関一和真の奇妙な日常
約百年前。突如、地球に激突した隕石MAGICによって人々は異能の力を扱えるようになった。異能の力は瞬間移動、テレポートなどの念能力、物体から重力を消すなどの超能力から視界に映った人物の数を一瞬で数えられる、手で投げたお菓子を必ず口に入れられるなどという限られた条件下でしか使えず、規模も小さいくだらない能力まで様々。人類の数だけ異能の力が存在する異能力社会となった。
しかし、異能力社会でも何の能力も持たない無能力者がまれに存在する。その一人が俺だ。
別に俺は異能力者になりたいと思ったことは一度もない。超人的な異能を持っているのはごく一部の人間のみで、ほとんどの人間はくだらない能力を得ている。馬鹿にされるというデメリットしか生まない能力を得るなら無能力者の方がいくらかましだ。下手に使える能力を得て、実験体にされるなんて話もあるしな。
俺は現在、官見沢アパートの204号室に一人で住んでいる。アパートといってもここに住んでいるのは俺と101号室にいる大家さんの二人だけだ。この都市には数え切れない程の集合住宅があるため珍しいことではない。他の住人に気を使う必要がないので俺はとてもこのアパートを気に入っている。
取り敢えず俺はこの異能力社会においての無能力者としてSRC(異能力者管理機構)に登録されていても、普通の高校生として楽しく過ごしていければそれでいいのだ。
俺にとって居心地のいい環境。親などから変な期待もされない。俺は生活に何の不満もなかった。
高校2年の4月9日あの日が来るまでは。
4月9日。それは、俺が一度死んだ日だ。俺に不死身の能力があると分かった日だ。
その日以来、俺の周りで、奇妙な出会いや出来事が起き始めた。まぁ、現代は異能力社会なのだから奇妙なことの一つや二つ起きても不思議ではないが、俺の周りで起きるそれは頻度がおかしいのだ。
クレープ大好き白髪ロリに追いかけまわされたり、幼馴染に嫉妬で殺されそうになったりと上げだしたらきりがない。
これ以上何も起こらないことを切に願っている。
だが、そんな願いもむなしく、今日もまた奇妙な出会いが俺を待っていた。
俺は中間テストの追試を終え、くたくたになりながらも自分の部屋に何とか帰ってきた。疲れですぐ床に横たわり、静かに目を閉じる。その時俺は、自分の後ろに迫っている危機に気づくことができなかった。
横になって暫くすると、腹部に激痛が走り大きな咳をした。何度も何度も何度も何度も何度も何度も・・・・。
気付けば大量の吐血。何が起きているのか理解できないまま、体が冷たくなっていくのを感じる。
死ぬ。死ぬ。死ぬ・・・!!これで死ぬと感じたのは6回目。流石にもうだめだということがわかる。
最後の瞬間、黒いコートに身を包んだ少女が涙を流す姿が目に映り、謝罪の言葉が聞こえた。
「ごめんね」
「また、か・・・」
俺は再び死を実感しながら静かに目を閉じた――。
■□■□■□■□
「私、本当に人を殺したんだ・・・」
「涙を流すくらいなら殺さないでくれよ」
「えっ!?」
俺が立ち上がり声を発すると、少女は死人を見たような表情を浮かべた。
「な、なんで・・・どうして生きてるの?」
「俺、不死身なんだよ」
「ふじ・・・み?無能力者じゃないの?」
「登録上は、な。証明するために一回死ねってか?冗談じゃねーよ」
少女は腰が抜けたようにその場に崩れ落ち、元々流れていた涙が大粒になっていく。
「私・・・、私・・・」
「落ち着けって。落ち着いて説明・・・してもらえるか」
彼女の名前は黒田愛理。右手で触れた生物を絶命させるという能力を持つらしい。
何とも恐ろしい能力だが、普段は異能の力を消す繊維で作られた黒い手袋をして右手を覆っている。
能力が判明したのは愛理が生まれて数秒、母親が愛理の右手に触れた。父親は母親の後を追い自殺。愛理は孤児となり児童施設へ行くことになった。
児童施設にいた彼女は12歳の時に異能力者暗殺組織クロウのリーダー、相葉葬祭に目を付けられ、誘拐される。
愛理に愛情を与えてくれた児童施設の人たちを人質に取られたのだ。ついてこなければみなを殺すと。
それからは、殺し屋としてのスキルを無理やり叩き込まれた。しかし、愛理はとても優しい女の子だった。人を殺すことを拒絶し必死に抵抗したが、ついに最初の任務が課されてしまった。
