には、ザットが座る為の鞍を装着。

 カルミアはその鞍に鎧を着込んで重くなったザットを座らせ、前脚と後脚を左右に大きく開いて立った状態から、膝を左右に折り曲げて下半身の高度を垂直に、床スレスレまで下げ、また四本の脚を伸ばして立ち上がる、という動作を繰り返す。

「830、831、832……」

 数のカウントはザットが務め、カルミアはトレーニングに集中している。

 ザットは、カルミアの馬の下半身に座ったまま、何百回も上下を繰り返し、その度にサラサラと揺れる綺麗に切り揃えられた橙色のボブカットと、白い背中に数を増やしていく汗の球を見ながら、カウントをし続けていた。

「85…9……、……8……60……」

 ザットの発するカウントも遅くなる。もうカルミアは限界のようだった。

 ブラトップは汗でびしょ塗れとなり、呼吸も激しく、滝のように汗が流れ出ている。下半身の漆黒の毛並みも汗で湿り、下半身が上下する際に脚は震えており、座るザットにもその震えが伝わってくる。

 ここまでかと思ったら、カルミアが再び震える四本の脚を折り曲げて下半身を下げるが、もう床スレスレではなく、大分高い位置で止まり、また震えながらゆっくりと上がりだす。

「んっ、はぁっ! あぁっ……」

 カルミアが勢いをつけるために声を上げる。膝が伸びて、ハの字で直立した状態に戻る。

「861」

 ザットがカウントを取るが、カルミアは呼吸が荒く、なかなか862回目が始まらない。

「途中で休むのは駄目だろ。ここまでにしとくか?」

 カルミアは呼吸を荒くしたまま言葉を返さず、橙色のボブカットをサラサラ揺らしながら首を左右に振り、眼鏡を外して腕で顔の汗を拭う。

 カルミアが腕を後ろに回し、眼鏡をこちらに寄越してきたので、ザットはとりあえず受け取った。

「ああぁ……、くっはぁぁっ……!」

 更に震えが大きくなり、下半身がゆっくりと下がる。黙って見守るザット。しかしまた下半身は震えたまま、四本の脚は中腰の状態で止まり、床スレスレまで下がっていかない。

 カルミアが、両腕をこちらに回してきた。ザットも両手を出して、手を繋ぐ。カルミア曰く、ザットと手を繋いでいると無限に力が湧いてくるらしい。

 ザットとしては面と向かってそういうことを言われると恥ずかしいが、そこまで惚れられるのは男としてありがたい話だし、臆面もなく、自分の感情に正直に、恋に酔いしれることができるのは羨ましいと思っていた。

 もう、二度と自分のような男にこんな素晴らしい人は現れないだろう。ザットはそう思っていた。

 手を繋いだら、床スレスレまでカルミアの下半身が下がる。

「んあああっ!」

 そして、声と共に一気にハの字の直立姿勢になる。

「862」

 ザットが数を数えると、863回目を目指してカルミアがまた膝を折り曲げる。

「ああっ!?」

 カルミアが声を上げて、一気に崩れ落ちた。折れ曲がった四本の脚をマットに投げ出し、上半身はうつ伏せになり、激しい呼吸で肩を揺らす。

 すぐにザットが鞍から降り、コップ一杯の水とタオルを持ってカルミアに渡した。

 カルミアは上半身だけ起こして一気に水を飲み干し、タオルで汗を拭き、ザットから眼鏡を受け取った。

「お疲れ様。頑張ったな。最高記録だ」

 ザットが讃える。今すぐ汗だくのカルミアを抱きしめてやりたい衝動に駆られるが、嫌われそうなのでやめておいた。

「今まで何回だっけ?」

「830回。一気に30回以上更新した」

「そう。でもちょっと……、もう今は立てない」

 そう言って、カルミアが上半身をザットの方に倒して寄り添ってきた。

「カルミア」

「ん?」

「下半身ばっか鍛えるんじゃなくて、上半身も鍛えた方がいいぞ。今の状態だとバランス悪い」

「いいのよ。私本来は魔術士だし。上にあんまり筋肉つけたくないのよ。腕とかゴツくなるから」

「そっか」

 二人はこのまま、カルミアの呼吸が落ち着くまで、しばし休憩していた。



 王都・場末の酒場――。


 テーブルを囲み、安いつまみを添えながら安酒を飲む三人の男。

 冥王軍兵士のザットとスクとマルコ。

 ザットは緑色の体色の亜人系種族だ。金髪で、側頭部には魚人タイプを思わせる耳ヒレがついているが、先祖から伝わる名残で、特にザットが水中の活動に適している種族というわけではない。よく勘違いされるが。

「今度の任務はヤバい。どう考えてもヤバい」

 熊の獣人タイプのスクが、深刻な赤ら顔で酒をあおった。

「あの計画、他の隊が全部想定通り、完璧に進んでいることが前提だ。少しでも想定外が起きたら破綻する」

 長い耳を持つ妖精系のマルコも、あまり酒に手をつけないまま、腕を組んで途方に暮れていた。

「しかも長期間の遠征になる。今までで最長だ。当分帰ってこれない」

 ザットが浮かない顔をするスクとマルコを交互に見て言う。この任務が始まると、当面カルミアにも会えなくなる。

「全てはあの芸術家気取りの舐めた司令官のせいだ! あんな現場の兵のことを考えない、ゲームみたいな計画」

「シッ、声が大きい」

 興奮して声が大きくなるスクをマルコが嗜める。スクが話を途中で止め、大きく溜息をついた。

「あの作戦、まだ最終決定じゃないんだろ? ウチの隊長も反対してるし、修正されるんじゃないか」

 マルコが期待を込めた様子で言う。

「そうとも思えないけどな」

 ザットがつまみを口に放りながら言うと、テーブルに暫しの静寂が訪れた。



 ツースリーの町と王都を繋ぐ街道――。


 カルミアがザットを騎乗させ、街道を疾走する。

 カルミアは王都についたらザットを下ろし、ワルキュリア・カンパニーへと向かい、ザットは冥王軍の屯所へ向かうのだ。

 こうしてパートナーの男を乗せることこそが、ケンタウロス系の女にとっての幸せな時間。

 カルミアが後ろを振り向き、腰に手を回すザットに問いかける。

「ねえ」

「ん?」

「いつプロポーズしてくれるの?」

「う~ん……。まだもう少し課題があって、それを解決してからになる」

「職場のこと?」

「ああ、ちょっと今難しい状況になってて」

「それってプロポーズを妨げるようなことなの?」

「ああ」

「どんな問題なの?」

「守秘義務がある。軍の内情に関わることだから。お前にも言えない」

 ザットがしかめっ面で言う。走るカルミアの下半身の振動で金髪がサラサラと揺れる。

「そうなの」

「ただ、ちょっと今までになく大きな作戦があって、俺の所属してる隊もそれに駆り出されるかもしれない。そうなると、当分帰ってこれなくなる」

「ええっ!? そうなの!? どのぐらい? 嫌よそんなの」

「分からない。まだ何も決定してない。けどもしそうなったら数ヶ月、下手したら数年戻ってこれないかも」

「ええ~っ!? 嫌よそんなの。嫌嫌嫌」

 走りながらも動揺するカルミア。

「うん……。あ、もうこの辺でいい」

 王都の入口辺りでザットはカルミアから降りて、職場へと向かった。

 あまり時間もないため、もやもやとした気分のまま、カルミアもワルキュリア・カンパニーへと向かったのだった。


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