下水に潜む黒い物体
第二章の始まりです。
下水道の中を縦横無尽に飛び回る人と同じ大きさのゴキブリの変異体。その後をシェリルは走って追いかけていた。差は縮まる事はなく、むしろ離されていくが、変異体が曲がり角を曲がる瞬間を狙い、壁を蹴って変異体の方へと飛び込んでいく。縦に振った剣は変異体の体を真っ二つに切り裂き、断面から薄茶色の液体が噴き出し、液体が下水に混じって流れていく。
荒れる息を整えるためにシェリルがその場に座って休憩していると、暗闇の奥から先程斬った変異体と同じ羽音が聴こえてくるのを耳にした。
「はぁ・・・はぁ・・・くそっ、あと何体いやがるんだ!」
事の発端はヒルマという人物からの依頼だった。いつも通りにシェリルがレオに依頼を聞きに店に行くと、そこには痩せ細った男がソファにうなだれて座っていた。
その男を無視し、奥の扉からレオがいる部屋へと向かおうとすると、タイミング良く部屋からレオが出てきた。
白髪頭の所為で50代に見えるが、実際は40代であり、厄介屋の中でも一番長く活躍してきた人物でもある。
「ん?シェリルか、丁度いい。お前に仕事だ。」
レオはシェリルに依頼の書類を押し付け、掛けてあるコートと帽子を手に取って出かける準備をする。
シェリルは受け取った書類に目を通すと、そこには害虫駆除と書かれているだけで、詳しい事は何も書かれていなかった。
「この書類、何も情報が無いじゃないか。」
「詳しい事は彼に聞け。」
店から出る際にレオが指さした方向には、店に入った時に目に入った痩せ細った男がいた。男は親指の爪をかじりながらずっと何かを呟き続けている。
シェリルは男の向かいのソファに座り、間にあるテーブルに書類を投げ落とした。書類がテーブルに置かれた音を聴いた男はビクッと体を動かし、何かから身を守るように身を丸めた。
その尋常ではない男の怯えように、シェリルは情報を聞き出せるか不安になってしまった。
「あんた、名前は?」
「・・・!」
「私らの仕事は基本議会からだけなんだが、関係者なら依頼を申し込む事は出来る。あんたはどう見ても議会の者じゃなさそうだし、議会の出資者か、情報屋か、私らと同業者の厄介屋か?」
厄介屋の言葉にピクリと反応した男。その反応を見るに、男が自身と同業の者だとシェリルは思ったが、厄介屋にしては随分と弱そうに見えた。
すると、ずっと怯えていた男が震える手でポケットから三枚の写真を取り出し、テーブルの上に置いた。シェリルは写真を手に取り、一枚ずつ見ていく。一枚目の写真には下水道と思わしき場所が写っており、端にはマジックでマリンフィールと書かれていた。二枚目には全身が白くボコボコと腫れ上がった人と思わしきものが写っている。
そして三枚目には、異常な大きさのゴキブリが人間のように立っている姿が写っていた。
「害虫駆除か・・・確かに言葉通りの仕事内容だな。で?この人型ゴキブリをどうしてほしいんだ?」
「・・・そいつを・・・そいつらを駆除してくれ・・・!」
「仮にもあんたは厄介屋。自分の仕事を他所の地域の奴に任せてもいいのか?」
「金ならこっちで請け負った時の倍は出す・・・だから、頼む・・・!」
写真に写っていた変異体の姿を思い出してしまった男は吐き気を催し、手で口を覆う。シェリルは無言でトイレの場所を指さし、男は慌てた足取りでトイレへと駆け込んでいく。
「化け物退治の厄介屋が聞いて呆れる・・・ま、人と同等の大きさのゴキブリを見たら、そりゃ吐きたくもなるか。」
シェリルはタバコを口に加えながら、携帯電話でジェイコブに電話を掛けた。
『姐さん!』
「うるさっ!・・・ジェイコブ、マリンフィールって街を知ってるか?」
『もちろん!俺は敏腕ドライバーですぜ!』
「私をそこまで運んでほしい。30分後に私の店に来てくれ。」
『了解了解!いやー、姐さんが俺なんかを専属ドライバーとして雇ってくれて助かりますよー!』
「他の厄介屋なら自前の車だとかあるんだが、私のとこは壊した物の修理費だの迷惑料だので金が無くてな。ドライバーを安値で雇えてこっちも助かるよ。」
『この前の仕事も凄かったすよ!まさか建物丸ごと吹っ飛ばすなんて!』
「あれは事故だよ。お陰で赤字さ。」
一本目のタバコを吸い終わり、ふとトイレに駆け込んだ男の帰りが遅いのがシェリルは気になった。トイレの扉をノックするが、反応は無く、扉を開くとそこには男が便器の中に顔を突っ込んだ状態で倒れていた。
シェリルは男の肩を引っ張って顔を見ると、男の顔は白く腫れ上がっていた。その様子は二枚目の写真に写っていた死体と同じ症状のようだ。
「ジェイコブ、迎えに来るついでに救急車を呼んどいてくれ。死体が便器に詰まっていた。」
『え?あ、はい・・・え?』
「そんじゃ頼んだぞ。」
通話を切り、シェリルはトイレの棚にある手袋をつけて男の腫れ上がった顔を触れる。そのブヨブヨと腫れている見た目とは裏腹に感触は硬く、石のようだった。口を開いて中を覗くと、薄茶色の液体が舌に沁みついていた。便器の中を見ると、男の吐しゃ物に混じって薄茶色の液体が混じっており、ミルクのような甘い臭いが漂ってくる。
「感染型か。という事は、どこかに刺されたか噛まれた痕があるはずだが・・・。」
男の服をめくり、脇腹を見ると人の歯形が深く入っていた。
「噛まれた所為で感染したか・・・はぁ、面倒な仕事になりそうだ。」
トイレ内を漂う甘い臭いに耐えきれなくなったシェリルはトイレから出て、気分直しに二本目のタバコを吸い始めた。