関一和真―――俺を暗殺するという任務を。
任務を遂行しなければ施設の皆が相葉に殺される。愛理に選択肢はなかったのだ。
「どうしよう・・・不死身なんて聞いてないよぉ・・・このままじゃ、みんなが、みんなが殺されちゃう・・・」
殺されかけたことで怒り狂ってもおかしくない状況で、俺はこの少女を、愛理をどう助ければいいのかを考えていた。彼女を救ってやりたい、そう思ったのだ。
「そ、そうだ・・・私が死ねばいいんだ。そうすれば相葉とみんなのかかわりはなくなる。
私が死ねば、全部、全部終わるんだ・・・」
「待てよ・・・待てって!」
俺は咄嗟にふらついた足でベランダに向かおうとした愛理の右腕を掴んだ。
「離して、私はみんなを助けなきゃいけないの。殺そうとしたことは謝るから。それとも君が私を殺してくれるの?」
「お前が死ななきゃならない理由がなにかあるのかよ!」
「理由?・・・多分、パパとママを殺した罰だよ。私は悪い子で、悪魔で、人殺しなんだから死ななきゃダメ。そうだよ、もともと生きてちゃダメだったんだよ」
「ふざけんな・・・まだ、まだお前は誰も殺しちゃいねぇ!」
「殺したよ!パパとママをこの手で!この悪魔の右手で!!私が、私が・・・」
「お前はまだ、自分の意志で人を殺してねぇだろ!」
「君を殺した。君をこの手で、自分の意志で殺した・・・」
「俺は死んでない。お前が最初に殺した人間は死んでない。だからお前は誰も殺してない。今ならまだ引き返せる」
「引き返すことなんかできない」
「できる」
「じゃあ、君が私を闇の中から救い出してくれるの!?そんなことできない!!できるわけない!私の手を悪魔の右手と繋げる人なんていないんだから!」
「いるよ・・・。この世でたった一人だけお前の右手と手をつなげる奴が」
俺はそう言って愛理の右手を握った。
「な、なに・・・してる、の?」
血反吐を吐いても、腹が破裂しても、心臓が床に転がっても俺は手を離さない。愛理は俺を見て、今にも消えそうな声をだす。
「離して・・・よ」
「俺は、おまえのでをぜっだいびばなざない!ば、ばなざ・・・」
かっこつけた割に一分ともたずに、俺は激痛に耐えきれず気を失った。
■□■□■□■□
ん、なんだ・・・?頭部にとても柔らかい感触が・・・。意識を取り戻した俺はそれが愛理の膝枕だということに気付いた。
「・・・あい、り?」
愛理が涙を流しすぎて少し腫れた目で俺の顔を覗く。
「君、おかしいよ。君と私、初対面なのに。私、君を殺そうとしたのに・・・」
「俺は・・・女の子が涙を流してたら、ほっとけない性分なんだよ」
「でも、私の右手を握るなんて・・・いくら不死身だからって言っても」
愛理は黒い手袋で覆われた悪魔の右手に目をやる。
「お前は握ってほしかったんだろ、誰かにその右手を」
「そ、そんなこと・・・う、う、うぅ~・・・」
「もう、理くなよ。俺がお前を助けてやるから」
「な、何をする気・・・なの」
「相葉って野郎をぶっとばす。居場所知ってんだろ」
「そ、そんなこと!」
「愛理、お前は殺し屋なんてできないし似合わないよ。だって優しすぎるし、泣き虫だから。お前は普通の高校生になって毎日俺とキャッキャウフフするのがおにあいさ」
俺は愛理の膝枕を名残惜しみながらも立ち上がり、出掛ける支度を始めた。
「お前はどうする?場所さえ教えてもらえば一人で行くけど」
「相葉はサイコキネシスの能力者。人体以外なら念動力を使ってどんなものでも自由自在に動かせる。君は愛葉に近付くことすらできないよ?」
「・・・相手は暗殺者、人を殺すプロフェッショナルだ。だったら不死身の俺は天敵だろ」
■□■□■□■□
俺と愛理は異能力者暗殺組織クロウのアジト、都市の南にそびえたつ廃ビル4階の一番大きいフロアにやってきた。そこには山のように重なっているガラクタ、オンボロな椅子とそれに座っている相葉が存在していた。
「お前が相葉だな」
「いかにもそうだが、愛理。俺はその男を殺して来いと命じたはずだ。なぜその男がそこにいる?」
白い髪がぼさぼさで顔色が悪く体も細い、見るからに不健康。瞬きを一切しない。何を考えているのか分からない不気味さが漂う男――相葉が愛理に問いかけた。
「あ、相葉さん・・・聞いてください、この人不死身だったんです。殺せないから縄で縛ってここに連れてきました」
