悪役令嬢の祝福
王宮の奥深く、限られた人しか入れない秘密の庭に足を踏み入れる。
私がここに立ち入ることが許されるのは今日まで。明日の舞踏会では私と王子の婚約解消と、王子の新しい婚約者が発表されることになっている。王族にならなかった私は、この秘密の庭に入る権利を失うのだ。
何度も訪れたことのある、そう広くない庭を見渡す。今は私の好きな花が多く植えられている庭も、やがて彼の新しい婚約者の好みに変えられていくだろう。
幼い頃、婚約者の殿下とよくここで遊んだことを思い出す。彼は騎士物語に憧れていて、いつか自分だけの姫君を守る騎士になるのだと、そう言っていた。そしてあの頃、私は自分がその姫君になる事を疑っていなかった。
だけど彼は私を選ばなかった。
彼が選んだのは隣国の姫君。王妃にふさわしいと認めてもらうために必死に努力しなければならなかった私とは違って、天真爛漫で、人を惹きつける天性の才を持ったかわいらしいひと。
想い合う二人が寄り添う姿はまるで一枚の絵のようだった。その姿に、私は幼い頃の優しい思い出が裏切られたように思えて、どうしても認められなくて、二人の邪魔をした。
だけどもういい加減に認めないといけないのだ。彼は私の隣には居てくれないということを。彼だけの姫君は、私ではなかったということを。
王妃になるために、泣き虫だった私は人前では泣かなくなった。泣くときはこっそりとこの庭に来ていた。一度だけ、泣いていた私を彼が見つけて慰めてくれたことがあった。そのときに彼が貸してくれたハンカチを、私は返さなかった。
何度も私の涙を吸ったハンカチは擦り切れて色もくすんでしまっていた。私の手の中で、彼のイニシャルの入ったハンカチが重たく濡れていく。
明日から、私はこの庭に入れなくなる。だから、泣くのは今日が最後だ。
明日の舞踏会では、ちゃんと笑って、祝福しよう。幼い頃に願ったとおりに大切な人を見つけた彼に、おめでとうって言ってあげよう。
どんなに胸が痛くたって、大丈夫。心を隠して笑ってみせるのは得意になったから。