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二日・午前のこと   『最近付き合い始めた彼氏にどうやらDV気質があるみたいだけど、好きだから別れられない』

『夏の燈』の後日談です! 暮定と常世とたくさんの人々によるひと夏の喜劇を、今一度ご覧ください!

 ――色々な人と会って、色々なことがあった。


 そうして今の久慈(くじ)暮定(くれさだ)が、ここにいる。

 俺にとっての八月一日は、たったそれだけの、とても大切なことを知ることのできた一日だった。 


 そんな一日が終わって、今、八月二日が始まろうとしている。

 東の空から太陽が昇り、この翡翠(ひすい)村に一日の始まりを知らせるあたたかな陽気を運んでいる。


 ――眼下に広がるのは、夏ののどかな田園風景。

 谷戸(やと)に引かれた水田に、畦道を歩く農家。木造の古民家に、それを囲むような屋敷林。都会からは忘れ去られて久しい、日本の原風景だ。


 その風景を、俺は村を一望できる丘陵地から眺めていた。

 昨日の昼間、村の童女から教えてもらった場所だ。子供たちの遊び場でもあるらしい。


「……おはよう」


 背後から声がかかる。鈴を転がしたような美しい声音……などと褒めようとする俺を、寸でのところで自制する。こいつにそんな大層な形容の言葉は分不相応というものだ。昨夜は雰囲気に流されて色々取り返しのつかないことを言ってしまったが、これからは気を付けよう。


「起きたか、常世。おはよう」


 後ろを振り向けば、純白のビキニ姿の美少女が立っている。

 ストレートロングの黒髪を朝風に靡かせた、お嬢様然とした少女。その正体は、翡翠村では「舞姫」として崇拝される、玉響(たまゆら)神社の巫女――戸隠(とがくし)常世(とこよ)。さらっと言ったが、その「崇拝」の部分が彼女を悩みに悩ませたりしていた。いたんだが、もう関係のないことだな。詳しく知りたければ昨日の出来事を思い出してみよう。


「……ねえ、暮定。こっち来てよ」


 そんな舞姫様が、両手をこちらに差し出して俺を呼ぶ。


「どうした?」


 なにかあったかと勘案しながら常世に近づくと……


「ちゅっ」


 常世は俺に抱き着いて、その唇を重ね合わせた。


「…………」


 俺が驚いて何も言えないでいると、彼女はさっと視線を逸らして、ぽつり。


「……おはようの、キス。……ダメだった?」


 不安そうに訊ねる常世の瞳を見て、俺はすぐにでもその不安をなくしてやりたくなった。


「あ……んっ」


 なので、俺はその返事とばかりにもう一度常世と口づけをした。

 俺の不意打ちに、真っ赤になった常世ははにかんで笑う。


「ダメなわけないだろ。俺たちはもう、恋人同士なんだから」


「……嬉しいよ」


 昨日、八月一日、この村で出会った常世と俺は、男女の交際を始めた。出会ってからまだ二十四時間も経っていないが、常世は今では俺の大切な彼女だ。こうして客観視してみると世紀の尻軽カップルだが、恋に時間は関係ないという便利な警句で知らぬ存ぜぬを突き通していこう。


