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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

馴染みの剣鬼・小話シリーズ

馴染みの剣鬼──小話『夜岐の小径』

作者: スタミナ0

本編に載せた小話『夜岐(やまた)小径(こみち)』です。



 その峠は避けて行け。

 地図の通りに進めば夜岐(やまた)に遭うぞ。

 峠のふもとの村での古くからの言い伝えだった。

 日が沈めば暗くなる。

 人を誘う夜が来る。


 大陸中央部を通う街道。

 山を囲うように迂回するそれは、迂遠な道のりといえども、十日を要して確かに国へ繋がる。それでも、直線で行けば半日で着く距離の延長に、辟易する者は少なからずいた。

 その屈託を解消する近道はある。

 その捷径(しょうけい)ならば半日で着く。

 ただ、誰も通らない。

 特に危険な魔獣が住んでいるわけでもなく。

 況してや盗賊の出る場所でもない。

 どうして、避けるのか。

 未だに深くは知られていなかった。

 そして。

 長く急な一峰を登りきって、足を阻む急斜面に堪えた甲斐があったと、自身の膝を叩く少年がその道に立っていた。

 銀髪の下の瞳を疲労で曇らせ。

 少年は地図を片手に呼吸を整える。


「これなら、間に合うか……!」


 万感の思いで。

 銀髪の少年タガネが拳を握る。

 剣鬼に是非(ぜひ)との口上を綴った書状が山の向こう側から届き、タガネはその依頼に応えて依頼主の下へ向かわんとした。

 面会の日までは半月余りある。

 問題はないと判断し、街道を緩やかに進む方針で依頼主を目指すことにした。

 しかし。

 その気構えが(わざわ)いした。

 街道が土砂崩れに遭って封鎖されたのである。

 雨は止んだものの、土砂の撤去作業は未だに済んでいない。ただでさえ十日を費やす道のりが、半月以上の距離へと化けた。

 面会に間に合わない焦慮。

 タガネはそれに背中を押されて、誰もが避けて通る『峠の道』を使用した。

 実際に通って。

 たしかに険路だと痛感した。

 急な斜面は馬車が通れる角度ではない。

 たびたび登攀(とうはん)じみた進み方でなくては先を望めない地形である。近道といっても力尽くだという感想を飲み込んで道を辿った。

 結果として。

 わずか数刻で峠に着いた。

 あとは同じ距離を降るだけで着く。

 タガネは峠の上で立ち止まる。

 体からにじんだ汗を拭った。


「やれ、もうひと踏ん張り」


 気を引き締めて進む。

 これまでと一転して緩やかな傾斜路を歩んだ。

 存外、辛いのは前半だけか。

 その苦難さえ堪えれば不平声も出ない。

 夕暮れの日が遠くに見えた。

 タガネは足を止め。

 峠を赤く染める光に目を細めて感嘆に(ふけ)る。


美事(みごと)なもんだ」


 眺めている内に。

 遂に日は沈んで宵闇が辺りを包む。

 タガネは改めて進みだす。


「うん?」


 タガネの先方。

 そこが二手に分かれていた。

 地図と現在地を再確認するが、分かれ道など記されていない。地図は知己(ちき)から譲り受けた物とあって最新の情報ではない。

 足を止めて二つの道先を窺う。

 視線が左右へ迷った。


「どっちが正解、かね」

「あれ、もしかしてお客さん!?」

「は」


 背後から唐突に快活な声。

 気配を感じなかった。

 背後を取ったと悟って、タガネは身を翻す。

 最大まで高められた警戒心を剥き出しに振り返った先で、小さな赤髪の少女がタガネを見上げていた。

 簡素な貫頭衣を、紐で腰元を絞っている。

 右のこめかみで、髪留めが光った。

 小麦色に焼けた肌に汗が浮かんでいる。

 剣呑な予想を覆す相手に。

 拍子抜けしてタガネは黙り込んだ。


「お客さん……違った?」

「ここいらに(たな)を構えてんのかい?」

「うん、お兄ちゃんがね!」

「こんな山道に」

「だからこそ、だよ!」


 何の憂いも無く。

 少女は元気よく返答した。

 それに気圧されてタガネは苦笑する。


「どんな店だい」

「旅館だよ」

「本当かい」


 タガネは思わず目を見開く。

 登山で疲れていたのもあり、途上に(いこ)える場所があると知って思わず食いつく。屈み込んで少女と目線の高さを合わせた。

 少女は深くうなずく。

 道の一方を指差した。

 その方向を改めて見ると、道先に小さな光が灯っている。よく目を凝らせば、それが一軒の屋敷の物であると判った。

 タガネは小首を傾げる。

 ――はて、館なんてあったか?