言わずもがなこれは俺の作戦だ。縄はすぐにほどけるようになっている。愛理が俺を相葉に引き渡した所で油断した相葉をぶっとばす。
「相葉さんよぉ、どんな理由でだれに俺を殺せと頼まれたのかは知らねぇけど、異能力者暗殺組織クロウなんて大層な名前を付けといて構成員が2人しかいないっていうのはさ、ちと寂しいんじゃないのか?」
「こいつが不死身だということは知っていた。だからこそ愛理、お前の力なら殺せる可能性があるかもしれないと思ったのだがな」
「ご、ごめんなさい・・・」
愛梨がおびえているのが表情やしぐさから読み取れた。相葉は表情一つ崩さない。
「あれ、相葉さん俺のことは無視ですか、無死ですか?」
「まぁ、いい。ここまで運んできただけでも、今回は良しとしよう。次は必ず殺して帰ってきてもらう。人質がいるということを常に忘れるな」
「は、はい・・・」
相葉が俺のもとに近づいてくる・・・後少し、あともう少し・・・。
「愛梨」
突然、相葉が愛理の名前を呼んだ。空気が張り詰め、俺は息をのむ。
「は、はい!」
「その縄、縛りがあまい」
(き、気付いてるぅ~ばれてるぅ~。仕方ねぇ、小細工なしでいくか!)
俺が縄をほどこうと両手に力を入れた直後、カチャという音とともに両腕が動かなくなった。手錠だ。愛理が手錠を俺の両腕にかけたのだ。
「あ、愛理?」
「ごめん・・・ごめんね」
俺が甘かった。愛理の相葉に対する恐怖心の深さを侮っていた。愛理が心の底では相葉から逃げ出したいと思っていても、相葉と顔を合わせれば恐怖心が甦り、膨れ上がりしてしまう。このような行動に出ても愛理を責めることはできない。俺のミスだ。
さらに相葉が、両足にも錠をかけ俺は完全に身動きが取れなくなった。
「ふっ。くだらんことを考えていたようだな、関一和真。お前にはそこでじっとしていてもらうぞ。後日依頼主に送り届けるまでな」
「相葉てめぇ・・・愛理を解放しやがれ!」
「それは無理な相談だ。愛理の能力を使えば標的がどんな異能力を持っていようと関係ない。右手で触れるだけ。これほどまでに素敵な異能力がほかにあるか?」
相葉は不敵な笑みを浮かべ細い声で笑いながら愛梨の方へ足を動かす。
「さて、愛理。お仕置きの時間だ」
お仕置きという言葉を聞いた愛理は、体のどこかを突き刺されたような表情で相葉をみる。
「俺はお前に期待した。お前の能力なら不死身の男すらも殺せると。だが、殺せなかった。それだけならまだしも、お前とこいつはグルになって俺をはめようとした。お前は私の期待も信頼も裏切った。お仕置きが必要だろう?」
「あ、相場さん・・・お、お仕置きだけは・・・」
「私に逆らうのか?任務に失敗したのはお前だろう愛理。本来、暗殺者に裏切りや失敗などは許されない。この程度で済ませることを感謝しろ」
「でも・・・!!」
「嫌ならお前が守ってきたものから一人殺すだけだ」
愛理の目にはもう光がなくなっていた。相葉の命令は絶対。逆らえば児童施設の誰かが殺される。愛理には何もすることはできない。しようとはしない。その右手で相葉に触れば殺せるそうわかっていても。
愛理は上半身の衣服を脱ぎ、素肌をさらけ出して相葉に背を向けた。俺の目にも映った愛理の背中は、様々な痣や傷で埋め尽くされていた。それは愛理がこれまで相葉にどのような扱いと仕打ちを受けてきたのか一目瞭然。俺の怒りは爆発した。
「相葉ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああ!!」
俺の怒声がフロア全体に響き渡る。相葉は俺のことなど気にも留めず、ガラクタの山に視界を落としサイコキネシスでレーザー銃を浮かせた。
「お前、愛理を何だと思ってんだぁ!!」
「何と思っているかだと?聞くまでもないだろ。道具だよ、こいつは私の大切な道具だ。私の道具をどう扱おうとお前には関係ない」
サイコキネシスで運ばれたレーザー銃を手に取った相葉は愛理の背中にレーザー銃を突き付けた。
その刹那、俺は怒りのまま両手足を犠牲にして錠を破り、その後足の再生を待たずに愛理のもとへ駆け出し、力に任せて思いっきり相葉の頬を殴った。
ボゴッと鈍い音をたてながら相葉は吹っ飛び、背中を壁に打ち付け唸り声をあげた。
「ごめん・・・。私・・・弱くて・・・」
「何もいうな。何もいわなくていい」
