冷たい夏とドーナッツと妖怪と
その年、レティ・ホワイトロックは外の世界で目を覚ました。
「あら?此処は何処かしら?」
レティは欠伸をしながら人混みを歩く。
行き交う人間達のスマートフォンなる携帯電話をこっそり見るとまだ7月であった。
(あらあら?まだ夏じゃない?
それに此処は外の世界の様だし、何が起こっているのかしら?)
レティはそんな事を思いながら夏とは思えぬ涼しさの中を歩く。
本来、レティは幻想郷と呼ばれる外の世界とは異なる世界の冬にしか現れない妖怪であった。
その能力は寒気を操る程度の能力である。
故にレティは冬以外の時の行動は何をしているのか不明とされていた。
だが、今回は勝手が違うらしい。
街を練り歩きながら、レティは情報を少しでも集めようと試みる。
そして、人間達の話やテレビなどの情報を通して、大体の事が解った。
今年は冷夏と呼ばれる寒い気温の夏なので自分もそれに合わせて、外の世界に出てしまったんだと……。
夜には更に気温が下がるとの事もあって、レティは普段とは違う季節を過ごす事になる。
「私にはまだちょっと暑いわね。
けど、学生さんとかが、薄着しているのは不思議な光景だわ」
レティは一人、そう呟くと人気のない所でふわりと飛び、空から人間達の街を見下ろす。
灰色のビルに行き交う車。
それは自分の知る平屋の立ち並ぶ幻想郷とは違う世界だった。
「ふうん。外の世界って、こんな風になっていたのね?」
レティはしばし、考え込む。
「折角だし、何か夏ならではの美味しい物でも食べようかしら?」
そう言ってレティは周囲を見渡す。
幻想郷には自分達を知っている外の人間が稀に入る。
その際、自分達の事を知る人間がやって来る事もある。
それを逆手に取れば、食事にありつけると言う物だ。
「あ。そうだわ」
レティはそこで何かを思い出した様にポンと手を打つとその場所を目指して飛んで行く。
やって来たのは外の世界の博麗神社である。
「ああ。あったわ」
レティは賽銭箱から小銭を取る。
「何をやってるの、レティ・ホワイトロック?」
その声にドキリとして振り返ると八雲紫が傘を手に佇んでいた。
彼女も勿論、幻想郷の妖怪である。
「なんだ。妖怪の賢者様じゃない」
「なんだはないでしょう?
それよりも幻想郷から出て、貴女は何をしているの?」
「えっと、実は夏なのに目が覚めちゃってね?」
「ああ。令和元年のこの夏は冷夏と呼ばれる位、寒いものね?……貴女が目覚めたのも納得だわ」
紫はそう言って頷くとレティの手を見る。
「それは解ったけど、博麗神社の賽銭を泥棒するのは感心しないわね?」
「え?えっと……折角、外の世界に来たんだし、美味しい物が食べたくて……」
「ふうん。成る程ね。それで手持ちがないから此方の世界の博麗神社から小銭をね」
紫は納得した様に呟くとカードを差し出す。
「え?これは?」
「◯スター◯ーナッツのマネーカードよ」
「◯スター◯ーナッツ?」
「外の世界では有名なドーナッツ屋さんよ。それで美味しい物でも食べてらっしゃいな」
レティがそれを受け取ると紫は大きな欠伸をする。
「貴女が起きる程って事は私の不調の理由も解ったわ。私は少し寝るから、またね?」
「ええ。ありがとう、賢者様」
レティは紫にそう告げるとカードを見詰め、ふと、ある事に気付く。
「ところで、そのドーナッツ屋さんって、何処にーー」
そう問いながら再び紫の方を見ると紫の姿は既になかった。
「ちょっーー自力で探せって事!?」
その叫びに答える者はなく、レティは仕方なさげに街へと向かう。
果たして、彼女は無事に◯スター◯ーナッツに辿り着けるのか?
レティの短いようで長い夜の始まりである。
いざ、行かん。◯スター◯ーナッツへ。