 そんな疑心が湧いて。

 しかし、少女がタガネの手を引いた。


「ほら、早くはやく!」

「お、おう」


 少女に手を引かれるまま。

 タガネは館の灯に導かれて歩いた。


「どう?」


 瀟洒な佇まいの旅館。

 遠くからは(おぼろ)だったその全貌は、少女に導かれるまま進めば明瞭さを帯びていく。

 岩肌を削ってできた平地に建った煉瓦造(れんがづく)り。

 二階構造であり、扉を開けば戸口に広がる食堂が一回を占有し、上が宿泊者用の部屋となっている。

 予想以上の進捗。

 目的地まで残るは数刻分の距離だ。

 タガネは面会にも早く着くと踏んで、一晩の寝食を過ごすことにした。

 一つの卓の椅子に腰を落ち着ける。

 厨房では、少女の兄らしき人物が料理していた。

 彼に駆け寄った少女が勝手に注文する。

 心得た兄の少年が小さく会釈し、タガネもそれに応えてから食堂を見回す。

 食堂には人が多かった。

 傭兵や農夫と思しき人物なども多い。

 しかし、ひときわ異彩を放っていたのは、複数名で(たく)を囲う騎士だった。

 タガネは小首を傾げる。

 革の小札(こざね)を綴った綿甲で、剣身の湾曲した物を腰に佩いていた。頭頂から円錐に膨らんだ(かぶと)は、頬被りのような布の(ひさし)で横顔を隠している。

 あの具足は……。

 タガネは我知らず眉根を寄せた。


「お待たせしましたっ」

「ん、どうも」


 (ぼん)に料理を乗せて。

 割烹着になった少女が卓に運ぶ。

 タガネは受け取って、自身の前に置いた。


「いっぱい食べてね!」

「ありがたく頂くよ」


 少女が元気よく去っていく。

 タガネはふたたび兵士に視線を向ける。


「驚きましたか?」

「うん?」


 隣からの声に振り返る。

 そこで厨房にいた少年が立っていた。

 タガネはうなずいて兵士を見遣る。


「騎士、か?」

「ええ。この山地を調査しに来たとか」

「いつから、ここに?」

「十日、ほどでしょうか」

「傭兵連中と諍いとか無いのかい?」

「たびたびですが」


 少年が苦笑する。

 その表情の裏に、苦労が垣間見えた。

 タガネもその反応に相好を崩す。


「あなたは?」

「傭兵だよ」

「そうでしたか」

「疲れたよ、あんなに道が急とはね」

「たしかに」


 少年は小さく噴き出した。


「でも仕方ありませんよ」

「うん?」

「何せ、ここしか街道は無いわけですし」

「…………そうだね」

「それでは、ゆっくりしていって下さい」

「………ああ」


 卓上の料理を一瞥して。

 タガネは卓から身を離した。

 同時に、食堂の中心に据えられた台の上へ女性が立つ。薄い絹衣に身を包み、蠱惑的な体の線が見え隠れする装束だった。

 食堂が歓声を上げる。

 女性が楽器を手にし、台の上の椅子に座った。

 タガネが目を眇める。

 宴の旅芸人がよく使う擦弦楽器(さつげんがっき)だが、二本しか弦が無く、棹の先端部が馬の頭を(かたど)った形になっていた。

 女性が弦に弓を滑らせる。

 峻険たる山道を辿ってきたタガネの心に草原の風を想起させる音色だった。奥行きのある響きに、全員が黙って耳を澄ませる。

 タガネは嘆息した。


()()()に来ちまったのかね」

「どゆこと?」


 少女が歩み寄って来た。