俺はそういって優しく微笑み、上着をぬいで愛理に羽織らせる。戦いはまだ終わっていない。案の定相葉はふらつきながらも立ち上がり、サイコキネシスでフロアの奥にあるガラクタの山を持ち上げた。
「少し驚いたぞ。まさか、力任せに錠を破るとはなぁ~。なぁ、聞かせてはくれないか。なぜその女の為にここまでする?ヒーローごっこでもしているつもりか?関一和真ぁ!!そいつの運命は生まれた瞬間に決まっている。悪魔の右手を欲しがっているのは俺だけじゃあない。俺はそういう奴らからこいつを守っている立場でもあるんだ。Win-Winの関係なんだよ」
「生まれた時から運命が決まってる?そんな奴がいてたまるかよ。俺は運命ってやつが大嫌いだ。過去は変えられなくても未来は変えられる。愛理の未来は愛理が決める。愛理の未来にお前は必要ねぇ!」
「私は要らないか・・・。ならば守ってみろ。お前は不死身だが愛理は違う。このガラクタをすべて防ぎ、愛理を守れるか?いや、無理だ。お前が守れるのは結局、お前だけだ」
相葉は手を振り上げ、ガラクタをフロアの上空にかき集める。その様はまるで狂った魔法使いだった。
「和真、私のことはもういいよ!相葉は和真を肉塊にして完全に身動きをとれなくしてから牢屋に閉じ込めるのが目的なんだよ!そうなったらもう和真は・・・」
「・・・愛理お前はどうしたい」
「えっ?」
「言っただろ、お前の未来はお前が決めるんだ」
「私が決める?」
「そうじゃなきゃ意味がねぇ」
愛理はこれまで自分には夢や、やりたいことを決める資格がないと思っていた。それもそのはず、故意ではなかったとはいえ愛理は人の命を奪ったのだ。人の未来を奪ったのだ。だから自分は夢を持ってはいけない。自分は未来を選択してはいけないとそう考える。
愛馬にこんなことを言われたことがある。悪魔は幸せになってはいけないと。悪魔は一生死ぬまで悪魔でいなければならないと。愛理はその通りだと思った。だから逆らわない。逆らってはいけない。だから和真に問うのだ。愛馬に逆らってもいいのかと、未来を自分で決めてもいいのかと。
「私が・・・私が決めてもいいの?」
「ダメなんて誰にも言わせねぇよ」
「私、悪魔なんだよ」
「悪魔なんかじゃねぇよ。お前は、悪魔の右手をもった天使だ」
「天使・・・?私が?」
「お前は、俺を殺した後に涙を流した。悪魔は人を殺して涙なんか流さない。流せない。自分を育ててくれた児童施設の皆のためにお前は自分を犠牲にした。皆の涙を見たくないから。そんなことを考える奴が、そんなことをする奴が、そんな優しい心を持ってるお前が天使じゃなくて悪魔なら、この世界に生きてる人間全員、悪魔になっちまうよ。」
(天使・・・?私が?そんなこと生きてる間に言われるなんて思いもしなかった。私の生い立ちを聞いて、私の悪魔の能力を知って、そんなことを言ってくれる人がいるなんて。和真。和真。和真。和真。和真。・・・。もし一つだけ願いを言っていいのなら私は――。)
「私・・・。私は・・・」
愛理は涙を流しながら微笑み、生まれて初めて自分の願いを、やりたいことを口にする。
「私は和真と一緒にキャッキャウフフしたい・・・かな」
「愛理。その願い、俺が必ずかなえてやる」
「・・・うん!」
やっと、やっと言ってくれたな愛理。これで俺はお前を迷いなく助けられる。
「相葉ぁ!!お前はもう終わりだぜ!」
「頭がおかしくなったか?お前はこれからその女をかばって肉塊になるんだよ」
「な、ならない。和真は私が守る!あ、あなたを倒して児童施設の皆を守る!」
突如、愛理が俺の目の前に立ち手を広げ、俺を守るような姿勢をとった。涙を流しながらもその目には熱い何かがともっていた。
「愛理・・・」
「見てるだけなんて嫌だもん。和真に助けられるだけじゃなくて私も戦うんだ!」
「一緒に戦う・・・か。よし!それじゃあ相葉の気を少しでいい何とかそらしてくれ、そしたら俺があいつをぶっとばしてやる」
「うん!やってみる」
愛理は勇気を出して相葉に向かって走り出した。さっきまで悪におびえることしかできなかった彼女が立ち向かっている。
「愛理。お前は俺を何回失望させれば気が済むんだ?それ以上進めばどうなるかわかるな」
「うっ・・・!」
(怖い、すごく怖いよ・・・。でも、和真は私のために何度も痛い思いをしてくれた。私のために戦ってくれた。私だって、私だって強くなるんだ!)