「朝起きて、急に不安になったんだ。昨日のことは全部ボクの妄想で、起きたら隣に暮定はいなくて、またみんなの『舞姫』として振る舞わなきゃいけないのかなって……」


 いきなり抱き着いてキスまでしてくるなんて、いったいどんな心境の変化かと不思議だったが、どうやらそんな事情があったらしい。


「でも夢じゃなかった。この八月二日、目を覚ましたら隣に暮定がいてくれた。ボクの、彼氏になった暮定が……さ」


 常世は俺の目を見て嬉しそうに微笑む。

 最後の方は声が小さくてよく聞き取れなかったが、大方の予想はつく。自分で言ってて恥ずかしくなったんだろう。常世らしい。


「俺はここにいるよ。ずっと一緒だ。だから……」


 いじらしい常世の気持ちには、誠実な態度で応えてやらないといけない。

 だから俺は、きわめて純粋な気持ちでこう提案した。


「だから常世、俺と一緒に(うつつ)に告白しに行くぞ」



   ☽



「ひどいよひどいよ! せっかくいい雰囲気だったのに!」


「現に告白しろって昨日言ったのは常世だろ」


「それでも話の流れってものがあるでしょ! やっぱりボクの扱いがぞんざいだよ! ボク彼女なのに! 暮定の彼女なのに!」


「車内では静かにしろ。マナーがなってないぞ、舞姫」


 うぅ、と涙目で、しかし俺に注意されたため静かに唸る常世。


 あれから数時間後のこと。俺と常世の二人は軽く身支度となんやかんやを済ませた後、東京へ向かっていた。東北新幹線E5系はやぶさに乗り、快適な時間を過ごしているところだ。


 ……そもそもなんでこんなことになっているのかというと、これもまた昨日の出来事を思い出す必要がある。


 これまでの俺は、久慈暮定は、周囲の期待に出来る限り応えてきた。そんな『僕』をまた、周囲は切望していた。

 このことについて本気で悩んでいた昨日までは、あまりこういう風に型に嵌めて考えるのが嫌でこの表現は使わなかったんだが……端的に言えば、心理学用語でいうところの「仮面(ペルソナ)」というやつだ。


 本来の『俺』では、周囲から受け入れられることができなかった。だから俺は『僕』というペルソナを被り、周囲に適合しようとした。そうして、二つの存在が暮定の中で鬩ぎ合い、俺はひたすらに懊悩するばかりだった。


 ペルソナの『僕』は、たくさん()()()()を、ひどいことをした。

 『僕』が周囲に振りまく誠意も好意も何もかも、偽りの上に成り立っていた砂上の楼閣に過ぎなかったからだ。今その楼閣は倒壊し、そこに住んでいた数々の人は手ひどい裏切りを受けた形になった。


 そんな被害者の一人が、雲母坂(きららざか)(うつつ)


 俺が『僕』になろうとしたきっかけの少女だ。


 幸い今の俺は、そんな仮面も本心も、どちらも久慈暮定なのだと知っている。

 後悔ばかりの『俺』も、栄光ばかりの『僕』も、どちらも本音と建て前の使い分けが上手く行かなかっただけの、不器用な久慈暮定の一側面でしかないことを知っている。

 それは俺が八月一日に、あの翡翠村で出会った忘れえぬ人々に教え諭してもらった大切な宝物だ。


 だから、今度は俺の番だ。

 多くの人に支えられて過去を肯定することができた俺は、君に会いに行く。

 現に謝り、そして偽りではない自分の気持ちを伝えに行くんだ。


「まったく……これじゃあ付き合う前と何も変わらないよ……。まあ、まだ会ったばかりだから付き合う前も後もないようなものだけどさ」


 そんな決心を固めていると、常世が俺の横の座席なにやら文句を垂れていた。


「…………」


 それにしても……今の常世は、私服だ。舞姫として過ごす際の巫女服でも、謎の白ビキニでもない。昨日の朝、初めて常世と出会った時に着ていた、真っ白なワンピースに身を包んでいる。そうしていると、常世は育ちの良いおしとやかなお嬢様のように見えてくるから不思議だ。


「まあこいつ、顔と胸だけが取り柄なところあるしな……」


「はっ、はあぁぁぁぁ!? 今、なんて言った!?」


 ついぽろっと零してしまった一言に、常世が激高する。


「悪い、口にするつもりはなかったんだ」


「あまりに脈絡のない衝撃的な発言に、自分の耳を疑ったくらいだよ! 彼女だからってなんでも言っていいわけじゃないよ!? 謝って! 今のはほんの気の迷いでしたごめんなさいって謝ってよ!」


「……でも男が彼女に求めるものなんて、結局その二つみたいなところあるしなぁ……」


「せめて発言を訂正する姿勢を見せてほしかった!」


 ……などと、道中は常世と楽しくおしゃべりしながら、現の通う東京の学校との距離を縮めていくのだった。


「うぅ、暮定がどんどんDV彼氏として片鱗を見せていってるよ……」


「劇的な運命を共に乗り越えて結ばれた男女が、本編終了後に些細な行き違いからさらっと別れてたりするの、洋画あるあるだよな」


「なんで今その話したの!? あーっ、助けてよ紅葉さんーー!」

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