 タガネのいる卓にしがみつくようにして、下から顔を出している。


「まずさ、あの具足」

「騎士さんたち?」

「それに、あの楽器も()()()()では最近見ないな」

「そうなの?」

「ああ」

「ふうん」

「それと、あの芸人さんは誰だい」

「お客さん、あの人は夜の仕事してないよ。一夜の夢は見えないぜっ」

「違ぇよ、ませガキめ」

「いてっ」


 タガネが手刀を落とす。

 少女の頭に炸裂し、小さな悲鳴を上げた。

 痛みに呻きつつ、こてんと小首を傾げた。


「そうかなぁ」

「…………」

「峠の向こうの国では、まだ弾かれてるよ」

「……そうかい」


 少女の傍に兄も来た。


「お客さんに迷惑かけちゃ駄目だろ」

「かけて無いもん!」

「見てたぞ、怒られてるところ」

「うぅ……」


 咎められて少女がうつむく。

 兄は乱暴に彼女の髪を掻き回すように撫でた。


「もし。宿の旦那」

「あ、はい」


 タガネは少年を見上げた。


「この地じゃ苦労も多いだろ」

「いいえ、食材もここを通る行商から入手できますし、客足はここが街道のせいもあって困ってませんよ」

「でも、二人じゃ手が足りんだろ」

「……元は父が遺した宿で、母はすぐ別の男を見つけて行ってしまったのですが、僕だけでも宿を守ろうとしたら妹も来てくれたんです」

「……辛く、ないかい?」


 少年が首を横に振る。


「妹がいてくれるから充分です」

「えへへ!」


 二人の笑顔が咲いた。

 タガネは小さく笑って立ち上がる。

 長剣を鞘から抜いた。

 そのまま騎士たちへと歩み寄り、相手が振り向くよりも早く冑を斬り裂く。三つの首が床に鈍い音を立てて落ちた。

 その光景に食堂が静まり返る。

 少年も絶句していた。

 妹までもが口を手で覆っている。

 やがて斬られた騎士の体から毒々しい紫の煙が上がった。頭を持ち上げると、血も皮も肉も無く、冑をかぶった頭蓋骨だけだった。

 次々と。

 食堂のそこかしこから煙が上がる。

 あの二人も、煙となって形が崩れた。

 辺が霧に包まれる。


「良い宿だったよ」


 吹き上がった煙たち。

 それらが背後で凝集していく。

 手中で剣を一旋させ、タガネも翻身した。

 平地を包む濃霧から甲冑の歩む音がする。

 煙の凝集地から人影がのぞいた。

 霧を裂いて、鋼の甲冑が現れた。

 ただし。

 庇の下では髑髏(しゃれこうべ)が顎をかちかちと鳴らし、虚を湛えている眼窩の奥で鬼火のように赤い光が瞬いた。

 手甲(てっこう)から見える腕も、くすんだ尺骨と橈骨であり、手には大鎌を握っている

 その姿をタガネは嘲笑する。


「いい夢心地だったよ、ふざけやがって」

『カタカタッ』

「代金を払い損ねたな」

『ナゼ、ワカッタ!?』

「ほう、魔獣のくせに人の言葉を習得できるほど永く生きてるのか」


 タガネは嘲笑を深めた。


「食堂にいた騎士の具足」

『?』

「あれは、峠の向こうで三百前に滅亡した国の正規軍の甲冑だ。今じゃ遠い北の蛮族しか似てるような物を着てない」

『サンビャク……?』

「あの楽器も、その国を滅亡させた遠い国が発祥でな、戦争の前に旅芸人をその国の各地に忍び込ませて諜報活動してたって話もある。今もここいらに嫌われていて近付いて来ないし、持ってくるのは禁じられてる」