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」
愛理は目をつぶりながら相葉に突進する。だが、力の差は歴然。右手を手袋で覆っている愛理は無能力者と同じようなもの。少しもみ合った後すぐに首を絞められてしまった。
「愛理。貴様・・・!」
「わだしだっで・・・づよぐ・・・!!」
「お前は強くなどなれない!!一生俺の道具として生きていればいい!」
「そんなことはねぇ!愛理、お前は今、自分で未来を切り開いたんだ!!」
相葉が愛理に気を取られた今がチャンスだ。俺は自分の右腕を引きちぎり、大量に飛び出した血液を相葉の目に目掛けて放出した。血液は相葉の目に直撃し、上空に浮いていたガラクタは制御を失った。
「ああ~め、目がぁ~!!」
相葉はサイコキネシスで操作する物体を必ず視界に入れていた。その上、瞬きを一切しない。視界とは限らなくても、サイコキネシスを発動させるには目に関する何らかの条件が課されていると俺は読んだ。まぁ、みごとにあたっていたようだな。上空に集められていたガラクタが重力によって地上に落ちてきているのがその証拠だ。
腕の再生が終わるのをまった後、俺は手で目を覆っている相葉に近付き右こぶしに力を込めた。
「俺たちの勝ちだ、相葉」
「関一和真・・・!!ぐぅぅぅぅ!」
「歯を食いしばるなよ相葉、愛理が受けた痛みを少しでも多く地獄へ連れていけ」
俺はできる限りの力を込め相葉をぶっとばした。愛理の心の傷が少しでも薄れることを願って――。
■□■□■□■□
「お、終わったの・・・?」
「ああ、終わったよ。お前はもう自由さ」
「私、もう人を殺さなくて・・・いいの?」
「ああ」
「痛い思いもしなくていいの?」
「ああ」
「ふぐっふぐっ、う、うわぁぁぁぁぁぁぁん!わだし、わだじ、もう、もう・・・!!」
俺は初めて女の子を抱きしめた。とても柔らかくて優しい香りが俺を包みこむ。
「頑張ったな、愛理」
「ありがとう、和真」
この日俺は、愛理という少女の固く閉じられていた扉をこじ開けた。この出来事が俺の未来をどう左右するかなんてわからないが、愛理を救ったことを後悔することだけは絶対にない。だって俺は愛理の天使のような笑顔を見ることができたのだから――。
■□■□■□■□
「ごめん、ごめん関一君。もう解決しちゃったみたいだね。それに僕、お邪魔みたいだ。」
廃ビルの窓から突如現れたその男は勝又仁志。SRCの管理官だ。
「勝又さん」
「君も人使いが荒いよねー。先週会ったばかりじゃないか。今度はその女の子を助けたんだね?」
勝又は長身の体をゆったりと動かし、相葉が座っていた椅子に座った。
「和真、この人は?」
「危ないやつじゃないことは確かだよ。相葉のような異能力を使って犯罪をおかした奴を回収するのが仕事さ。ここに来る前に電話で連絡しといたんだ」
勝又には奇妙な出来事が起こるたび、様々な方法で協力してもらっているのだ。今回は相葉の回収を頼んでいる。
「君のことは聞いてるよ、黒田愛理さん。そこで気絶してる殺し屋に誘拐されちゃったんだって?そりゃ災難だったね」
「勝又さん愛理に学園に通う許可出してくんないかな。あと住む家とかも」
「関一君。君、僕を何でも屋だと勘違いしてないかい?まぁ、手配できないこともないけどね。だって愛理さん。ものすごい能力者なんだろう?」
「・・・!」
「ごめん愛理。でも、この都市でお金をもらうには高い能力を持っていることを証明するのが一番なんだ。人を殺すようなことはさせられないと思うけど、虫を殺すことにはなるかも・・・しれない」
愛理が自分の能力に尋常ではないコンプレックスを抱えていることを俺は知っている。能力を証明させるためとはいえ、俺は歯がゆさを感じずにはいられなかった。
「和真・・・。私のためにそこまで考えてくれてたんだね・・・。私、私ね、もしできたら和真と一緒に住みたいな」
「俺と一緒に・・・ってええ!そ、それはど、どういうことで?」
「和真と一緒に住んでキャッキャウフフしたい!」
愛理は俺の手をつかんで無邪気な笑顔を見せた。ここに勝又がいなければ素直に喜べたのに・・・!!はしゃいでいたのに・・・!!
「えー警察ですか?ここに女の子を洗脳して自分の家で同居させようとしている変態高校生がいるのですが・・・」
「おい!!」
「まぁ、取り敢えずその子は一旦こっちで預かるよ。住む場所とかは決まったら君に連絡する。それでいいだろ」
「愛理に何かあったら許さねぇぞ」
「そこは僕を信用してほしいな」
ということで愛理は暫くSRCの本部に身を預けることとなった。愛理の能力を実験で証明すればきっと高ランクの評価が付くだろう。もしかしたら愛理とはもう会うことはないのかもしれない。もし、そうなったとしても愛理が幸せに日常を過ごせるようになってくれれば俺はそれでいい。それでいいんだ。
「・・・じゃあな愛理」
「和真・・・。また会えるよね?」
「ああ。当たり前だろ」
「それじゃあ行こうか愛理さん」
愛理は俺に背を向け歩き出した。もう愛理が立ち止まることはないだろう。俺はその背中が見えなくなるまでじっと眺めていた。
これからも俺の日常には奇妙なことが続いていくだろう。でも、こんな出会いがあるのならそれも悪くはないのかもしれない。
俺はゆっくりと落ちていく夕日の光に照らされている街を歩きだした。
次の日。大家さんから俺の部屋の隣203号室に明日から入居する人がいると聞かされた。こんなに空き部屋がこのアパートにはあるのだからわざわざ俺の隣にしなくてもいいのにくそー、何とかしてほかの部屋に移ってもらうことはできないだろうか。
考えをめぐらしアパートの敷地内を歩いていると・・・。
「和真!」
今の声は・・・。俺は後ろを振り返り一人の少女を視界にとらえる。それは俺が今、一番会いたい人――黒田愛理だった。
「和真。また会えたね」
「あ、愛理・・・。じゃあ明日俺のとなりの部屋に入居する奴って・・・」
愛理は勢い良く俺の胸に飛び込んできた。
「私、判定SSっていうのを貰って、好きなところに住んでいいよって言われたんだ。だから和真の隣に来たんだよ!学園にも通っていいって!」
異能力判定SS!?F~SSSまであるうちの上から二番目じゃあねーか!!というか、そんなことはどうでもいい!!俺はこれから毎日、愛理と顔を合わせて一緒に学園に通うことができる。その事実だけで・・・。
「そっかぁ~良かった。ホントに良かった・・・。」
俺は余りの感動に思わず涙ぐんだ。
「取り敢えず100万円もらったんだけど、どう使えばいいかわかんなくて・・・和真にあげよっか?」
「えっ」
愛理はバッグからスマホを取り出すように現金100万円を取り出し俺に見せる。
「ひ、ひえ~~~~~~!!!」
「和真。驚きすぎだよ~。」
「いや、驚くわ!腰抜かすとこだったわ!」
「ぷっ」
「ふっ。あははははは」
二人は思わず息を吹き出し、笑いあう。
「ねぇ・・・和真。これからよろしくね」
「ああ。よろしく愛理」
俺と愛理は互いを見つめ合い微笑んだ。
この世界には無数の異能力者が存在している。だから、こうやって俺と愛理が出会ったことは偶然や奇跡に近いものなんだろう。最初に愛理に殺されたのが俺で良かった。
これは関一和真と黒田愛理。二人の出会いの物語だ
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