『ハッショウ……?』

「それだけで幻だって判るよ」


 これらは幻影だった。

 三百前に滅亡した国の様式の甲冑。

 ここへの持ち込みを禁止された間者の楽器。

 今では有り得ない物の存在感が、タガネが平地に潜む魔性(ましょう)の正体を看破するに至った根拠である。

 そして。

 その幻影を見せたのが眼前の(てき)である。

 おそらく魔獣。

 知性を獲得するほど長く生き(ながら)えているのだ。


「ふざけた夢見せてくれやがって」

『カタカタカタカタッ』

「来な」


 甲冑姿の骨が飛び出す。

 タガネもそれに応えて地を蹴った。

 鎌を大きく横へと一薙ぎさせる。

 それを、地面に低く滑り込んで回避した。

 タガネは相手の懐へ転がり込む。

 骨が鎌をふたたび振り上げた。

 それよりも(はや)く。

 立ち上がりしなに剣先を頭蓋へ突き入れる。

 冑の中で頭蓋骨が砕けた。

 それを合図に甲冑の挙動が停止する。


「終わりだ」


 夜闇に紫電が奔る。

 甲冑が縦に真っ二つへ両断された。

 タガネは長剣を鞘に叩き込む。

 倒れた骨の胸骨を一踏みで砕き割り、破片を爪先で蹴散らした。

 乾いた音がこだまする。


「ったく…………」


 一息ついて。

 タガネは周囲一帯を眺めた。

 そこに旅館はなく、平地だけが残っている。

 襤褸になった服や鎧を着た白骨体だけが散乱していた。視線をそれらに巡らせていくと、岩壁のそばに二つの白骨体を発見する。

 寄り添うように。

 大小の異なる二つが手を握って互いに寄りかかっていた。

 小柄な方はワンピース、大きい物は前掛けをしている。

 歩み寄ると、その下に髪留めが落ちていた。

 拾い上げて、小柄な方の手に握らせた。


「……一夜の夢、ね」


 脳裏に浮かび上がる。

 快活な少女のまぶしい笑顔。

 タガネは嘆息して、麻袋から引っ張り出した外套を二つの白骨体へとかけた。

 そのまま面前で合掌する。


「辺が固い岩なんで埋葬はできそうにない」

『…………』

「これで勘弁してくれな」


 そう言って。

 タガネは二人に背を向けて歩み出した。

 元来た道を辿って行き、分岐点に着く。

 そして。

 タガネは振り返って笑った。


「名前、訊いとくんだったな」


 そこにもう道はなかった。




 後日。

 タガネは無事に目的地へ着いた。

 面会にも期日内に間に合い、受注を済ませて恙無(つつがな)く依頼も完遂する。報酬を受け取って、その日は街の宿に泊まった。

 そこも一階は食堂。

 タガネは一人笑って似た位置の卓に腰掛ける。

 後から一人の男が同席した。

 泥に汚れた農夫である。


「お疲れのようで」

「いや、村からこっちに買い出しへ」

「そうかい」


 食堂の中心で旅芸人が踊る。

 擦弦楽器の音色に合わせて身軽に舞った。


「おまえさん、あの道通ったか?」

「何処のこと?」

「峠を超える道のことさ」


 タガネの一言に。

 農夫が青ざめて大きく手を振った。


「昼でも通らねぇよ!」

「夜は危ないのかい」

「ああ、『夜岐(やまた)』に遭うからな」

「夜岐」


 タガネが復唱する。


「俺の村じゃ、古くからあの峠を近道だからと容易に使うなと言われていた」

「そりゃ何で」

「夜になると一本道のはずなのに分かれ道ができて、間違うと二度と還ってこれないんだぜ」


 農夫が声を潜めて耳打ちする。

 次はタガネが首を横に振った。


「そんなこたないさ」

「ええ?」

「俺は通ったよ、それも夜に」

「なッ……や、夜岐に遭わなかったのかい!?」


 男の顔が強ばる。

 タガネはそれに笑顔を返した。


「ああ、あったね」

「で、でも何で還って来れた……!?」

「ああ、帰してくれたよ」

「ええ!?」

「ただ、他の連中は帰りたくないみたいだった」

「どうして」

「夢のように素晴らしい宿があるんだよ」


 言問い顔の男に。

 タガネは二つ三つと意地悪な笑顔でうそぶく。


「良い女の踊りもあるし」

「おお」

「旨い飯は出てくるし」

「へえ」

「宿を切り盛りしてる兄妹は良いヤツらだ」

「そ、そうなのかい。そんな宿が……」

「他にもな――」


 そうして。

 タガネは一夜の間に出会った宿について語った。

 決して幻ではなく。

 たしかにあの小径(こみち)は存在した。

 夜岐の先にあるあの兄妹の笑顔を。

 今でも憶えている。





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